第54話 元勇者、死の宣告を受ける
「兄さん、ありがとうございました」
帰りの馬車の中で、ティエラはそう言った。
母の面影が残る、美しい顔には微笑みがまぶしい。
ボクたちは遺品を回収すると帰ることになった。
目立つイナガミをそのままにはしておけないので撤退させると、ブラックホーンたちは夕焼け色に染まった荒野に消えた。
窓の外には美しい景色がある。
はじめて来たときは真っ暗で恐怖しかなかった。
だが、今は美しい景色と喜びだけが心を満たしていた。
ここがボクのはじまりであり、終わり。終わりであり、はじまりなのだと思うと少し、複雑な気分だ。
(それでも、妹がいるから……なにも寂しくはない)
林を抜けると、立て看板があった場所が見えてきた。
傭兵たちは抜剣して構えていたが剣を鞘に戻すと駆け寄って来る。
「よくぞご無事で! 空を切り裂くような声が聞こえたので、もう生きてはいないと思いましたよ」
「町まで報告に行こうと思っていたところです」
「よかったですな。報酬がなくなると思いました」
「どうなさいます?」
矢継ぎ早な言葉にボクは苦笑う。
(ずっと待っててくれた癖に)
予定より少し遅れたのに残っていてくれた。
彼らには彼らなりの忠義があるのだろう。
「では、目的は達したので町に戻ります」
ティエラの言葉を聞いた彼らは自らの馬に騎乗すると、来たときと同じように馬車を守る陣形で並走をはじめた。
遠くには町の灯りが見える。
疲れてしまったのだろう、ティエラは眠ってしまった。
そんな妹にシーツをかけ終えるとミッコとユッカはボクを見て、にやりと笑う。
「ふふん、傭兵なんて雇わなくてもよかったんです」
「ふふん、レインさまがおひとりでこれほどお強いのなら、あいつらなんていらなかったです」
「いやいや、ボクの魔法は人前じゃ使いにくいし」
「「でも、師匠とレインさまがいればどんな敵でも──」」
「〈草原の青〉の傭兵は、誰もがお前たち二人よりも強いぞ?」
カイネはため息を吐いた。こんな彼ははじめて見た。
「まったく──帰ったら、稽古をつけ直す」
魂が抜けたような、死んだ魚のような目になったミッコとユッカは動かなくなった。
返事がない。ただの屍のようだ。
ボクは好奇心で馬車から顔を出す。
「ねぇ〈草原の青〉って、強いの?」
若い傭兵が驚いた顔でこちらを見ると苦笑う。
そして少しわざとらしく考えたあと、諦めたような表情でこめかみを掻いた。
「我々とカイネどのを比べられると、なにも言えません。ですが我々の千人長であれば、カイネどのとも良い勝負になると思いますよ?」
千人長、つまり彼らの傭兵団というのは思った以上に大所帯のようだ。
しかしカイネと良い勝負。つまり匹敵するというのは流石に言い過ぎだと思うんだけれど。
そんな話をしていると町にたどり着いた。
深夜。
宿にたどり着くと飛び込むようにして、ボクはベッドに眠った。
眠りはじめてしばらくすると、
──ドンドンッ
と扉を激しく叩く音が聞こえる。
急いで開けるとティエラが青ざめた顔で心配そうにこちらを見た。
「ご無事ですか?」
「どうしたの?」
ボクの無事を確認すると、ティエラはへなへなとその場に座り込む。
「この宿に、くせ者が入り込んだようです」
気配に気づいたカイネが出迎え、一階で二、三度剣を交えたのだが突破され、二階に入られたのだという。
ティエラやミッコとユッカ、傭兵たちは剣撃の音で飛び起きたらしく、ボクだけが起きて来なかったので、「もしや……」と思われたらしい。
「ボクは大丈夫だよ。……普通に寝てただけだし」
「わかりました。ですが兄さんも一応、気をつけて下さい。……あっ、それと、こちらにサインお願いします!」
「ん、はーい」
渡された紙にボクは名前を書く。
内容こそ読んでいないが、ティエラが妙な書類に名前を書かせたり、なんてしないだろう。
自室に戻るティエラたちを見送ったあと、部屋の鍵を閉めた。
で、ベットまで向かうと──そこには手紙があった。
(こんな物、さっきまであったっけ?)
真っ黒な紙に赤い血のようなインクで文字が書かれていた。
眠気眼のまま、ボクは読んでみる。
「え~と、なになに」
渇いた枯れ葉の如く、汝のその身は血を失うだろう。
その髑髏は白日の下に晒され、人々の嘲笑の中で朽ち果てる。
汝の罪を認めよ。謝罪と後悔の中で定められた死を迎えるのだ。
──我が名はウェンズデイ
「……なにこれ。ソラ、これ食べて」
『ピィピィ』
「食べて」
『……ピィ』
くせ者が手紙を置いて帰った、なんてことは流石にないだろう。
「おやすみソラ」
『ピェ~』
ボクは謎の手紙を気にすることもなく、再び眠りに就いた。




