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【非公開】元勇者、異世界をゆく  作者: 千夜みぞれ
第三章 元勇者、冒険者になる!
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第53話 元勇者、ボクが死んだ場所

 黒い獣たちは頭を下げて身動き一つ取らない。

 もはや殺されても動かない。と言うような意思を感じた。

 強者には絶対服従──するのがブラックホーンの習性なのだろう。


(いや、『追い払って』って言ったんだけど……)


 ボクは苦笑う。


「あのさ、あいつら攻撃してこない?」

『フォーン』


 しませんよ! 私を信じてください。そう言われた気がする。

 ま、まぁ追い払うよりは従わせる方が良いかも知れない。

 このシャンドラ荒野は彼らの縄張りなのだ。


「……ブラックホーンたち、頼みがある。ボクたちは馬車を探してるんだ。十五年くらい前のもので、四人の騎士が護衛していたんだけど──わかる?」


 ブラックホーンたちはキョロキョロと顔を見合わせた。

 相談するように顔を近づけると、一頭が『フォン!』と短く鳴く。

 そうして彼らは北に向かって足を進めた。


「ティエラ、あっちだって! 行こう!」


 ボクはイナガミを走らせた。ただし、スピードは控え目。

 馬車はおろかブラックホーンすら追い抜いてしまう速度は……正直、速すぎて怖い。





 白い巨獣に(また)がる兄を、妹はうぶ毛が逆立つような感覚で見ていた。

 イナガミのあきらかに尋常ではない強さが、一目見ただけで……いや、もはや見ずともわかる。

 先ほどブラックホーンに囲まれた時も、遠くに移動したイナガミの方が怖かったほどに。


(兄さんはあんな魔物を召喚し、従えている……)


 初めて会った時、暗殺者のひとりであるカーチャが一撃を負ったと言っていた。

 ドラゴンを召喚したのも覚えている。


(魔法。ドワーフの兵器。兄さんが、この魔物を倒した。──勇者)


 勇者だという言葉が、単語が、頭に浮かぶ。

 幼い頃から商会を大きくすることだけを考えて、頑張ってきた。

 今まで興味がなくて物語詩を聞いてこなかったことを悔やむ。

 兄さんの活躍を。

 兄さんの勇姿を。

 兄さんの苦境を。

 兄さんの──勝利を。


 ティエラは視線をいまだに震えている、ミッコとユッカに向けた。


「ねぇ、ミッコ、ユッカ」

「「なんでしょうか、ティエラさま」」

「兄さん……いえ、勇者というのは、それほど強いの?」


 二人は顔を見合わせると、同じように首をかしげた。


「勇者。吟遊詩人の物語詩では無双の強さだと語られています。でも」

「語ることができる吟遊詩人の数ほど、内容が異なります。たとえば剣の一振りで魔族百体の首をはね飛ばした」

「たとえばドラゴンを射落とした」

「たとえば微笑んだだけで大勢の避難民の怪我が治った。と言った感じです」

「勇者については──」


 そこで口を出したのはカイネだ。二人の弟子は驚いたように後ろ──馭者をしているカイネの方──を見る。


「数多くの逸話(いつわ)が語られています。私も直接見たことはありませんが、それでも彼ら勇者一行が、歌われているような旅をしていなかったことを知っています」

「どういうこと?」


 カイネが語ったのは、衝撃的な内容だった。

 当時の貴族たちは勇者一行を『愚か者の集団』と呼んでいたというのだ。

 民衆ですら、彼らを嘲笑ったのだという。

 勇者というのは所詮、ただの名称でしかない、と。


「彼らは大戦が起こる前は、支援すら受けられなかったのです。もちろん、すべての貴族が彼らを悪辣(あくらつ)(あつか)ったわけではありません。ですが『(くつわ)を並べて戦った』、『命を救った』などの()()()()貴人の謳い文句も、嘘ですね」

「なぜ?」

「彼らと戦場で共に戦った騎士団が、軒並み残っていないのはご存知でしょう。共に戦って生き延びている者は、オルベリアではごく少数。五体満足な者は逃げ去ったか、そもそも戦場に行っていない者です」


 ティエラはその戦いを思い浮かべた。

 大変だったであろう日々に、胸を締めつけられる。 


「神さま、ありがとう……」


 少女は小さな声で呟いた。

 そうして揺れる車内から見える姿。

 今でも、まるで伝説に出てくる英雄のように勇壮で、優しい兄。

 魔王を倒した偉大なる勇者。

 少女の胸の中には自慢したくなるような誇らしさと安心感、あとは安らぎがあった。





 先行していたブラックホーンは立ち止まると、その場に座った。

 こちらも停止すると辺りを見て直感する。()()()()だ、と。


 風化して崩れ去っている残骸が見える。

 朽ちた輪が車輪だとわからなければ馬車だと、わからなかったかも知れない。

 周りには砕けた骨のようなもの。

 しかし人間のものより大きいので馬の骨だろうか。

 ボクは朽ちた車内を見た。


(あぁ……)


 馬車後方にある小さな飾り窓。

 母が座っていた腰掛け。

 年月と雨風によって、見るも無惨な滅茶苦茶な状態だが、面影は残っている。


「ティエラ、ここだよ」


 ティエラは馬車から降りた。そしてボクの元に駆け寄り、崩れた車内を確認する。

 馬車だと知らなければ、なにかもわからないであろう──残骸を覗く妹は、唇を噛んだ。

 悲しげな声が聴こえる。


「……やはり、なにもありませんね。わかっては……いたんですが、期待し過ぎていたのかも知れません」


 ティエラはその場に座り込む。

 すすり泣く声が聞こえ、肩が(かす)かに震える。

 散らばった骨を鑑定することなど、ボクたちには出来ない。


(なにか……ないのか……?)


 ボクは辺りを探した。

 土のうえに四つん這いになり、なにかを見つけるために。

 ティエラやカイネ、ミッコとユッカも同じように近くを探した。


「──あった」


 数分、探した時だった。錆びた銀色の光が砂の中にうっすらと光ったのだ。

 拾い上げるとソレ(・・)には見覚えがあった。


「これ、父さんの指輪だ!」


 錆びた銀の指輪をティエラは受け取る。

 彼女は錆びの中に家紋を見つけた。


「あぁ……兄さん、ルーファン家のモノに間違いありません。父さま……」

『──ピィ!』


 ソラがぽよんぽよんと跳ねている。指輪が見つかった近くだ。

 ボクはソラの下を確認した、そこには硬い感触がある。

 掘ってみると、それは柄も(つば)も既に無い、錆びた刀身だけが残った短剣であった。


「これ、母さんが持ってた短剣だよ」

「……母さまは最後の時に、父さまと一緒だったのでしょうか?」

「……わからない。わからないけど、そうだとボクは嬉しい」


 そのあとはボク──というか、ルカの遺品を探したけれど、なにもなかった。

 自分の遺品なんて変な感じだし、なにしろ今は生きているのだから……いらないだろう。

 ということで、次は騎士たちの遺品を探すことになった。

 こちらはすぐに見つかった。

 ブラックホーンは鎧や剣などを食べないのだから当然ではある。

 そこで剣を四本集めると、カイネと二人の弟子はその前で片膝をついた。

 主のために命懸けで戦った騎士たちに、武人として思うところがあるのだろう。

 ティエラも「ありがとうございました」と剣に向かって言っている。


「ありがとう。父さんも母さんも、みんなに感謝してたよ。本当に……ありがとう」


 馬車に遺品を積み込むと、日も暮れ始めていた。

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