第53話 元勇者、ボクが死んだ場所
黒い獣たちは頭を下げて身動き一つ取らない。
もはや殺されても動かない。と言うような意思を感じた。
強者には絶対服従──するのがブラックホーンの習性なのだろう。
(いや、『追い払って』って言ったんだけど……)
ボクは苦笑う。
「あのさ、あいつら攻撃してこない?」
『フォーン』
しませんよ! 私を信じてください。そう言われた気がする。
ま、まぁ追い払うよりは従わせる方が良いかも知れない。
このシャンドラ荒野は彼らの縄張りなのだ。
「……ブラックホーンたち、頼みがある。ボクたちは馬車を探してるんだ。十五年くらい前のもので、四人の騎士が護衛していたんだけど──わかる?」
ブラックホーンたちはキョロキョロと顔を見合わせた。
相談するように顔を近づけると、一頭が『フォン!』と短く鳴く。
そうして彼らは北に向かって足を進めた。
「ティエラ、あっちだって! 行こう!」
ボクはイナガミを走らせた。ただし、スピードは控え目。
馬車はおろかブラックホーンすら追い抜いてしまう速度は……正直、速すぎて怖い。
◆
白い巨獣に跨がる兄を、妹はうぶ毛が逆立つような感覚で見ていた。
イナガミのあきらかに尋常ではない強さが、一目見ただけで……いや、もはや見ずともわかる。
先ほどブラックホーンに囲まれた時も、遠くに移動したイナガミの方が怖かったほどに。
(兄さんはあんな魔物を召喚し、従えている……)
初めて会った時、暗殺者のひとりであるカーチャが一撃を負ったと言っていた。
ドラゴンを召喚したのも覚えている。
(魔法。ドワーフの兵器。兄さんが、この魔物を倒した。──勇者)
勇者だという言葉が、単語が、頭に浮かぶ。
幼い頃から商会を大きくすることだけを考えて、頑張ってきた。
今まで興味がなくて物語詩を聞いてこなかったことを悔やむ。
兄さんの活躍を。
兄さんの勇姿を。
兄さんの苦境を。
兄さんの──勝利を。
ティエラは視線をいまだに震えている、ミッコとユッカに向けた。
「ねぇ、ミッコ、ユッカ」
「「なんでしょうか、ティエラさま」」
「兄さん……いえ、勇者というのは、それほど強いの?」
二人は顔を見合わせると、同じように首をかしげた。
「勇者。吟遊詩人の物語詩では無双の強さだと語られています。でも」
「語ることができる吟遊詩人の数ほど、内容が異なります。たとえば剣の一振りで魔族百体の首をはね飛ばした」
「たとえばドラゴンを射落とした」
「たとえば微笑んだだけで大勢の避難民の怪我が治った。と言った感じです」
「勇者については──」
そこで口を出したのはカイネだ。二人の弟子は驚いたように後ろ──馭者をしているカイネの方──を見る。
「数多くの逸話が語られています。私も直接見たことはありませんが、それでも彼ら勇者一行が、歌われているような旅をしていなかったことを知っています」
「どういうこと?」
カイネが語ったのは、衝撃的な内容だった。
当時の貴族たちは勇者一行を『愚か者の集団』と呼んでいたというのだ。
民衆ですら、彼らを嘲笑ったのだという。
勇者というのは所詮、ただの名称でしかない、と。
「彼らは大戦が起こる前は、支援すら受けられなかったのです。もちろん、すべての貴族が彼らを悪辣に扱ったわけではありません。ですが『轡を並べて戦った』、『命を救った』などのよくある貴人の謳い文句も、嘘ですね」
「なぜ?」
「彼らと戦場で共に戦った騎士団が、軒並み残っていないのはご存知でしょう。共に戦って生き延びている者は、オルベリアではごく少数。五体満足な者は逃げ去ったか、そもそも戦場に行っていない者です」
ティエラはその戦いを思い浮かべた。
大変だったであろう日々に、胸を締めつけられる。
「神さま、ありがとう……」
少女は小さな声で呟いた。
そうして揺れる車内から見える姿。
今でも、まるで伝説に出てくる英雄のように勇壮で、優しい兄。
魔王を倒した偉大なる勇者。
少女の胸の中には自慢したくなるような誇らしさと安心感、あとは安らぎがあった。
◇
先行していたブラックホーンは立ち止まると、その場に座った。
こちらも停止すると辺りを見て直感する。この場所だ、と。
風化して崩れ去っている残骸が見える。
朽ちた輪が車輪だとわからなければ馬車だと、わからなかったかも知れない。
周りには砕けた骨のようなもの。
しかし人間のものより大きいので馬の骨だろうか。
ボクは朽ちた車内を見た。
(あぁ……)
馬車後方にある小さな飾り窓。
母が座っていた腰掛け。
年月と雨風によって、見るも無惨な滅茶苦茶な状態だが、面影は残っている。
「ティエラ、ここだよ」
ティエラは馬車から降りた。そしてボクの元に駆け寄り、崩れた車内を確認する。
馬車だと知らなければ、なにかもわからないであろう──残骸を覗く妹は、唇を噛んだ。
悲しげな声が聴こえる。
「……やはり、なにもありませんね。わかっては……いたんですが、期待し過ぎていたのかも知れません」
ティエラはその場に座り込む。
すすり泣く声が聞こえ、肩が微かに震える。
散らばった骨を鑑定することなど、ボクたちには出来ない。
(なにか……ないのか……?)
ボクは辺りを探した。
土のうえに四つん這いになり、なにかを見つけるために。
ティエラやカイネ、ミッコとユッカも同じように近くを探した。
「──あった」
数分、探した時だった。錆びた銀色の光が砂の中にうっすらと光ったのだ。
拾い上げるとソレには見覚えがあった。
「これ、父さんの指輪だ!」
錆びた銀の指輪をティエラは受け取る。
彼女は錆びの中に家紋を見つけた。
「あぁ……兄さん、ルーファン家のモノに間違いありません。父さま……」
『──ピィ!』
ソラがぽよんぽよんと跳ねている。指輪が見つかった近くだ。
ボクはソラの下を確認した、そこには硬い感触がある。
掘ってみると、それは柄も鍔も既に無い、錆びた刀身だけが残った短剣であった。
「これ、母さんが持ってた短剣だよ」
「……母さまは最後の時に、父さまと一緒だったのでしょうか?」
「……わからない。わからないけど、そうだとボクは嬉しい」
そのあとはボク──というか、ルカの遺品を探したけれど、なにもなかった。
自分の遺品なんて変な感じだし、なにしろ今は生きているのだから……いらないだろう。
ということで、次は騎士たちの遺品を探すことになった。
こちらはすぐに見つかった。
ブラックホーンは鎧や剣などを食べないのだから当然ではある。
そこで剣を四本集めると、カイネと二人の弟子はその前で片膝をついた。
主のために命懸けで戦った騎士たちに、武人として思うところがあるのだろう。
ティエラも「ありがとうございました」と剣に向かって言っている。
「ありがとう。父さんも母さんも、みんなに感謝してたよ。本当に……ありがとう」
馬車に遺品を積み込むと、日も暮れ始めていた。




