第51話 元勇者、と2人のメイド
店の外に出ると案の定、二人が戦っていた。
真剣を使った戦いであり、本気なのかはわからない……けれど、その太刀筋はボクなら死んでいると確信出来るものである。
(……たしかに、『メイドさんがんばれー』とか『そこだー』っていう声援、聞こえてたんだけど、本当にやってるとは)
ボクは帽子をかぶると露店の肉串を買い、ベンチに座って二人の喧嘩をしばし眺めた。
「はぁはぁ……やるわね」
「ふふっ、あなたもね」
激闘は空が茜色に包まれるまで続いた。決着としては二人揃って地面に大の字だ。
あとでカイネに怒って貰うとしよう。
「あのさ、もう帰りたいんだけど」
「「──っ!? 申し訳ありませんでした……。と、とてもお似合いです!!」」
同じ流派で同程度の実力、そのうえ同じ装備。そりゃあ決着なんてありはしない。
二人は落ち込んだようにボクの後ろをついてくる。
引き分けだったことよりも、護衛の仕事を忘れていたことの方がショックだったらしい。
とぼとぼと歩くメイドを引き連れるのは、やっぱり目立った。
衆目にさらされながら宿まで戻ると、裏手の馬小屋に若い傭兵が見えた。
馬に干し草を食べさせている。
「あ、朝早いと寒いので、良ければ皆さんで使ってください」
彼は驚いた顔で動きを止めた。
「えっ!? あ、ありがとうございます」
「お疲れさまです」
「いえ、仕事ですので……」
申しわけなさそうに礼を言った彼に、ボクは子供っぽく大袈裟に手を振って宿に入る。
さすがに町一番の宿だけあって、もはや一流ホテルさながらのエントランスは美しい。
まずは自室へと──向かう前にティエラの部屋へ向かった。
「ただいま~」
「兄さん、遅すぎま……帽子、買ったんですか?!」
「どうかな?」
「すごい似合ってます! これは美しい兄さんに買われるため、この世に生まれた帽子に違いありません!!」
「そ、そうかなぁ~……そうだ、明日の予定ってどんな感じ?」
「明日の出発は早朝の予定ですね。やはり、探すのに時間がかかると思いますから。見つかれば、いいんですけど……」
「なんで? みんなで探せば──」
「兄さん。傭兵はついてきませんよ?」
「えっ」
「傭兵は、命懸けの仕事はしないものです」
「うそぉ……。だって大戦のときにも……あれ、いなかった……?」
「傭兵には忠誠心がありません。長年雇っているならまだしも、その時だけの付き合いですから。ですので信用は、あまり出来ないんですけど……」
そこでティエラの言葉は詰まった。
当初、雇うはずだった冒険者、そしてベルン支部は現在休業中である。
ソラの治療によって命が助かった者は多くても、熟練の冒険者が軒並み療養中なのだとか。
組合としては遠出となる今回のような依頼には送れる者がいないらしい。
ブラックホーンがいまだに残っている可能性を考慮して中堅の冒険ですら、街の外での依頼の許可が出ないのだとか。
「あれ? じゃあ、またカティたちを雇えばよかったんじゃない?」
ティエラは長いまつ毛を伏せる。
「えっと、大きな声では言いにくいこと、なんですが」
妹は自責の込められた表情に変わった。
「あの人たちは、イジェルド人なんです」
オルベリアの侯爵であるティエラが、同じくオルベリアの伯爵、マルセロを捕らえるなど、公には出来ない。
冒険者や傭兵などを使えるはずもない。
ルーファン家には直属の騎士や兵士などがおらず──カイネは忠義を尽くしてくれているが流浪の身であって騎士ではない──そこで、あの時はイジェルド人に依頼したのだとか。
しかしボクにはイジェルド人とやらの記憶がなかった。
「イジェルド人って、なに……?」
ティエラは私も知っていることはわずかですが、と前置きして、
「イジェルド人は南の大陸の覇者、イジェルド連邦に属する人間の総称です。かの大国は軍事力の一切を保有していないそうです。ただ、国是として暗殺を認めています。暗殺者の育成も……しているそうです」
説明が進むにつれて、ティエラの後悔の表情のうえに渋面が刻まれていく。
「他国がイジェルド連邦を攻める、あるいは攻める準備をした段階で、その指揮官や将兵の妻子が暗殺されます。かの大国は──抑止力としての暗殺者を保有する、とても恐ろしい……国家です……」
自責の込められた声はそこで途切れた。
抑止としての先制暗殺や報復の暗殺。確かに家族が殺されるのに、戦いたい人はいないだろう。
「あれ、じゃあ、なんであのとき、ボクたちを雇ったの?」
「……カイネと暗殺者だけでは、とても目立ちますからね。偽装のために雇ったんですが……。結果としては兄さんに出会えて、本当によかったです」
「そっか。〈導きの神〉さまさまだね。確かに、あの依頼を受けなかったらティエラに会えなかった」
「そう……ですね。兄さんに会えなかったと思うと……」
二人の出会いに感謝してしばらく話していると、夜になった。
空は既に真っ暗で星々が輝いている。
ティエラは眠り、ボクはエントランスまで向かう。
奥のおしゃれな酒場で傭兵さんたちが酒を飲んでいた。テーブルの上には空色が。
『ピィ~♪』
姿が見えないと思ったが、彼らと一緒にいたとは。
「ソラ、ここにいたんだ……」
「どうも。いやぁ、この稼業やって長いが、鳴くスライムは初めて見ました。さすがはルーファン家ですな」
「うむ、やっぱり貴族さまのペットは相応でなければ!」
ソラが鳴く……というよりは歌を歌っているわけだが、面白がった他の客からチップや料理が提供されて、テーブルは一杯だった。
そこでボクも参加させて貰った。
彼らと一緒に食事をしていると、若い傭兵がこちらを見て、
「そのぉ……なんで、レインさまは我々に関わるんですか?」
と首を傾げる。
「旅は道連れ世は情けって言うでしょ。あれだよ。あと、さまなんて言わなくていいよ、ボクは貴族じゃないし」
「そんな言葉は聞いたことがないですが……いい言葉ですね。ではレインさん。……我々が明日、どうするかはご存知ですか?」
「命懸けでは戦わないんでしょ、知ってるよ」
「それでも、良いと?」
「ティエラがいくら払ってるのか知らないんだけどさ、多少の金をやるから魔物と戦えって言われても、ボクならそもそもやらないし。……ま、別に良いんじゃない?」
「……あなたの気持ちはわかりました。あと改めまして、手袋をありがとうございます」
そうしてたくさん笑い、たくさん飲んだ。
酒場の営業が終了すると追い出されるように解散となる。
ボクは部屋に戻って眠りに就いた。




