第50話 元勇者、馬車での旅
イナガミ討伐の一報はベルンの人々を沸きに沸かせ、連日のお祭り騒ぎは終わりが見えそうにもない。
一方で戦闘の犠牲者、遺族などは悲しみに包まれていた。
ティエラ・ルーファン侯爵はそんな彼らに見舞金を送る。これがベルンから支給されるものよりも遥かに高額だった。
遺族や負傷者は感謝を伝えるが、貴族からはご機嫌とりだと陰口を叩かれてしまう。
そんな陰口には更なる内容が付け足され、飛び交い始める。
───こんなときに旅行とは、小娘には常識がない。
◆
イナガミ討伐から二日後。
早朝にも関わらず、ベルンの街から一台の馬車が出発した。黒塗りの車体に金の細工が施されている高級感のある馬車だ。
馬車の目的地は、シャンドラ荒野である。
車内で目を輝かせている妹に苦笑うボクは、窓から外を見た。
(……あの時と似てるなぁ)
馬車の周囲には四人の騎士──ではなく四人の傭兵が騎乗して随伴している。
馭者はカイネがしてくれているが、既視感しかない。
でも、
(前とは違うことも、ある)
馬車に乗っているボクは、あの頃よりも大きい。
隣にいるのは、母ではなく妹。
それに二人のメイド、ミッコとユッカだって乗っている。
目的地が危険なことには変わりがないが、それでも恐怖は感じなかった。
「に~いさんっ!」
「……はい」
「大好きです!」
「……ありがとう」
このやり取り、既に百回は越えているかも知れない。
イナガミ討伐後、屋敷に戻って「ボク、実はレステンシアなんだ」と説明したところ、ティエラもカイネも一切疑うこともなく、信じてくれた。
世間ではレステンシア、つまりオーリンの娘こそが転生した勇者レステンシアであると言われているのに、だ。
それからのティエラはずっとこんな調子である。
ちなみにカイネが信じたことで、弟子であるミッコとユッカも信じたらしい。
「ねぇティエラ、なんでボクが勇者だって信じてくれたの?」
「兄さんが私に嘘を言うなんて、ありえませんから!」
などとティエラはボクを買いかぶっている。実際に嘘ではないのだけれど。
「……カイネは?」
「私はレインどのがドワーフの秘法をご存じだったこと、そして魔法の異質さで常人ではないと判断しました。勇者であれば、さもありなんかと」
「……なるほど」
「兄さん」
「ん?」
「大好きです!」
「……はい」
デレッデレ状態のティエラであっても、やはり貴族。そのうえ商会のあるじ。
ボクが勇者であることはこの場にいる五人の秘密、ということになっている。
現在、王女レステンシアが勇者レステンシアの生まれ変わりだと言われているのに、別の者が「我こそがレステンシアなり!」などと言ってもいらぬ争いが起こるから、だとか。
「それに、レステンシア王女は私と同じなんだと思います」
とは昨晩のティエラの言葉である。
ティエラが今の地位に就いたのは悪女や女狐、あるいは傾城女だから。と言われている──もちろん表だって言われることはない──が、実際は本人ですら理由がわかっていない。
レステンシア王女も周りから生まれ変わりだと言われているだけで、本人の意思ではないのではないか。
ティエラはそう言った。その声が悲しげだったのをボクは覚えている。
馬車は街道筋の橋を渡った。
今回の目的地は馬車でも遠く、だいたい四、五日の旅になるらしい。
安全第一で夜間の移動はしない。
と、
「兄さん! 村に着きましたよ!」
昨晩とは違う、明るいティエラの声が聞こえた。
同じように馬車の窓から顔を出すと、質素な村が見えてくる。
ミッケ村よりも小さな村で泊まることとなった。
宿屋も質素だけど味のある木造建築だ。
明日も早いので眠りに就く。
眠っていると、首筋に刃物を当てられたような気がして飛び起きた。
当然のように部屋にはボクとソラしかいない。
あとは田舎特有の虫の声があるだけだ。
朝、ボクたちは出発する。
順調に進み、昼前になると全方に町が見えて来た。
隣に座ったティエラが涙をポロリと流す。
「兄さん。……もうすぐですね」
ここまで来ると、あとはもうすぐらしい。山あいの村を越えると目的地なのだとか。
つまりはここで食糧などを整えなければ山越えなど出来ない。
そこは、ベルン程ではないにしろ活気のある大きな町であった。
町一番の宿の前で馬車を停めると、ティエラが「行きましょう」と促す。
でも、ボクの冒険者としての好奇心が騒いだ。
「ねぇ、この町を探検してきても良い?」
「もちろんです! でも、ミッコとユッカを連れて行って下さいね」
で。騒然って言うほどでもないけれど、多数の視線を集めている……気がする。
ボクがスライムを抱いているからなのか、メイド服の二人が付き従っているから、なのかはわからない。
おそらく両方なんだけど。
「「レインさま、このお店に入ってもよろしいですか?」」
いつも通り、二人はハモっていた。
ボクとしては護衛だという二人を連れ回す気はない。正直、護衛されるような危険もなさそうな町だ。
看板には服屋と書かれている。
ボクは二人が年相応に買い物を楽しみたいのだと思った。
でも、
「レインさま! これなどいかがでしょう?」
「いいえ! レインさまには、こちらがお似合いです!」
どうやらボクにプレゼントしてくれる、ようだ。
(二人のボクに対する、この好意は一体なんだろう?)
女の子だと思われてるのは、まぁ仕方がない。でも着せ替え人形かのように次々と服や帽子を持ってくるのは一体?
彼女たちはボクがレシアだと知ってはいるが、信じきれていない様子だった。
ボクが元勇者だからってわけではないのだろう。
ニコニコと楽しそうに笑う二人。
もしかすると、ボクを妹のように思ってるのかも知れない。
(悪い気は……しないけど)
渡される服を試着し、ポーズを決めると二人はとても喜んでいる。むしろ歓喜している。
「いやぁ~レインさまは私の選んだ服が、とてもお似合いになられますね!」
「いやいや、それより先ほど私の選んだ服の方が、お似合いでは?」
双方がニコニコとした笑顔なのだが、瞳には怒りの感情が混じっている。
「この帽子はどうですか? レインさまといえば青色でしょう?」
「いいえ。美しい銀色の髪に合わせるのなら金か黒が良いでしょう。それに青色なのはソラであって、レインさまではないですよ?」
『ピィ?』
「……」
「……」
「「レインさまはどう思われますか? どちらが欲しいですか?」」
「え? あー……ボク、この麦わら帽子でいいよ」
『ピピピッ』
「「!?」」
いきなり部屋の温度が数度下がった。
店内に未知の冷房システムが───存在しなさそうだけど、この気配は知っている。
(殺気……か?)
店主の老夫婦はカウンター奥で青い顔をしている。
「店主! この麦わら帽子を買います!」
「ま、まいど──」
「いいえ。店主、私が買います!」
「ええっ」
「ヤる気なの? ユッカ」
「ミッコこそ、本気?」
「……」
「……」
「「──表に出ろッ!!」」
店の外で金属がぶつかり合う音がする。
鉄琴のような軽やかな旋律は、十中八九、鉄琴ではない。
歓声が聞こえているので、流しの鉄琴奏者の可能性も捨てきれないのだが。
「あの、これください」
「……はい。まいどあり」
取り敢えず、麦わら帽子を自分で買った。
今の季節が何かわからないのだけれど、朝方は肌寒い。
そこでボクは手袋四つを一緒に買うことにして、迷惑料を含めて多めに支払うのだった。




