第4話 元勇者、神さまに出会う
眼前には自らを『神さま』だと名乗る、三人の少女がいる。
もちろんボクは神さまなんて存在を──まぁ見たこと無いわけで。
それでも神さまが実在するのならば、もっと威厳がありそうな感じではないだろうか。
こんな感じではない、はず。
「ねぇ、男の娘ってどんな感じ?」
もこもこ帽子の女の子が、キスでもしそうなくらいに近づいて来る。
ボクよりも身長が高いので若干前屈みで、顔だけを近づけて。
朱色に染まった頬。
鼻息は荒い。
それこそ今にも押し倒されそうな雰囲気すらある。
そして彼女はボクの太ももを撫でている。あぁこれが痴漢なのだ、と思った。
相手が美少女であっても尻や太ももを撫でられるのは良い気分ではない。
「……別に変な感じは……ないですけど」
質問、この場所、三人の少女。
わけがわからなすぎて困惑しているボクの元に、ネコミミ少女がやって来る。
何かを悩んでいるような、考えているような顔である。
「えっと……えっとね……なんだっけ?」
二人の少女が肩を落とした。
「あのね、定命の者たちがなんて言ってるのかは知らないんだけど、偉業を成した人間にはご褒美をあげてるの。個人的に。今回はそのために呼んだのだけれど」
「あたしたちは、もうご褒美をあげてるんだ。それなのにあいつが渡すの、忘れてさー」
カウボーイ少女はネコミミ少女を見た。
見られている当の本人は「ぐぬぬ」と唸る。
「何か、欲しいモノはある?」
そう聞かれた。
しかし先程のことば、『もうご褒美をあげてるんだ』とは一体どういうことか。
(何も貰ってないんだけど。……いや、まさか)
ボクはベッド脇に置いてある、謎の所有物を思い出した。
「えっ貰ってるのって、ナイフとリュックですか?」
カウボーイ少女が顔をしかめる。
頬を膨らませてジィーとこちらを見て、怒っている。
「あれはアーカーシャの剣だ! ナイフなんかじゃなくて剣だっつーの! リュックだって良いもんなのに……嫌なら返せっ!」
真っ赤なフグがいれば、こんな感じだろう。
頬を膨らませて、部屋を震度10くらいで揺らして「ゴゴゴッ……」なんて音を鳴らしたり。いや、ヤバい。マジで。
「ご、ごめんなさい。ありがたく頂きます……!」
「そうか? なら良いんだ。あと、あたしらに敬語なんていらねーぜ!」
まるでコインの裏と表のように、彼女の感情はくるくると変わった。
ボクにはこれが本当に夢なのかどうか、わからない。
「でね、私からも何かあげるんだけど……。なんでもいいよ! 何か欲しいモノ──ある?」
ネコミミ少女の問いかけに、ボクは腕を組んで考える。
これが夢である可能性は──やっぱりあるだろう。夢は夢だとわからないから、夢なのだ。
つまり夢ではないと言っている彼女たちが本当に夢ではないとは、言い切れない。
とはいえ、
「何もいらないです」
「そうそう! いい願いだね──って、うおぉぉい!?」
ネコミミ少女はずっこけた。
オーバーなリアクションを受けてボクは苦笑う。
「えっ、なんで? 何でもいいんだよ?」
「だって欲しいものなんて無いし」
「巨万の富は? 一生豪遊しても使いきれない、お金をあげようか?」
「お金がそんなにあってもなぁ」
「なら不老不死の身体をあげる! 無敵だよ、無敵!」
「何にも負けないってだけで、それ、勝ってるわけじゃないですし。欲しくなんて無い。どうしてもっていうなら、銅貨一枚でいいですけど」
「……そんなのできるかーッ! この世界ではじめて魔王を倒した勇者への褒美が『銅貨一枚』だと、次の勇者にも『銅貨一枚』渡すのが褒美となっちゃうの! 私たちの威厳が崩れ去っちゃうの!!」
夢の中の、自称『神さま』のルールはややこしい。
彼女は次々と代案を出してきたが、ボクはそのすべてを断った。
世界の覇者や世界中の女性を我が物に、なんて興味はないのだ。
しばらくしてネコミミ少女は肩を落とした。
「……あなたの姫を取り返すのは?」
「姫ってリーシャ? ボクを愛してない人を取り戻しても、不幸なだけでしょ……。それに、ボクは死んだことになってるんだから、結婚相手なんて好きに選べばいいんだよ」
「……お、美味しい食べ物を一生食べられるとか、どう?」
「美味しい食べ物だって毎日食べてたら飽きる。それにたま~に食べるから美味しいんだろうし」
「……これほど無欲な人間にはあったことがない」
ネコミミの少女は助言を求めようと二人を呼んだ。
しかし、もこもこ帽子の少女はお手上げを示して取り合わず、カウボーイの少女はテーブルに突っ伏して眠っている。
彼女は絶望したような表情を見せたあと、深く深く息を吐いた。
吐き終えると、少女らしい笑みは消えて神さま──っぽい荘厳な雰囲気を放つ。
「勇者よ、私は賞賛している。私は歓喜している。それでも汝は何も欲しない。褒美が何も欲しくない、という者は今までに見たことがない」
「……仮に、今が夢じゃなくて、君たちが本当に神さまなのだとしても、ボクは何も欲しくない。何かを欲しいがために魔王を倒したわけじゃないから」
「──わかった。では無理強いはしない」
少女はパチンッと指を鳴らした。
まばたきする間もなく、白い部屋から雲よりも遥かに高い山の頂上へと移動している。
正面には純白の神殿があった。
それでも夢であるから、さもありなん。
「あわわわ」
夢であっても、いや夢だからこそ、寒い。
雲を遥かに見下ろす山は天を貫いている。そんな山頂は想像を絶するほどに寒かった。
三人はまったく寒そうでもなく神殿のような場所に進む。
ボクは鼻をすすった。
「早く覚めないかな、この夢……」
ガタガタと壊れた椅子に座る子どものように震えながら、神殿に入っていく。
ようやく追い付くと、三人の少女は黄金に輝く空が見える吹き抜けの玉座の間に立っていた。
ボクが来たのを見てわずかに嬉しそうに口端をゆるめると、玉座へと座った。
少女たちは先ほどまでとは違い、少し大人びて見える。
いつの間にか黄金の薄絹衣に身を包んだ彼女たちは指を指し示す。
(ボクの神さまのイメージってこんなだっけ?)
白光の玉座にうながされるままに座ると、寒さはなくなった。
三人の少女たちは微笑んだ。
「そういえば……もこもこ帽子の君は、何をくれたの?」
「わたし? その姿をあげたのは、わたし」
「……なるほど」
次の瞬間、ベッドで目が覚めた。
ガタガタと震えながら心臓は早鐘を打つように高鳴っている。
荒い呼吸が絶え間なく流れて、それを塞ぐようにボクは両手で顔を覆った。
「変な夢だったなぁ……」
──ガチャリ
と扉が勢いよく開いた。
「おねえちゃん、じゃあはたらいてもらおうかなって!」
「……あれ?」
それから数週間、ボクは宿屋『白うさぎ』で働いた。
基本的にはお客さんの注文の受けて、品物をテーブルまで届けるという簡単な仕事だったけれど毎日が楽しかった。
「いらっしゃいませ~」
そして一つだけ気になることが。
リュックの中に入れている、手紙の内容が変わっていたのだ。
元勇者へ
あなたは魔王を倒すという偉業を成し遂げました。
ゆえに世界を旅しなさい。
ゆえに世界を見て回りなさい。
本当に座すに足る人物に成った時、再び、会いましょう。
追伸。
あと、つ・る・ぎ! を大事にしろよなっ!
あなたの友より
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