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【非公開】元勇者、異世界をゆく  作者: 千夜みぞれ
第三章 元勇者、冒険者になる!
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第48話 元勇者、神を殺す

 イナガミは騎士道精神のある魔物だった。

 戦闘であれば相手に準備させるのは愚かなこと。

 それでも、かの魔物はリュックをぶん投げ、狩猟刀を抜き、盾を構えるまで動かなかった。

 それは強者ゆえの余裕、などではなく、正々堂々とした戦士の心である。

 が、


「喰らえ!」


 ボクにはそんなものはない。泥臭くても勝利したい。

 それ以外には考えられない。

 ということで初手から必殺の白焔玉(はくせんだま)を投げる。結果、威力を知られているのでかわされた。

 熱風が花びらを焦がしている。

 それでもイナガミは攻めてこない。


(首の毛が黒い。つまり一度目のは効いている……けど、致命傷じゃないのか)


 城門をぶち抜いて、かんぬきまで溶かす白焔玉を受けても負傷程度。

 さすがは魔物、とわずかに口元を緩めると、ボクは盾を正面に構えた。

 白い稲妻のような速さが迫る。だが、正面に見えるのは攻撃でもなんでもない、ただの疾駆だ。

 それでも(はじ)かれ、一瞬で吹き飛ばされた。


 レインは衝撃の瞬間に身体を浮かせる。

 受け止められないと一瞬で判断した。なにせ盾を持つのもやっとだ。


「──ッ!」


 宙でくるりと回転して盾を地面に押し当てる。

 まるで子どもが坂道を板で滑るように滑って、盾の下の部分が木に当たり、ようやく停止した。


「──ぬぁっ!?」


 イナガミは攻撃をゆるめない。

 停止したと同時に前方に顔が見えた。大きく開いた口には鋭い牙が見える。

 ボクは盾を起こすと同時に右足を引いてコマのように回った。

 噛みつきは先程まで背にしていた大木を噛み砕き、倒木の音が森に響き渡る。

 だが、


『フォン"……』


 イナガミは苦悶の声を出した。

 声だけではなく、右目からは赤き血を。

 数百年ぶりの出血に、痛みと驚嘆の混じった声を漏らしている。


「へっへーん、さすがに目は硬くないよね。つまり刃を通さないのは体毛か」


 レインはイナガミの口が迫った瞬間に、ベルトからナイフを二本抜いて、投てきしていたのだ。

 刀身には血液の凝固を阻害する薬品──フローレア直伝──を塗っているので、この戦いの最中には回復しないだろう。


 それからの攻防は単調なモノへと変わった。

 攻めてくれば盾を使って()()()、イナガミが距離をあけると破砕玉──当たると破裂して鉄釘を周囲に飛散する──を投げる。

 どうしてもかわせない、となると白焔玉を使った。

 そうした攻防の果て、残されたのはボロボロの盾とナイフくらいだ。


『ピィ? ピッピッピッ』

「うん。そろそろ限界。あとはソラに任せるよ」


 ボクはソラを盾で叩き潰した。

 もう盾を持つこともできない。両腕は紫色に変わり、指は赤黒く腫れ上がっている。

 レベルとやらが上がって、盾をなんとか持てるようになったのに、相手がこんな化物では腕が限界だった。


(じゃあ、バトンタッチということで……)


 ボクは腫れた右手を前にかざす。


「卑怯だ。なんて言うなよ? ボクは召喚師なんだから──召喚!」


 足下から黒が広がった。

 草を、花を、大地を飲み込んで広がり、とうとうイナガミの足元までたどり着く。

 イナガミは黒を凝視する。その片方だけの黄金の瞳で。


「あぁ……痛い。あとは任せるよ」


 とすん、と尻餅をついてボクは前を見る。

 波打つ黒から現れるのは異形のドラゴンだ。

 二体の巨獣は睨み合う。そして、


『グォォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

『フォォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』


 両者のあいだで風がうねりをあげた。

 己が力を示さんとばかりの咆哮は、すべての音を掻き消して空気をも引き裂く。

 それはまさしく神話の中に存在しそうな一場面であり、死闘の狼煙(のろし)でもあった。


 先制したのはドラゴンだ。

 それは二本の鋭く長いツノを(もち)いた突進であり、刺突。

 しかし、それをさも当然の如くひらりとかわすイナガミは悠々と、そしてがら空きとなったその首に鋭い牙を食い込ませる。


『フォン!?』


 されどイナガミもこんなことは想定していなかっただろう。ボクだってこんなことが出来るなんて、知らなかったのだから。

 ドラゴンはソラであり、ソラはスライムなのだ。


 その妖刀や魔剣のように鋭い牙が喰らいついた瞬間、飛び出たのは鮮血ではなく──。


 それは、まるで強風が吹いて空から雲が掻き消えるように。

 それは、まるで一つの空を描いた絵画のように。

 それは、まるで──侵略であった。


 じわりじわりと、白のうえに空色が拡がっていく。

 既に神々しいまでの巨獣の上半身を飲み込んだ空色は、離れようとしない。

 美しいとさえ思えた青空の一枚絵。

 それは結構、いや、かなりえげつなかった。

 空色のソレ(・・)はイナガミの顔を包み込み、鼻と口から体内へと侵入したのだ。


 如何(いか)に物理攻撃が無効とさえ言える体毛があっても、窒息にまで効果は発揮しない。

 イナガミは苦しそうに転がる。


(……)


 ボクは目を細めた。

 しかし強すぎるがゆえに、ドラゴン(ソラ)もこの手段を選んだのだろう。


「……くっ」


 だが、順調かに思えた攻撃は失敗だった。

 召喚者であるボクの魔力が、もう底を尽きそうなのだ。

 既に気持ち悪く、目眩(めまい)も始まった。もはや残された時間は(わず)か。


(イナガミが、あとどれくらい持ちこたえるのか? それがわからない……)


 鼻と口を押さえているだけではなく、体内に侵入しているのだ。

 それはどれほどの不快感で、どれほどの苦痛なのだろう。

 人間であれば数分が限界だろうか? ではこの大きなイナガミは?

 わからない。わかっても、仕方がない。ボク自身、あと何分持つのかすらわからないのだから。


「ハハッ……行くしか、ないかぁ」


 苦し紛れの笑いと共にボクはアーカーシャの剣を抜いた。

 激痛にさいなまれながら、盾を置いて進んでいく。

 眼前に見えるのは、苦しみに悶えている白き神獣。のし掛かるように蹂躙するのは空色の異形。


(まったく、どっちが悪者かわかんないじゃん)


 ボクは胸の中でひとりごちた。

 そうして激痛を我慢しながら──剣を降り下ろす。


 ──テッテーン


 頭の中に聞こえる、間の抜けたような奇妙な音。


「撤退……ソラ、召喚」


 ボクはその言葉を最後に、苦笑いを浮かべながら赤へと突っ込んだ。





 黒き獣たちは王の復讐をせんと血だまりに伏す子供に近づいた。

 その時、空から声が響く。


「──待て」


 空からホウキに乗った少女が降りて来た。

 とても美しい少女だ。

 黒き獣は少女を一目見ると、我先に逃げ帰る。

 獣を見送る少女は、輝く銀の瞳と銀糸のような艶のあるシャギーボブの髪をしていた。


「うわぁああああああ! この魔物、我が欲しかったのに!!」


 銀髪銀眼の少女は見た目に似合わず大声を出し、既に息絶えた白き巨獣を見て頭を抱えた。


『ピィ?』

「なんだお前? 我に気づいてずっと威嚇(いかく)してたのお前だな? ヤメロよォ見てただけなのにさぁ~」


 少女はイナガミに刺さった短剣を抜くとジーッと見つめ、


「わっかんね!」


 と血を拭って腰の鞘に戻した。そして空色のスライムを見ながら心底楽しそうに笑う。


「おいスライム。こいつ、何者だ? というかお前も何者だ?」

『ピピピィ!』

「ん? あぁ、確かにこれじゃ動けないか。少しだけ魔力をわけてやる」


 少女が指をパチンと鳴らすと、血だまりに伏した子供は目覚めた。





 吐き気と目眩がする中で目を開けると、真っ赤だった。

 急いで顔をあげると自身に似た少女が立っている。

 少女はこちらの顔を覗き込むと目を見て、「紫色なんだな~じゃあ我の勝ちだ」とかわけのわからないことを言うと、自己紹介した。


「我はフラーグン・エンソフ! 〈創造する者〉とか〈万物の始原〉とか〈偉大なる賢者〉とか〈魔導6杖〉とか~、まぁそんな風に呼ばれている。お前は?」

「……レイン・ヴィーシ」

「二つ名は?」

「無い」

「なに!? じゃあ我が付けてやるッ! ……なにか、いい案は無いか?」

「……」


 くらくらする。正直なんでも良いし休ませて貰いたい。

 そもそも今が夢か現実かすらわからない。というかあの時、魔力が完全に尽きたのだから起きているわけがないのだが。


「別になんでも」


 もうろうとして、ひとつのおとぎ話を思い出した。

 生涯で一度も負けなかった剣士の話だ。

 子どもの頃は、その姿を思い描いて稽古(けいこ)していたような──。


「いや、不敗がいい」

「不敗? んー魔王に怒られそうだね。でも私もそんなのが良かったよぅ……」

「え?」

「あ、ワーハッハッハッハ! 我は急用を思い出したぞ。〈東方不敗〉よ、さらばだ!」


 少女は楽しそうにホウキに乗ると、空の彼方へと消えて行く。


(……名前、なんて言ったっけ? フラ……フラッペ?)


 どうせ夢だし、そんなことは大した問題ではない。

 ボクは大の字に寝転がった。


「勝てたぁあああ……!」

『ピ~~~~ィ』


 今度こそ力尽きて目を閉じる。

 いつもみたいな気持ち悪さはなく、ただ疲れを癒すためだけに。

 ソラもそんなボクを守るかのように寄り添って、一緒に眠る──。

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