第44話 元勇者、お手伝い
脱走、というのは軍隊において非常に厳しい罰が与えられる。
大戦中にも脱走し、捕まった者たちが罰を受けるのを見たことがあった。
(脱走兵は縄で吊るされて、鞭や棒で打たれる。そんな目に遭うのを覚悟してでも、逃げたくなるのが魔物との戦いだ)
軍規。つまりは規律に違反したから罰を与えているというのが名目ではあったが、その実、あれは他の脱走者を出さないための見せしめだったのだろう。
軍、などと言っても騎士やその従者などは多くない。人数を集めるのならば必然農民などを徴兵することになる。
農民などが誇りのために命をかける意味はない。
(誇りや名誉、忠義。そのために戦う騎士の中にすら、夜の闇に紛れて逃げ帰った者もいる。命令だけじゃ、命を懸けて戦えない)
では、眼前の彼らは一体なんだろう。
当初は怒号を飛ばし、仮病を使う者とていたというのに。
「あははははっ」
「飲め飲め! ターヤのおごりだぞ!!」
「もう私、飲めないし食べれない……うっぷ、オロロロロ」
「ギャー! 俺の剣に吐きやがったな!?」
タダ酒をがぶ飲みしてべろんべろんに酔った彼らは、宴会さながらに騒いでいる。
戦うことすら、誇りや名誉のためではない。
金のためだ。
でも──ともに戦った仲間たちや戦場で肩を並べた戦友たちの姿が重なった。
「おーい、酒を追加で」
「店で一番高いやつを持ってきてくれよ」
「つまみもいるぞー」
「はーい!」
冒険者組合の入り口は閉鎖されていた。『逃げる者を出さないため』と、ターヤさんは言っていたが、ここにいる冒険者たちならば誰もが容易に出ていくことが出来るだろう。
それはターヤさんも冒険者たちも、理解している。そのうえで、誰一人として出ていった者はいない。
ボクは帰ってもいいと言われたのだが、残ることにした。
今は『白うさぎ』での経験を活かしてお手伝い中だ。
「お待たせしました。どうぞ!」
「ありがとよ。なぁ、俺はグラハイムってんだ。自己紹介とでもいこうや」
赤ら顔の男、グラハイムは今ボクが持ってきたジョッキをボクに差し出した。
黄金色の酒には美しい少女の──男だが──困ったような顔が映っている。
「ボクはレインです。こっちは相棒のソラ……です!」
頭の上に乗っているソラは、ぽよんと跳ねて『ピィ!』と鳴く。
空は既に暗い。
つい先程までソラは動くことすらしなかったのだが、組合に戻ってから元気が出てきたようだ。
グラハイムには歴戦の冒険者だと一目でわかる豪快さがあった。
酒の匂いがする。
「俺はアルジス、斧使いだ。よろしくな、嬢ちゃん」
柄の長い大斧を背にしたアルジスは、グラハイム一行の中で一番屈強な体をしている丸刈りの男だ。
酒の匂いがする。
「僕はアランだ。いつか一緒の依頼を受けたら、背中を守ってあげるよ」
アランは酒を飲みながら弓を手入れしている。ひょろい。
酒の匂いがする。
「おいおいアラン、カッコつけてるところ悪いが、後衛の背中を守るってどこまで下がるつもりだ? 俺ぁスデット。この槍は相棒のカミラだ!」
短槍を持つスデットとアランは幼なじみである。
スデットがカミラ(槍)を抱きしめる。するとアランの顔がみるみる赤くなった。
あと、酒の匂いがする。
「おいてめえ、槍に僕の元嫁の名前なんてつけんな!」
「へんっ、カミラは俺が良いってよ!」
「うわぁぁぁぁあああああ! 戻って来てくれ、カミラァアアア!」
「おい、アランがフラれたのを思い出したぞ? 泣き止むまで時間かかるだろうが!」
「ま、良いだろ。そのうち泣き止むさ」
「「「ハハハッ!」」」
彼らはお手伝いをしていたボクを椅子に座らせると、乾杯とばかりにジョッキを合わせてきた。
全員から酒のにおいがする。大丈夫なのだろうか?
「嬢ちゃん、酒はイケるかい?」
「人並み以上には、イケます」
そんなこんなで一時間後。
まるでうわばみのように目を輝かせたボクがごくり、と最後の一瓶を飲み干した。
一方、自信ありげに、
「へぇ~言うねぇ。じゃあ飲み比べといこうか!」
なんて言っていたグラハイムは泡を吹きながらテーブルに倒れている。
ボクはそよ風に吹かれているかのような、すがすがしい笑みで席を立つと、再び給仕のお手伝いへと向かう。
背後から、
「ば、バケモンだ……ぐふっ」
「どこに入ってるんだ一体……」
「一時間、まったく休まず飲み続けるなんて、あ、あり得るのか」
「あり得る、だろう。いま見た通りさ」
なんて聞こえるが気にしない。
昼過ぎから始められた酒宴は既に月が頭上に輝くまで続けられている。
明日は早い。ということで既に組合内にある、簡易宿泊所に移動する者たちも出てきた。
テーブルに残っている人たちも既に注文はせずに、話を楽しむ者ばかり。
ちらかったテーブルを掃除していると、後ろから抱きつかれた。
「ねぇあなた。一緒に飲まない?」
振り向くと美人なお姉さんの顔が間近にあった。その後ろには三人の美女。
「おいレイン! そいつらを連れてこい、一緒に飲むように伝えろ!」
目を覚ましたグラハイムの覇気に満ちた声が響く。
「嫌よ? 私たち、可愛い女の子と飲みたいの。おっさんなんかと飲みたくないわ」
「イヤー」
「ね、今すぐこの娘をお持ち帰りしたいんだけど、誰も見てないわよね?」
「やめなよ、目がマジだよ。それにどう見ても周りに人いるじゃん」
「……おっさんチームに戻りなさい。うちのメンバーにマジな人がいるから危険だわ」
「待ってー! 行かないでぇええええ!!」
ボクは急いでおっさんこと、グラハイム一行の元に戻った。
この組合、みんな陽気、なのかはわからないけれどフレンドリーな人ばかりだ。
(彼らに、死んでほしくない)
今日は屋敷──ティエラの家──に帰らないことにした。
ボクも冒険者組合の中にある、簡易宿泊所で眠りにつく。




