第42話 元勇者、六侯会議
ターヤは語る。曰く亡国の守護神である、と。
それは聞いたことのない、おとぎ話だった。
「今から数百年前、この大陸に古くから住まう人々がいました」
かつて『イナ』という平和で美しい国があった。
通りには一年中、花が咲き誇り、川のせせらぎと草花の優雅さを大切にしている国だった。
しかしそんな極楽のような平和も、突如として終わりを告げる。──ドラゴンに襲われたのだ。
「ドラゴンは川を干上がらせ、草花を焼き、人々を襲います。人とドラゴンの力の差は歴然で、イナの民は次々に殺されました」
空から降り注ぐ炎。矢弓は鋼鉄をしのぐ堅牢な鱗を穿てない。
多くの人々がなすがままに殺された。
悲鳴と苦悩が夜と共に明け、朝日が照らし出したのは、死体の山。
生者よりも死者が多い凄惨たる惨状に、生き残った人々は涙する。
「誰か勇士を」
「誰でもいいから復讐を」
「今の我らには金は無い」
「感謝しか捧げられない」
「それでもいいなら──お助けを」
義によって集まりし戦士団。彼らはドラゴンの寝床を見つけ出し、戦いを挑んだ。
しかし勇敢な戦士たちでもドラゴンには勝てない。
次々に殺されていく仲間を見て、彼らの目に諦めの色が見え始めたとき、
「空まで届く鳴き声が──響きました」
突然現れた魔獣はドラゴンに戦いを挑んだ。
ターヤの知る伝承では、風をも裂く鳴き声と純白の体毛が覆う獣の姿。そしてその瞳は黄金に輝いているのだという。
白い巨獣はドラゴンと戦った。
肉を裂き、骨を砕き、互いが血肉にまみれた壮絶な戦いの果て、ドラゴンは倒れた。
しかし白き巨獣も深手を負って姿を消し、戦いは終わりを告げる。
それ以来、白き巨獣は姿を現さなかったが、イナの民はかの獣を守護神と呼び称えて敬ってきたのだという。
「──これが、私たちイナの末裔に伝わる伝承です」
ターヤの話を最後まで聞いていた貴族たちは唸った。ため息をはき、溜飲を下す。
伝承が事実かはこの際どうでもいい。
それでも本当にドラゴンと互角に戦える存在であるのならば、そんな存在が出現したというのが事実であれば──。
「ふむ、ベルンの危機じゃな。ゲープハルトよ」
白髪の老人が目を細めて言った。
呼ばれた騎士風の男が片手をクイっと挙げる。すると、いつの間にか彼の後ろには忍のような男が立っていた。
「皆に異論がないのなら閉門させるが、よいか? ……よし、全ての門を閉門せよ」
「御意!」
忍は一言残すと姿を消した。
ボクも同じように手を挙げてみる。忍者など現れない。
それからは門を閉じた場合の経済的損失について、などの小難しい話や兵をどの程度動員するのかという議論をし、そして話し合いは終わった。
小太りの男が椅子から立ち上がると咳払いする。
「では動員する兵は千名とする。また、ベルンはこれより厳戒態勢に移行。しかし経済的な損失を考えても、十日以上の閉鎖状態は維持出来ない。よって早急な行動が必要となる。これより準備が完了し次第、『イナガミ』に対して兵士千名および冒険者が先制攻撃することを許可する。──異議のある者は?」
「異議無し」
「異議無し」
「異議ないよ」
「異議ないぞ」
「ありません」
「うむ、私も異議無しだ。──全員一致したのでこれを決定する。ターヤよ、連絡員を送るので策は任せるぞ」
こうして緊急事態の最中だというのに時間のかかる会議は終わった。
決まった事といえば門を閉じる事と、千名の兵士と冒険者たちが戦う事だけである。
採決終了後、彼らはいそいそと部屋を出ていく。
「こんなこと、してる場合じゃないんだけどなぁ」
ターヤは彼らに聞こえないような声でそう呟いた。
まったくその通りだと思う。あの大群を見たからこそ、そう思うのだけど。
会議の途中からうとうととしていたボクは肩をつつかれた。
見るとティエラがニコリと笑って立っている。
「あ、ティエラ」
「いきなり入ってくるの、面白かったですよ!」
「……マナーとかわからないし」
『ピッピェ~』
「ちょっとレイン、失礼よ? ティエラさま。こんにちは」
「こんにちはターヤ。この方は私の……世界で一番大切な人なので、なにも問題はありませんよ」
「えっ? ……あ、そういうご関係でしたか。申し訳ありません!」
絶対に勘違いされてる気がする。まぁ兄ですって言うのも色々問題があるのだが。
「助力出来ることがあったら、なんでも言ってくださいね」
そう言ってティエラが部屋を出ていくのを確認したあと、ボクたちも部屋を出て冒険者組合に向かった。
入る時は向こうが開けるまで待たなければならず、出るときは全員出てから。
オルベリア王国のマナーはなにかとめんどくさい。
城から出て冒険者組合に到着すると、はじめて来た時のゆるい雰囲気などは一切無かった。
全員が準備万端の状態で、今にも戦いが始まるという空気が充満している。
やる気、むしろ殺る気だけれど、それが組合の敷地内に一歩踏み込んだボクたちに針のように突き刺さった。
「レオ、首尾はどう?」
「呼べるやつは全員呼んだぜ。等級金以上の全員と金以下でも実戦向きの強い奴、俺を含めて五十七名。あとはお前とヤーノを入れて、全五十九名だな」
出迎える冒険者たち。その口々からは気合いの言葉が聞こえる。
お互いの装備を点検する彼ら、刃を研いでいる彼、武器を抜いて舞のような動きを練習する女性たち、酒をガブガブ飲んでいるおっさんの集団。
……あれは良いのか分からないが、皆一様に気合いが入っていた。
(でも、うーん)
見たところ、手練れが揃っている。
それでもイナガミ、とやらを直接見ているから理解る。彼らでは勝てない、と。
(あの魔物の雰囲気は、〈邪竜〉と呼ばれている黒鱗竜ラーザスに似ていた)
魔王城に突入した時のことを思い出す。強敵を倒しながら進み、城の中庭に到着した時のことだ。
咆哮と共に禍々しい空から降り立つ──黒。
魔王の配下、〈三騎士〉の一体が、ボクたちの行く手を遮ったのだ。
強者としての絶対的な余裕を見せる瞳は、今日見た『イナガミ』と酷似している。
(……ラーザスとの戦いほど苦戦したことはない。単純な力だけなら、ミカゲさんよりも強かったし)
あらためて辺りを見る。彼らは弱くなんてない。
武具はレステンシアは持っていたモノよりも、良いモノすらある。それでも、それでも魔物はそれだけで勝てるような存在ではない。
(でも、今のボク、よわよわだからなあ……)
意気揚々と作戦を話し合う後方で、小さな声が発せられた。
「あの、ボクも行きます」
冒険者たちが一斉にボクを見る。




