第41話 元勇者、ベルンの侯爵に出会う
門まで戻ると、街に入るための列がなくなっていた。
代わりにいつもの倍の兵士が立っている。
「こんな人数では足止めにもならないな」
ヤーノが呟く。
確かに奴らの前ではこんな人数など道端に生えた雑草程度でしかないだろう。
来たのがあの白いヤツだけでも、止めることなんて出来るはずがない。
「話は伺っています。ここは我々が守りますので、城に向かってください」
ボクたちは門をくぐり抜ける。
街中には人がまばらにしかいない。時おり見かける人ですら、あわてて食料を買い漁っている者か、わけのわかっていない旅人くらいである。
よろい戸や扉からの視線を感じながらも、ブラックホーンに騎乗したボクたちはスピードをゆるめずに突き進む。
「あっ」
と、ボクはプランを進ませてターヤの隣に並ぶ。
「もう帰っても良いですか?」
問いかけにターヤは眉を八の字にした。
「なに言ってるの? レインたちが最初に遭遇したんだから、説明に行かなきゃ駄目に決まってるでしょ」
ボクは唖然とした。
そんな時にはもう城が間近に迫っており、跳ね橋も降りているので促されるままに中に入るしかなかった。
プランたちブラックホーンを中庭に待たせて、ボクたちは案内される部屋に向かって進んでいく。
ターヤとヤーノの二人はいまだに嬉々とした感情を隠せていない。
ボクは不機嫌デス、と尋ねずとも聞こえてきそうな表情を隠そうともしていない。
そんな三人を案内する使用人はわずかに怯えてように進んでいく──。
◆
「まったく、私は忙しいのだぞ? 魔物かなにか知らんが、そんな程度で呼び出すなど──」
「まぁまぁ落ち着いて。どうやら並の魔物では無いそうですよ?」
「ゲープハルトどの、兵を動かされてはいかがかな?」
「状況が読めぬ段階で動かすことなど、出来ませぬ」
「〈六侯〉の全員が呼ばれるのじゃ、ただごとではあるまいて」
「……」
六人の男女が円卓を囲んで会話を続ける。
彼らの大半がこの状況に苛立ちを覚えていた。
なにせ報告されたのは、『近隣で魔物が発見された』というだけ、だからだ。
しかもそれがどのような魔物かはわからないし、本当にいるのかも確認中ときている。
たったそれだけで全員が召集されるなど、ありえない。
ゆえに愚痴をこぼしていても誰ひとりとして席を立つ者はいなかった。
「失礼します! 冒険者組合、支部長のターヤどのがいらっしゃいました」
扉の向こうから聞こえる使用人の言葉を受け、全員が扉を見る。
◆
案内されて廊下を歩く。観光客さながらに周り見て気づいた。
王都ベルアの城や魔王城よりも、ここは豪華なのだ。
通りすぎる扉や柱、メイドが花に水をやっているじょうろにすらメッキか金箔かわからないが光り輝くものがある。
城に来たのは観光でもなんでもない。調査した報告を〈六侯〉とやらに知らせるのだとか。
交易都市ベルンには六人の侯爵がいるのだという。
都市の長としては公爵がいるそうだが、各分野で働きをみせるのは彼ら六人であり、今回のような非常時には都市の全権を任されている。
「失礼します! 冒険者組合、支部長のターヤどのがいらっしゃいました」
使用人が扉に向かって声を発した。
ターヤは艶のある黒い扉の前で、深いため息をはいて、
「冒険者組合ベルン支部、支部長ターヤ他二名──入ります!」
と言った。
しかし反応は沈黙。部屋を間違えているんじゃないか、と思えるような静寂に包まれた廊下に、「入れ!」と室内からの声が響いた。
それでもターヤは扉を開こうとしない。
ボクは首をかしげて横を見る。ヤーノがお前の番だぜって顔でコクりと頷いた。
なるほど。
「冒険者のレインです! 同行しています、失礼します!」
「ちょ! レイン!?」
勢いよく扉を開けると、使用人が扉を開けに来ていたであろうポーズで固まっている。
振り向くと驚いた顔と笑いを堪えているような顔があった。
(だ、だまされた……!?)
ボクはそっと扉を閉じた。
数秒であるが永劫とも思える時間が過ぎると扉が使用人によって開けられて、ターヤさんたちと中に入る。
座っている人をチラリと見ると、ワナワナと震えて顔を真っ赤にした人がいた。
「ぶ、無礼者! なぜ勝手に扉を開けて入っているのだ! 我らを侮辱しているのか?!」
金髪の太いおっさんが怒っている。どうやらダメだったらしい。非常に。
そういえば、勇者だった時も城では待たされたのを思い出す。
「ハッハッハッ! 若者が失敗するのは世の常、笑って許されよ。レインハルト侯」
白髪の老人がかばってくれた。
ホッとして六人の貴族を見ると、ひとりの少女が顔を手で覆って肩を震わせている。
(ティエラ!?)
驚きもつかの間。
部屋の者たちは、ターヤを見た。
室内は外とは違い質素で部屋の中央には円卓が備えられている。
ターヤは唯一の空席である手前の椅子に座り、ヤーノがその左側に立ったのでボクは右側に立った。
(そういえば、ティエラも侯爵だっけ)
ティエラを含めた彼らがベルンの〈六侯〉で間違いないだろう。
正直、説明している場合ではないと思うんだけれど、致し方ない。
「……ベルンの近隣に魔物がいます。それも桁外れに強い。先ほど調査に向かい、足跡と体毛、それから目視で姿を確認いたしました。推定で七メートルほどの、ブラックホーンによく似た魔物です」
ターヤは発見した白い体毛を卓上に提出する。
「魔法学校代表者、来なさい」
〈六侯〉の一人、小太りの男がそういうと奥の扉が開いた。
まだ二十代後半ほどの若い魔法使いが入ってきて、白い体毛に手をかざす。
ポゥ──と光り、宙に浮かぶ白い体毛をなにやら調べて、彼はただ一言。
「これほどの物は見たことがありません」
室内は静寂に包まれた。
「これは一体、なんの毛だ?」
「見当もつきません」
小言を言われ、平謝る魔法使い。
そんな中、ターヤが椅子から立ちあがると室内にいる全員に聞こえるように、
「これはイナガミのモノです」
と言った。




