第3話 元勇者、男の娘だった
「ごべんなざいぃ~」
ボクは上着だけ着て、正座の格好で両腕を上下に振った。
まるでどこかの新興宗教の祈りか、雨乞いの儀式でもしているような感じである。
顔は満身創痍もあって青ざめていた。
もはや邪神でも召喚しているかのような──必死さで。
「い、いや、まぁ君くらいの年齢だし」
そう言ってミッラの父親であるオッロさんは苦笑する。
幼女に裸を見られたとしても、今のボクは子供だったのだ。子供であればセーフな理論だろう。
(ボク……女の子みたいな男の子だったのか)
自分で確認するまで女の子だと思い込んでいた。
そんなボクを、オッロさんはいぶかしんで見ている。男の子であるボクが、自分の股間を見て驚いていたのだから。
──で、
「それにしても、記憶喪失なんて本当にあるんだなあ……。名前もわからないんだろう?」
「はい」
ボクは悲しげに頷く。
(別に、記憶喪失ではないんだけど……)
確かに『名前』なんてのは今のボクにはわからない、というより無かった。
勇者の時はレステンシア──親しい者はレシアと呼んでいた──と名乗っていたが、もはやボクは勇者ではない。むしろ勇者だと名乗ってどうなるというのか。
(えへへ、みんな久しぶり!)
(勇者さま、お帰りになられたのですね……)
(レシア……すまない)
(はじめまして。わたし、レステンシアと言います)
「あばばばばばばばば」
壊れた機械のような言葉を漏らすボクを見て、オッロさんは唖然とする。
心配して町医者も呼んでくれた。
年老いた医者の診断としては、記憶喪失に間違いない。奇声を発するのは頭を打ったから、だとか。
(……やぶ医者だ。あのじじい、早く何とかしないと)
オッロさんとミッラの親子は『白うさぎ』という名前の宿屋を経営している。
一階は居酒屋のような空間で、二階には宿泊用の部屋がある。
で、ボクはその一室に担ぎ込まれていた。
時々ミッラが遊びに来たり、食事を持ってきてくれたりと優しさと温かさに包まれて過ごす毎日。
それから数日後。
「ねぇミッラ……ボク、お金が……」
「おねえちゃんはおきゃくさんだけど、おきゃくさんじゃ、ないんだよ?」
朝食のパンとスープを持ってきたミッラに、ボクはそう言われた。
どうやら宿屋の客としての『お客さん』ではなくて、客人としての『お客さん』らしい。
なぜ彼女がいまだにボクを『おねえちゃん』と呼ぶのかは、謎だ。
「……ありがとう。じゃあせめて、宿屋のお手伝いをさせて欲しいんだ。お金は……無いから、せめてお皿洗いとか掃除とか」
ミッラは少し上を見ながら何かを考えて、
「ぱぱにきいてくる!」
と廊下に出ていった。
ここに来てから既に一週間。そのあいだも身体を拭いてくれたり、食事もくれた。そのうえで泊めてくれている。
見ず知らずの女の子──のような男の子を。
(恩返し、というか、なにか出来ることをして……お礼しないと)
ボクはずっとベッド脇に放置していたリュックを手に取った。
倒れていた所に落ちていたらしいので、たぶんボクのだろう……ということだ。
中にはナイフが入っている。怪しい。怪しすぎる。
「仮にボクのじゃなかったとして……あんな場所で誰のだよっていう。ボクのだったとして、なんで持ってるんだよっていう」
黒と銀色のなめらかな鞘から抜いてみると、刀身は見事な藤色であった。
まるで吸い込まれるような美しさがある。
(オーリンやナツユキ、テスなら……何かわかるんだろうけど)
勇者としての旅の中で、魔剣なども数多く見てきた。何せ相手は武具を司る魔王なのだから。
(でも、魔剣とは違う。普通の刀剣でも……ない)
あの頃のボクは防具も適当に、それこそ盾だって他の仲間のように特注品ってわけではなかった。
倒した敵のだったり拾ったり。
そしてリュックの底には手紙があった。
「あー……元勇者へ?」
手紙を開封すると三折りの紙が。
元勇者へ
あなたは魔王を倒すという偉業を成し遂げました。
三度目の召喚での偉業……三度目の正直ですね(謎)
そんな感じで───
手紙から視線をあげると、真っ白な部屋の中だった。
天井も壁もテーブルも、全ての調度品が真っ白である。
まるで純白の雪のような部屋の中で、ボクは椅子に座っていた。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
あたふたとしていると突然現れた──さっきまで白かった壁に──黄金の扉がゆっくりと開いて、誰かが入ってくる。
「やぅやぅ少年、いや、少女かな?」
「男の娘よ? ふざけたことを言ったら──」
「落ち着けって! あたしたちは~」
「「「神さまです!!」」」
眼前に三人の少女が立っていた。
客観的に見て、可愛い。格好はともかく。
「おやおやぁ~その目、疑ってるのかなぁ~」
猫耳帽子をかぶった黒セーラー服の少女がわざとらしく言った。
「無理もないわね。人間がここに呼ばれるなんて、普通はないもの」
もこもこ帽子と白ドレスの少女が誇らしげに笑う。
「ま、偉業は偉業なんだし、誇って良いんだぜ?」
最後にカウボーイのコスプレをしてる少女がグッと親指を立てて微笑んだ。
なるほど。
ああ、ボクってば眠っているらしい──。