第38話 元勇者、唖然とする
「あなたにおすすめ出来る依頼は、ありません」
支部長として、あとその他もろもろで忙しいターヤが支部長室に戻り、なぜかボクとソラは好奇の目にさらされた。
ボクは蜂蜜酒を一気に飲み干して受付へと向かう。
白を基調にした内装と同じように清潔感のある受付に座ると、受付嬢にそんなことを言われたのだ。
彼女はカウンターの向こうから、ボクの目をじっと見ている。
「それは……その、さっき無礼を働いたから?」
受付嬢は慌てたように首を勢いよく振った。
「いえいえ。……なんと言いますか、現在ですね、交易都市ベルンの周辺には魔物がいないんです」
「……はい?」
原因、不明。
理由、不明。
終息の見通しも、不明。そんな不明だらけの事態にベルン支部は陥っているらしい。
と言っても魔物が周囲に見えなくなった、というだけなのだが。
(魔物がいない。だからソラがいつも以上に奇異の目で見られるのか)
ようやく背後の視線の意味がわかった。
元来、都市の周囲にいる魔物はいち早く狩られる。
ゆえに暴れるような魔物も、即座に狩られてしまう。結果、必然的に依頼の難易度というのは都心部よりも地方の方が高くなるものなのだが、いくらなんでも一匹もいないというのはおかしな話だ。
「かれこれ三日ほど前から前兆はあったんです。『数が減っている』いつもはたくさんいるのに『なかなか見つけられなかった』そういった報告はあったんですけど……」
「今はまったくいない?」
「はい」
魔物がいないというのは、普通に考えればあり得ない。
世界には大小さまざまな魔物がいて、小さければ昆虫程度の魔物もいる。
それでも、それすらいないという。
特定の場所に住んでいた種が消えた、というのであれば別の場所に移動したのだろう。
しかし現在のベルン周辺にはスライムやトカゲのような小動物程度の魔物すら、存在しなかった。
「んー……じゃあ、帰ろうかな」
ティエラに対してなんと言えばいいのだろう。
ボクは引きつった笑みのまま席を立った。
「あ、依頼はないんですけど」
背後から受付嬢の声が聞こえる。
「城壁の外で魔物を探しておられる方は、多いですよ?」
◆
「こんなの、こんなの……ありえませんわ!」
焦りと怒りが込められた声が木々にあいだに響いた。
少女の視線の先、尖った岩山の頂上には白い化け物がいる。
おおよそ人界にいるはずがない神々しさすら感じるそれはこちらを見ていた。
いや、自分よりも、もっと後方を──。
(なぜ、こんなことになったのかしら……)
思い出すのは今から数十分前のことだ。
いつもと同じように、いつもと同じ二人で森に入った。
ここ数日、魔物が見当たらないため、稼げなくなってしまった新人冒険者たちは森に入っている。
新人冒険者が集中してしまえば薬草なども根こそぎとられているので、もはや見当たらない。
そこで、いつもの場所ではなく岩山を目指すことになった。
今日もまた魔物がいない。そう、思っていたのに。
(どこで間違えたの? 家から出なければよかった?)
自問しても答えなど見つからない。
二人で岩山のふもとにたどり着いても、やはり魔物はいなかった。
予定通りに薬草を採取して帰る──そんな時だ。あれを見つけたのは。
いや、こちらが見つけられてしまったのだろう。
「死にたく……ないですわね……」
白い魔物は山の上から俯瞰した。
眼下には怯えた人間の女と気を失っている者がひとり。
『……』
ずっと追ってきているモノとは別の、妙な気配が森の中から近づいてくる。
「なにしてるの?」
場違いな声が、静まりかえった場所に響いた──。
◇
森を歩いていると、声が聞こえた。
行ってみると女の子が一人倒れている。
なんとか立っているというような金髪の少女は上を見てわずかに震えていた。
ボクは木々のあいだから進み出る。
「何してるの?」
「えっ……」
金髪の少女はこちらを見て唖然とした。ボクは彼女が見ていた場所を見て、
「うわぁ」
と声を漏らす。
山の頂上には見たことのない、魔物がいた。純白の雪のような体毛を生やした大きな生き物だ。
黄金の瞳から来る視線が射貫くように身体に突き刺さった。
「あ? ……手前、偉そうにしやがって。戦うならこい。戦わないのなら、去りやがれ! ──って、このスライムが言ってます!」
『ピィ?! ピィピィー!』
少し間が空いて、白い魔物は嘲笑うように鼻を鳴らす。
そうして踵を返すと山を降りていった。
こちらとは反対側なので去り際にふわふわの尻尾が見える。
『ピィピピィ!!』
「はぁ? なにいってるのかわかんないんだけど! 人間の言葉喋ってくれない?」
『ビィエ! ピ……ピィァ……ピォ……ピィピィ~』
「ふっ……ま、ともかくだよ。大丈夫?」
金髪の少女は強ばっていた顔を破顔させて、安心したような笑みを見せた。
「あ、ありがとうございます。その……あれの正体はご存じで?」
「いや、あんなのは見たことがない。ソラは?」
『ピィピィ』
「ソラも見たことないってさ」
「……」
「見逃してくれたんだし、帰ろうよ。仲間運ぶのくらいは手伝ってあげる」
なんて、言わなきゃよかった。
玉の汗を流しながらボクは前を見る。ようやくベルンが見えてきた。
(なんで、こんなことになったのかな……)
思い出すのは今から一時間ほど前のこと。
他の新人冒険者も行っている、なんて聞いたから来てみたが、思いのほか深い森で迷子になってしまったのだ。
そもそも『魔物がいそうな場所』なんていうのもわからないのに、単独で来たのは無茶が過ぎたのだろう。
誇張されてるんだろうな、としばらく探してみたが、結果、ほんとうに魔物が見当たらない。
森にはスライム一匹も──ソラは別にして──いないのだ。
暇だったので帰りたくなったが、帰り道がわからない。
途方にくれていたら、緑の中から山が見えた。
(で、とりあえず目立つ山を目指して。この娘らに出会った)
山の頂にいた、強そうな魔物を思い出す。
(あの魔物……強そうだったけど、なんでこんなところにいるんだろう)
疑問もあったがそんなことを考えられない程度には、疲れた。
背中に同い年くらいの魔法使いの少女の体温を感じる。
すやすやと眠る彼女は普通の人間とは少し違う。耳が少し長いのだ。それでもエルフよりは長くない。
そんなハーフエルフの少女をおんぶして、ボクはベルンに戻るのだった。




