第34話 元勇者、兄と妹は混浴するのか
新しい章、これからもよろしくお願いします(*・∀・*)ノ
屋敷についたのは、あれから五日後のことだった。
メイドにイルマさんとリーネさんの部屋を用意させ、レインさん……兄さんの部屋を用意する。
彼? いえ彼女? とにかく転生した兄さんを、部屋の準備が整うまで私のベットに寝かせることにした。
美しい寝顔は真っ青で、まるで死んでしまったかのように動かない。
時おり聞こえる僅かな寝息の音だけが生存を知らせているけれど、それすらも蝋燭の灯火のように揺らめいている。
友人である二人は「しばらくすれば起きるさ」、などと言って街を見に行ってしまった。
そのことに、苛立ちを感じてしまう自分に嫌気がさす。
信じているからこそ、出来るのだ。私は羨ましくなった。
「私は……ひとりじゃなかったんですね」
独り言のように眠っている少女に話しかけた。
返事など返ってくるはずがないと思ったのに。
「どうしたの、ティエラ?」
少女の紫色の瞳がこちらを見つめている。
「レインさん……!」
「レインで良いよ? 一応兄妹だし。まぁ血のつながりはないけど」
「いえ! レインさんは私の兄さん……いえ、姉さんと呼んだ方がいいですか?」
「あー、ボク男だよ?」
「え?」
「男性」
「冗談、ですか?」
「確認する? なんちゃって……ギャーやめて!!」
「本当だ。……兄さん!」
ボクはティエラに抱きつかれた。優しい体温を感じる。
目の前の少女は妹だ。
(うーん、義理の妹? いやでも、ルカもボクだし実の妹? 血のつながっていない……実の妹?)
ややこしくてわからない。
「ティエラは、妹なんだよね?」
「え? あ、そうですね! 男装してましたから。確認しますか?」
「いやいやいや! 見せなくても大丈夫!」
服を脱ごうとするティエラを制止した。彼女は普通に美少女だ。
それにしても、
(……ボクの、家族)
前世の記憶を持っている。なんて言っても、あいまいな記憶だ。
勇者よりも前世の記憶などは一部でしかない。
勇者であった頃の記憶ですら、勇者になる前の、一般人だった頃の記憶はほとんどが欠落していた。
両親の記憶すらない。住んでいた家の記憶もない。初恋の相手すら、わからない。
まるでぽっかりと空いてしまった穴だ。
穴の中にはなにもない。ただの黒しか、なかった。
自分がルカであったことは事実。それでも、暗闇を走る馬車での記憶しか存在しない。
両親との生活も。いたのかもわからない友達も。妹が生まれた喜びすら、覚えていない。
むなしさを感じる。
それでも眼前の少女は妹で、自分は兄なのだ。
「兄が女の子みたいな男で妹が男装って、変な兄妹だね」
「ふふっ、そうですね」
「ティエラは貴族なんだっけ……?」
「私は、オルベリア王国の侯爵です」
ティエラは両親とルカが出発したとき、一歳にも満たない赤子だった。
彼女は父の友人である貴族に預けられ、五歳までそこで暮らした。
両親の失踪から五年後。
ティエラはオルベリア国王からの直々の招待を受けて王都に行き、謁見の間にて侯爵の地位が与えられた。
それは世界的に見ても、異例中の異例である。
(侯爵。王族以外であれば最高位の貴族位……なんでティエラに?)
本来であれば父の爵位の襲爵が妥当であり、悪ければ未婚の貴族へと嫁がされていたはずだ。
ちなみに父はマルセロと同じ、伯爵である。
「すごいね。ボクも侯爵には、あんまり会ったことがないや。理由ってなにかあるの?」
「わかりません。でも、うわさによると、実は私、王族らしいです」
「えぇ!?」
「……他には、この年齢で王をたぶらかした悪女。魔法使い、いろいろ、らしいです」
王妃の使用人が産んだ国王の娘。
少女の身体をもちいて王をたぶらかす傾城女。
過去の王位を巡った権力争いで没落した旧王族の子孫。
魔法を使って王を操る女狐。
その他いろいろの説をティエラは語った。
若干のうんざりしたような、それでも聞かせることのできる相手がいることに喜んでいるような、声色で。
どうやら貴族には派閥があり、その派閥の数だけうわさが語られているのだという。
「実際は……なぜ厚遇してくれるのか、私にもわからないんですけどね」
「ま、嫌われるよりは、気に入られてる方がいいよね」
「はい。……そうだと思います。でもこんなお飾りの地位よりも兄さんに出会えたことの方が、私には遥かに嬉しいことです!」
ティエラは再び抱きつく。
ボクは彼女の頭を優しく撫でた──時に、扉が開いてイルマとリーネが入ってきた。
「……邪魔したか?」
「姉妹の再会を邪魔するべきではありません!」
リーネはイルマの首根っこを掴んでズルズルと強引に引きずって廊下に出ていく。
どうやらソラも二人について行って街を見てきたらしく、扉のすきまから覗いているような空色が見えた。
「……ボクたちも行こっか」
「はい! 今日はご馳走を用意しますよ!」
ボクとティエラは二人と一匹に追い付くと、ダイニングまで向こうことにした。
それから少しすると、テーブル上にはご馳走がところ狭しと並んでいる。
甘いものは甘く、辛いものは辛く、酸っぱいものは酸っぱい。
高価であるはずの果物すら、湯水のように出てくる。
「それにしても、こんな料理が食べられるなんて侯爵って凄いんだね」
「そりゃ王族以外では最高の貴族位だからなー」
「いくら侯爵とはいえ、ここまでは……」
リーネは自嘲するような薄笑いをした。
「そういえば説明していませんでしたね。ええと、皆さんはルカ商会をご存じですか?」
イルマは頷き、ボクとリーネは首を振る。
「ルカ商会は香辛料を中心に交易している商会です。その分野ではオルベリアに並ぶもの無しだといえるでしょう。とはいえ新たな事業もしていて、最近は外国の果物の苗や種を買ってきて父の友人、私の面倒を見てくれていた伯爵の方の土地をお借りして、栽培などもしているんです」
試行錯誤で最近、なんとか出荷できるようになったのだとテーブル上の果物を見ながらティエラは苦笑う。
「自分で言ってしまうのもなんですが、東の大陸でも五本の指に入る商会だと自負しています。だからお金はありますし、自分のところの商品なのである程度なら自由に使え──そうだ、兄さんにルカ商会を差し上げましょう!」
「え?」
イルマが青い顔で『やめろ!』というような眼差しを送って来る。
ボクとしてもあんまり欲しくはない。
「いや、ボク経営とかやったことないし……」
「そうですか……。では、欲しくなったらいつでも言って下さいね!」
イルマはホッとした様子で食事を再開する。リーネはティエラが説明していた時点で興味なさげに食事をしていた。
ソラに関しては果物を食べることに夢中で、今まで喋ってすらいない。
(差し上げるって冗談……なのかな? それにティエラのボクを見る目が輝いてるのは一体……)
食事を終えると、はっと気づいた。ここは豪邸だ。
「そういえばこの家ってお風呂はある? 久しぶりに浴槽に浸かりたいなー、なんて」
「もちろんありますよ! 一緒に入りましょう!」
(……ん?)
「いや、後で入るから先に入って良いよ」
「姉妹の再会なのです。二人で入って下さい、イルマは最後で良いですよね?」
「お、おう」
「では行きましょう兄さん!」
(兄と妹でお風呂に……入るの? オルベリアってそんな習慣あったっけ……?)
疑問を感じつつ移動し、脱衣場で服を脱いで先へ進むと大理石の床があった。
そして奥に温泉が見える。
オオカミの彫像の口からお湯がドバドバ出ている大きな浴槽だ。
「おぉーすっごい」
「兄さん! お背中お流しします!」
「え? あ、うん」
ボクは恥ずかしさもあって照れ笑う。
「兄さん綺麗です、美しいです。後ろは終わりましたよ? さぁ次は前を──」
「いや、前は自分で出来るから!」
振り向くとティエラの顔が赤い。明らかにおかしい。
そのあとは押し倒されるのかとビクビクドキドキしたがそんなこともなく、一緒に広い浴槽であたたまった。
本当に贅沢な暮らしだが、このお風呂に入っても思う。
一人だと寂しいな、と。




