第33話 元勇者、その選択と代償
そこにあったのは、まさに奇跡のように、今までの頑なな態度を捨て去ったマルセロの姿だ。
「私がライル、ルルナ、そしてルカの三人と護衛の騎士四名に、シャンドラへの道を教えたことを認める。だが──殺してはいないし殺す気もなかった」
たしかに殺したのは黒き獣であってマルセロではない。
無理矢理あの道を通らせたのではなく、マルセロの提案を信じた両親の、選んだことだったのだろう。
別の道を行くことだって出来たはずだ。
理由はどうであってもマルセロは道を教え、両親はそれを信じただけ。
殺人かと問われれば、否だ。
「両親が通ったルートを教えるなら、どこにも報告はしませんし、今後危害をくわえないと誓います」
「わかった。こちらも、同様に誓わせてもらう」
マルセロが両親に教えたという道の詳細を伝えている。
だが、これで終わりか? これで幕引きか? マルセロへの罰は何もないのか?
教えられた道で事故を起こした。
お前のせいだ! と、いうのは言いがかりかも知れない。逆恨みかも知れない。
でも、それでも……故意ではなかったとしても、死んだ両親や騎士たちはどうだ?
可哀想に。運が悪かった。それらで終わらせられるのか?
遺体があるであろう場所を聞いただけで、気持ちが晴れやかになるのか?
(前に、ある女性が言っていた。わたしはわがままだって。ボクだって……ボクだってわがままだ! 我慢できることと、出来ないことがある)
紙を持つティエラの顔には達成感のようなものはない。むしろ悲しげだった。
彼女も両親が選択しただけだと知っている。
マルセロを罪に問えないことも、被害を与えればこちらが罪人になることも、知っている。
それでも、捕まるのを覚悟で殺すことも出来る。
イルマやリーネだって兵士たちを殺せたのに、誰ひとりとして殺してはいない。
それは選択したからだ。
(なら──ボクも提案し、選択させよう)
「マルセロ。ティエラに殺し屋を送ったことを許すかわりに、頼みがある」
「な、なにを言う! 元はと言えばそちらが私を拐ったのだぞ?」
「それはボクが助けただろ?」
「だな! オレもそれはレインのおかげでチャラになってると思うぜ?」
「……わかった。要求を言え、金か?」
金など貰ってどうなると言うのか。
「ちょっとした頼み。三つの頼みだよ? まずは屋敷の中にいる人を全員、外に出して欲しいんだ」
「……火をつけるんじゃないだろうな? 放火は重罪だぞ?」
「そんなこと、するわけないじゃん」
マルセロはしぶしぶ兵士に命令し、使用人たちを外に出させた。
「次は、あの馬車が欲しい」
ボクが指差したのは森に行くときに乗ったあの馬車だ。
マルセロは渋面を作って頷いた。
「……まぁいいだろう」
「最後の頼みだけど、ソラを屋敷に入れてもいいかな?」
「は? 好きにしろ。……それが最後だな?」
三つ目だ、もう終わりだぞ? と安堵しているマルセロが、馬鹿にするように笑っている。
ボクも意地悪っぽく、わざとらしくニヤリと笑った。
そして玄関に近づいて、
「──全軍召喚」
と言った。
言葉を待っていたかのように、足下から漆のような粘りけのある黒が広がる。
深い深い、底の見えない黒の中から空色の魔物が出てきた。
それらは湧水のようにじわじわと、確実に、
1匹、2匹、3匹……
ソラは次々と屋敷に入っていく。
『ピィ!』
「な、なんだこれは……」
「うそ……」
「これは一体……?」
ソラの王冠を外すとソラも屋敷の中へと入っていく。
マルセロだけでなくティエラやカイネでさえも、その光景に唖然としている。
100匹、200匹、300匹……
「すげー、なんだよこれ!」
「ふふっ、ソラがいっぱいですね」
イルマとリーネは楽しそうに笑っていた。
1万匹、2万匹、3万匹……
「やめろ! これ以上いれるな!」
「ソラが入ってるだけだよ? それに、マルセロが良いって言ったんじゃん」
両親が選択したようにマルセロも、入れないことを選択出来た。
それでもマルセロはソラを入れることを許可した。断ることも出来たというのに。
10万匹、20万匹、30万匹……
屋敷からミシミシベキベキという音が聞こえる。
屋敷の中はソラでいっぱいになった。全ての部屋や廊下、風呂や屋根裏でさえ、ソラでいっぱいだろう。
窓から見えるものは、ただの空色だけであり、絵画や石像、高そうな壺さえ見えなくなっていた。
「なんだこれはなんだこれはなんだこれは!! 出せ! スライムを外に出せ!」
「う~ん、でもソラも身動きとれないよね?」
『『『『『ピィ!』』』』』
その声にイルマやリーネ、ティエラやカイネまでもが笑った。
兵士やメイドたちもクスクスと笑っている。
「私の屋敷がぁあああああああああああああああ!」
マルセロは玄関に突っ込み、壁のようなソラをかき分ける。だが、多すぎて中には入れない。
既に満杯のソラを押したことで限界を迎えたのだろう、バキバキという音が聞こえ始めた。
「な、なんだ?」
「離れないと、崩れるんじゃないかな?」
「あぁぁあああああああ"!」
マルセロが離れると同時に、
──ゴゴゴゴゴ!
という轟音と土煙をあげながら、マルセロの屋敷は崩れ落ちた。
もはや瓦礫の山である。
「そんな……私の屋敷がぁ! 宝がぁああ! 貴様ァ訴えてやる!」
マルセロの顔は真っ赤だ。
目は血走り、額には血管が浮き出ていた。
屋敷の倒壊によって中にいたソラは全て消えてしまったが、我ながらいい感じに崩れたものだとボクは腕を組む。
「え~、でもなんて訴えるの? スライムに家を壊されましたって?」
ボクはわざとらしく首をかしげた。
「そんなこと言えるわけねーよな! これはあきらかに、天罰だ。〈導きの神〉の御技以外のなんでもねぇ。自業自得さ」
イルマは楽しそうに笑っている。
「私は神に導かれている人がいるとすれば、その人は可愛らしく、そして良い人だと思います。そんな人を訴えるのは許せませんね」
リーネもクスクスと笑っていた。
二人がわざとらしく言うと、マルセロは膝から崩れ落ちる。
兵士やメイド、使用人たちは天に両手のひらを掲げると、「神よ!」と祈り始めた。
「神……だと? ではなぜ、私だけを裁くというのか。私は命令に従っただけなのに……」
「どういうこと?」
「言わぬと誓っている。だから、言えぬ!」
詳しく聞きたかったが、おそらく言わないだろう。屋敷を失っても言わないと言うのだから。
聞き出す手段もなかった。
(……あとは、仕上げといこう)
ボクはマルセロを見下ろした。
「もし約束を破ってティエラやボク、イルマたちに殺し屋を送れば、どうなるかわかってる? ボクが出せるのはスライムだけじゃないからね? ──召喚!」
黒の中から異形のドラゴンが現れた。
この状態のソラを出すのはとても疲れるうえに、レンの時にも使ったのだ。
あと数秒持つか持たないかだろう。
「ボクらを狙えば、このドラゴンがお前の元に行くから……うぷ」
『グォオオオオオオオオオオン!』
良い感じに吠えてくれたので即撤退。
すごい気持ち悪い。吐きそう。
「わ、わかりました。誓います」
マルセロはガタガタと震えている。これならもう大丈夫だろうと確信した。
ボクは目が霞んでいて、その姿もぼんやりとしか見えなかったのだが。
「先に馬車に乗ってるから、話があったらやっといて」
ヨロヨロとした歩みを極力見せないように懸命に歩いて、馬車に乗る。
ソラを一匹召喚し王冠を載せた瞬間、ボクの意識は消え去って漆黒の中へと落ちていった。
◆
レインが馬車に乗るのを確認したイルマは、今にも崩れそうなマルセロに近づいた。
そして手を差し出す。
「オレたちに金貨三枚、よこせ!」
「はい?」
「依頼は達成しただろ? レンミンを案内するってやつだ」
「……そうでしたね。どうぞ」
「んじゃ!」
報酬を貰うと、イルマはリーネを引き連れて馬車に乗り込んだ。
ティエラも乗り込んだのを確認するとカイネが手綱を握り、馬車は動き出す。
「あの、お二人はこれからどうされますか?」
「オレはレインと一緒でいいぜ」
「私も一緒にいたいです」
「わかりました。では私の屋敷に行きましょう。兄……いえ、姉と呼んだ方がいいのでしょうか。私もレインさんと話がしたいですし」
ティエラは隣に座る、すぅすぅと寝息をたてる銀髪の少女に微笑んだ。
そうして馬車は夕日に照らされ進んで行く。
この章もこれで終わりです!
これからもがんばります。スライムぽよんぽよん(。・ω・。)ゞ




