第32話 元勇者、前世との繋がり
柱から現れたカティたちはぼろぼろだった。
腕には包帯を巻き、服もあちこち破れている。
カイネの方を見て、「うわー」と嫌そうな声を出して、
「あのさー、あたしら帰るわ」
とカティが苦笑う。
一方のマルセロは詰め寄るように、彼女たちに近づいた。
「ふざけるな! 依頼をはたすことが至上なのだろう? はたさねば結社の、イジェルド連邦の威信に関わるのだろう?!」
「はぁ? あたしらは決して裏切らないし、必ず依頼を完遂させる。そのことに誇りを持ってるし、今回も依頼は達成してんだろ?」
湖面に顔を出した魚のように、マルセロは何度も口を開閉する。
ボクは一つ、気になった。
「カティって、こっちを裏切ってマルセロ側についたんじゃないの?」
「ん? あたしらが受けた依頼は、『マルセロを引き渡すこと』と『運搬中の護衛』。だから引き渡したし、そのあとの護衛はマルティが……あんた女だったんだ、じゃなくてあんたが撤退したことで終わった。でしょ?」
カティは胸を張っている。
「そうだ。それにマルセロ、お前の依頼は『案内することと支援』だろうが。てめえこそ、ふざけんじゃねぇ」
ルドヴィヒはニヤリと笑う。
「ま、支援する相手がバカみたいに突っ込んで、真っ先に死んだから、支援も援護もなにもなかったんだけどね」
カーチャは手をヒラヒラと振りながらそう言った。
「な? あたしらは依頼を完遂させただろ?」
「ま、待て! では払った額の二倍……いや三倍出す!」
「じゃ~ね~」
カティたちは説明し終えると、こちらに手を振りながら去っていった。
マルセロの「待ってくれ!」という声は聞き届けられない。
「えーい! お前たち、裏切り者と貴族を狙う不届き者を殺せ!」
命令に従い、兵士たちがこちらに迫る。
「へっ、話は終わったな。──行くぜ!」
「はい!」
イルマとリーネは正面から突っ込んだ。
イルマが剣を振るえば兵士たちは防げずに吹っ飛ばされ、リーネは舞っているかのように相手の首筋に刃を当てる。
兵士たちは降参を示すように両手を挙げて端に移動していった。
カイネにいたっては相対した兵士が我先に剣を捨てている始末。
勝てないと悟ったのだろう。
マルセロは「戦え!」と何度も怒号を飛ばしていたが、兵士たちが全員降参すると自ら跪いた。
「な、なぁ……話し合おうではないか」
「なにを話すと言うんだ」
ティエラは怒りを込めた眼差しで見下ろす。
「私は貴族だ。私を、貴族を殺せばお前たちは裁かれるだろう。オルベリアにおいて貴族殺しは死刑。吊るし首になったあと、崩れ去るまで晒される。……お前たちとて、それは望むまい」
「あぁ。私だけが罰せられるのではないから、な」
「何者だ? そんな恨みを買った覚えなど……」
「……私は、ティエラ・ルーファンだ」
その名前を聞いた瞬間、マルセロの顔はパアッと明るくなった。
「お前、ライルの娘か!?」
「そうだ。両親と兄に、お前がしたことを忘れたとは言わせない」
「ま、まて! 私はなにもしていない!」
「お前が故意に、ブラックホーンの縄張りに進ませたということは、わかっているんだ。これは、生き残った騎士が伝えてくれたことだ」
「私とライルは幼少からの、無二の親友だぞ! そんな罠にかけるようなことをするはずがない」
「騎士が死ぬ直前に伝えた最期の言葉なのだ。嘘を言っているとでも?」
カイネの声にマルセロは渋い顔をした。
「だ、だが証拠にはならない! そもそも、本当にライルは死んだのか? どこかの国に亡命していたり、平穏を求めて山奥で暮らしていないのだと、貴様らに言い切れるのか? 証明できないから、こんなことをしているのだろう!」
「そんなこと……」
ティエラは唇を噛み、涙する。言い返せなかった。
すべてを知るのは護衛のシェラだけ。しかし、そのシェラも既に亡くなっている。
彼女の死に際はわからないが、襲撃場所を伝えていたのであれば、そもそもマルセロから聞き出そうとする意味なんてのもない。
(……死んだと、襲われたと、証言できる人。そんな人いるわけ──)
「って、ボクじゃん!」
皆の視線が銀髪の少女に集まった。
「えっと、ライルが言っていたよ。マルセロがこの道を教えたって」
「はぁ? なにを言っている?」
「ボクの前世の名前は、ルカ・ルーファン。ボク、前世の記憶があるんだ」
ティエラとカイネが驚いた顔でこちらを見ている。だが、マルセロは顔を真っ赤にした。
〈導きの神〉アルスゥエアッリは時おり、死者を転生させるのだと知られている。
歴史に残るような功績を残した者。非業な死を遂げた者。次の人生で何かを成し得る者。それらに次のチャンスを与えるのだ、と。
武芸に秀でた者や芸術家、王公貴族の中にも前世の記憶を持つものは僅かだが、いる。
しかし神に導かれているという名声を欲して語るだけの者も、また多くいた。
「では本当に転生者だったとして、どう証明する?」
「あの時のボクは五才位の年齢だった。護衛の名はシェラ、マーカス、ハンナ、ジェフの四人。父さんが馭者をしていて母さんはボクを守るために馬車の外で戦って死んだ。──最後の言葉は、私たちが死んでもルーファン家の血は絶えない」
ボクはマルセロをまっすぐに見る。
「あと、お前には神さまが天罰を与えて下さるはずだと、言っていたよ」
マルセロは青い顔をして冷や汗を流した。
「バ、バカなことを! ……あり得ない。護衛の名などはティエラ! 貴様が教えたのだろう。下手な芝居を打ちおって!」
「レインさんが……兄? ……私は教えていない。神に誓って!」
「剣に誓って私も、レインどのに他の騎士の名は言っていない」
あり得ないあり得ないと連呼し、動揺するマルセロにイルマが近づいた。
顔を近づけると、なにやら耳打ちしているようだ。
するとマルセロの青い顔は更に青ざめて死人のような色に変わった。
「それこそ、もっともあり得ない」
動揺するマルセロにイルマが眼帯をずらし、顔を見せる。
なにがあるのかこちらからは見えないが、それを見たマルセロは平伏した。
「よし、じゃあティエラ。紙を出せ、マルセロが言うことを書き写すんだ」
イルマと話したあと、マルセロはあきらめたように頷いた。
まぁ話すと言うのならこちらとしても歓迎だ。
ティエラが紙を用意するのを確認すると、マルセロは口を開く。




