第31話 元勇者、運命のいたずらに翻弄される
(ティエラ・ルーファン……どこかで聞いたことがある気がする。でも、どこだろう……)
ティエラは説明を続ける。
今から十五年ほど前に、彼女の両親と兄は殺されたらしい。
そしてマルセロこそが仇である、と。
「私は彼を、マルセロを殺したいわけではありません。私の目的はたったひとつ、両親と兄を弔うこと。それだけです。場所さえ教えて貰えれば、それで……」
「本当にマルセロがやったっていう、確証はあるの?」
ボクの問いに彼女は長いまつ毛を伏せた。
「両親の護衛をしていた騎士の一人が谷に落ちて運良く……などと言ってはいけないのですが、奇跡的に命が助かったのです。その方から聞きました」
「その人がいるなら、裁判とか」
「シェラは既に……今から十年ほど前に亡くなりました。彼女の遺言を聞いたカイネが、私にその言葉を伝えてくれたのです」
ティエラは悲しげな表情で、
「それから彼は、ずっと私を守ってくれています」
そう言った。
裁判において目撃者がいないのは不利だ。そして証言は伝聞に過ぎず、証拠もない。
(裁判するだけ無駄か。そのうえ相手は貴族……無茶すぎる)
少女は次に、これまでやって来たことを教えてくれた。
まずは必死に努力して莫大な財力を獲たこと。
カイネに稽古してもらい、自身でも戦えるだけの肉体になったこと。
マルセロを捕らえるための行動を始めたこと──。
「そして今に至る、ということです」
少女、ティエラの目には力強さがあった。まるでボクが勇者だった頃の仲間たちのように。
勝てるはずがないと、行く先々の町や村で哀れげな眼差しを向けられた時だって、彼らの目は『こう』だった。
いや、それ以前にどこかで見たような懐かしさも感じる。
(しかし、ボクに何が出来る……?)
ボクは今までの経験で役立ちそうなことを懸命に思い出そうとした。両手で頭を掴んで「う~んう~ん」と。
どこかの小国では決闘裁判があるとか。ナツユキの好きな女のタイプはボクと同じだとか。どうでもいいことを思い出して、
「あっ」
と、一つのことを思い出した。
前世の記憶。勇者よりも前のことを。
「……亡くなった両親と兄について教えて欲しい。容姿とか名前とか」
「実は、私は両親や兄のことを覚えていないんです。当時の私はまだ産まれたばかりだったので……」
「君は家にいたの?」
「いえ、私は父の友人であった貴族の方に預けられていました」
とても悲しげで寂しげな声。ボクは、胸を締め付けられそうだった。
「でも名前なら……父はライル、母はルルナ、兄は──」
「ルカ?」
「えっ、なぜ兄の名前を?」
暗闇を走る、馬車での記憶を思い出す。
母は言っていた。
マルセロには神さまが天罰を与えるだろう、と。
「あの、どこか怪我でも……?」
ボクの眦からは涙が溢れていた。
それをごしごしと腕でこすり、前を見る。
困った表情でこちらを見る少女。
(……今まで気づかなかったけど、母さんに似てる。でも言っても、信じて貰えるかわからない。さすがに突拍子も無さすぎるし)
母の最期の目が、眼前の少女の眼差しと重なって見えた。
怒りがふつふつと沸き上がる。
(説明なんてあとで良い! それよりも!! もう少しで、妹を殺す手伝いをするところだった……)
今回は助かった。だが、それだけだ。
まるでかまどに薪を何本も入れるかのように、大きくなる炎のような怒りの感情は次第に膨らんでいく。
(今回は失敗したからと、マルセロが次の殺し屋を雇ったら? 考えるだけで、ボクは……ボクが抑えられない!)
身体の熱を逃がすように深い息をはいた。
そして出来る限り、作り笑う。
「ちょっとね……。あの、仲間と話したいから……その」
「はい。私は出ているので、いつでも呼んで下さい」
ニコッと明るく笑った彼女が外に出ると、交代するようにリーネが入ってきた。
「イルマ、起きてるでしょ?」
「途中からな……すまん。さすがに話の途中で動けねぇし」
『ピピッ』
「どうしたんですか、レイン?」
「えっとね」
ボクは思い出せる限りの、ルカの記憶を伝えた。
どこかの暗闇を走る馬車。
優しげな両親。
襲撃してきた魔物たち。
必死に戦った騎士たち
そして──最期の瞬間の恐怖。
それらを二人と一匹は疑うこともなく真剣に聞いた。
ルカ・ルーファンだったボクが死んで、兵士として──本当は勇者に──転生したことを伝えた時、イルマの感情をあらわすような唸り声が聞こえた。
「……嘘だとは思えないし信じる。くそ、マルセロの野郎、ひでぇことしやがって」
『ピィ!』
「私も信じます。それで、レインはどうしたいのですか?」
正直、突拍子も無さすぎる話だろう。
前世で彼女の兄だった。そして今生で彼女を殺すために雇われた、殺し屋の道案内を頼まれる。
荒唐無稽も良いところだ。
こんな話を吟遊詩人が酒場で歌っていたら残飯でもぶつけられているだろう。
でも、そんな話を二人と一匹は信じてくれた。
ボクはここに突入した時のことを思い出す。
「仲間なんだから頼れ」
「仲間は一心同体です」
その言葉を思い出して、ボクは──前を見た。
「ボクはティエラ、妹を助けるためにマルセロと戦う。二人にも協力して欲しい」
「いいぜ、よく言ったレイン。オレに任せろ! マルセロをぶっ飛ばそうぜ!」
「仲間は互いを信じ合うべき。そしてレインは私を信じました。ならば私は全力を尽くします!」
『ピィーーーイ!』
ふたたび涙で前がぼやけて見える。腕で拭うと、今度は困った表情の妹ではなく、笑いかけてくる仲間が見えた。
「ソラもやるって言ってるみたいだな!」
「えぇ、やる気ですね!」
「やろう。みんなで!!」
『ピィ!』
中庭に出ると、ティエラたちは少し離れた所にいた。
ボクたちが出てくるのを見つけると、トテトテと駆け寄ってくる。
「話は終わりましたか?」
「──うん。ボクたちは君たちに協力する!」
ティエラとカイネは驚いていた。
先ほど命を助けたとはいえ、元々は敵側であるボクたちが協力すると言ったのだから、仕方のないことだろう。
「なぜ、ですか?」
「終わったらすべてを話す。だから、信じてほしい」
わずかに逡巡したあと、ティエラは決意を込めた眼差しでこちらを見た。
「……わかりました。私はレインさんを信じます」
五人と一匹は屋敷に向かう。
道中、ティエラもオルベリアの貴族であり、同じ国の貴族であるマルセロとは表だって殺しあうことが出来ないのだと教えてくれた。
だからこそ秘密裏に捕らえ、両親と兄にしたことを聞き出して書面に残したかったらしい。
(でもボクたち、というかボクのせいで作戦は失敗……)
マルセロは殺し屋を雇った。
今回は難を逃れたが次はどうなるかは、わからない。
ここまで来たら、いやこのままでは報復合戦になってしまうのが目に見えている。
(どうにかして、今日中に決着をつけないと……!)
屋敷が見えてきた。
門が開き、庭には武装した兵士たちがいる。
ボクたちはまっすぐに進む。
「兵の命は出来る限り、奪わないで下さい」
ティエラがそう言った。
「レイン、どうする? 待ち伏せしてるぜ?」
「ティエラさま。ご命令を」
イルマとカイネが問いかける。
「──正面から乗り込もう!」
「──正面から乗り込みましょう!」
奇しくも同時に発せられた言葉は同じ指示だ。
聞き届けた者たちはそれに頷く。
「よしきた!」
「お任せ下さい!」
「了解です!」
『ピィーイ!』
正面から向かうボクたちを確認し、兵士数十名が展開する。
敵意むき出しの声が、その中から響いた。
「裏切ったのか! おのれ、厚遇してやった恩を忘れたか!!」
「お前はボクの家族を傷つけた! ──許さない!」
意味がわからん、と怒鳴り散らすマルセロが右手を挙げる。
すると柱の影からカティ、ルドヴィヒ、カーチャの三人が音もなく姿を現した。




