第30話 元勇者、異形の怪物を出現す
ボクが選んだのは相棒だった。
「ソラ、いっけぇぇぇえ!」
足下が黒く変わった。
そしてあの時のドラゴンが───いや、違う。なんだこれ?
出てきたモノは以前のモノよりも遥かに大きかった。
足下の深い黒色から浮き出ると同時にソレは前方に突っ込む。
鋭いツノを偃月刀で防いだレンごと壁に突き進み、
──ドゴンッ
と大きな音が聞こえたあと、土煙の向こうに見えたのは中庭であった。
異形の正面には一人の少年、レンがいる。
「なんだコレは?」
レンは呟いた。
それは異形としか形容の出来ないであろう、怪物。
ひとつのおもちゃに別のおもちゃのパーツをくっつけたかのような醜悪で整合性のない体。
それは、大きかった。
空色の瞳、岩のような鱗と甲殻。
頭に生えた鋭く長い二本のツノ、鮮やかな光沢のある青い翼と黒い爪。
背中には漆黒の全身鎧を着ているかのごとき五体の戦士の上半身が突如として生え、確固たる意思を持って鋭い槍を投擲せんと構えている。
尻尾は錆色の大蛇。青い翼の後ろには黒い翼が対となるように生えていた。
『グルォオオオオオオオオオオオオオオ!』
吠える異形のドラゴンは、炎を吐いた。
もはや火炎とすら言えるそれを迷いなく一振りで切り裂くと、レンはそのままドラゴンの懐に飛び込んだ。
わずかな溜めの動作──直後の一閃。
偃月刀の刃が薄く光ったかと思うと一瞬、弓のような軌跡を残す。
異形の首は深々と切り裂け──、
「なん、だと!?」
一瞬でくっついた。
切断面はスライムのそれであり、普通の生物であれば死んでいたであろう傷口は、ぷるんと震えると一瞬でくっつく。
「うっぷ……」
ボクは驚いていた。そして吐きそうだった。
このソラが他のモノたちの集合体なのであれば、こうなるのは想定していたことだ。
登録したモノが増えればそれだけ大きく、強くなると。
しかし、大きくなるのに呼応して消費される魔力量も桁違いに増えるらしい。
「チッ……厄介だな」
レンはボクに向かって走って来た。
召喚したモノが強ければ召喚師を殺す、いわば戦闘の基本である。
無防備に立ち尽くすボクが、殺られる。そう思ったとき、イルマとリーネが守るようにボクの前に立ち塞がり、武器を構えた。
「──ふんっ」
それを含めて、すべて読んでいたのだろう。
レンは放たれた矢のように一直線に来ていた進路を急に変え、マルティに斬りかかったのだ。
──ギュン
聞いたことのない、妙な金属音がした。
見るとマルティの持っていた剣が偃月刀によって両断され、切っ先が宙を舞っている。
直後、
「クソッ! 女は殺さん!」
レンは狼狽の込められた叫びと共に、兵舎から飛び出して森の中に消えていく。
ボクたちは突然のことに動揺する時間すらない。
それでも、戦闘が終了したのはわかった。
「よかったぁ。ソラ、おつかれ。撤退……」
ぺたりと座り込むと同時に安堵の言葉が自然と洩れた。
深いため息をはく。
これ以上出していればゲロしたあとに気を失っていただろう。悲惨過ぎる。
「って、え? 女?」
ボクと同じように座り込んでいるマルティの服は、斜めに切り裂かれていた。
肩口からへそまでの素肌があらわになっている少年……もとい少女は恥ずかしそうに前を隠す。
「あとは二人に任せた」
イルマはそう言うと、先ほど出来た大穴から外に出ていった。
さりげなく凝視すると確かに胸がある。どうやらマルティはさらしのような物を巻いていたらしい。
剣で防ぎ、そしてさらしがなければどうなっていたのだろう。いや、簡単にわかることだ。
「──うわっ! えっ、ちょっ待」
ガゴンなんていう金属音がしたと思ったらイルマが室内に戻ってきた。
訂正。吹っ飛んで戻ってきた。
そして足音と共に穴の空いた壁からカイネが入って来る。
その殺気は凄まじいものだった。以前感じたのよりも遥かに肌が締めつけられる。
「ご無事ですか?」
安否を確認する絶対零度のような冷たい声。
服を切り裂かれている主人を見た剣士は、声に冷気を、瞳には憤怒の炎をもって剣を構える。
ボクはチビりそうになりながら懸命に剣を構えた。顔色は蒼白だろうし構えても、なんの意味もないんだろうけど。
「待ってカイネ! この人たちは敵ではありません!」
あいだに入ってくれたマルティがカイネに説明をしている隙に、ボクとリーネはイルマを助けた。
外傷は無いようだが、気絶している。
無理に起こして良いものかわからないのでベッドに運び、ソラを召喚して王冠をのせたあと、氷嚢のように額に置いた。
「すまない。君たちには感謝してもしきれない、本当にありがとう。彼は……無事か?」
説明を受けたカイネは、ボクたちの元にやって来ると頭を下げた。
「あー、いえいえ」
「彼は頑丈なので平気です」
リーネが言い切る。
その返答に苦笑しつつも、気になることはたくさんあった。
「あなたの元へ誰か、行きませんでしたか?」
「……君たちの仲間だったのだろうか? 襲ってきたので一名殺した。大剣使いだ」
「あれはただの殺し屋です。情などはありません」
リーネの言葉にボクも頷く。殺し屋が逆に殺されても仕方ないっていうかなんというか。
彼は逃げるカティたちを追って、あと一歩のところまで追い詰めた時、大きな音と鳴き声が聞こえたので、急いでこちらに駆けつけたらしい。
話を終えると、マルティがやって来る。
「あの……お礼をしたいのだが、今は少額しか手持ちがない。必ず払うので待ってほしいんだ。それと──」
彼──いや彼女は、聞くべきか悩んだように目を反らし、
「なぜ、助けてくれた?」
そう聞いた。
しかし『勘』、『虫の知らせ』、『胸騒ぎ』。とにかく殺されるのを黙って見ていることが出来なかった。
それ以外には言いようがない
だから、
「二人で話さないといけない気がした」
ボクは思っていることをそのまま口にする。
気がした、という曖昧な言葉を聞いて、マルティは悩むように顎に手を当てた。
「わかった。少し、待っていて欲しい」
マルティは着替えを持って物陰に行く。
リーネとカイネは穴から出て外に行き、ボクたちの話が終わるまで待っていてくれるらしい。
少しして着替えたマルティは、どことなくボクのものと似た服に着替えていた。
下はズボンのままだが縛っていた髪もおろしていて年相応の美しい女の子に変わっている。
どこか、どこかで見たような懐かしい雰囲気の、美しい少女だった。
「美人だね」
「あなたの方が美しいですよ」
肩をすくめるマルティが椅子を用意したので向かい合って座った。
眼前にいる少女は優しげな笑みを見せる。
「あらためて自己紹介をいたします。私はマルティではありません。私の本当の名前は、ティエラ・ルーファンと申します」
マルティあらため、ティエラは言った。
私は両親と兄をマルセロの計略によって失った、と──。




