第29話 元勇者、道案内する
曇天。
まるで波打つように頭上の雲がうねっている。
そんな空模様に、この場の誰もが不安を感じた。
(ひと雨、来そうだなぁ……)
屋敷の庭にあたる場所に、二台の馬車があった。
レンは偃月刀を持って柱に寄りかかっている。防具は身につけず、服装は武人然としたものだ。
寡黙な彼と違って大きな声が、奥から聞こえてくる。
「さて、マルセロどの。これからどうすれば?」
「目的地まで馬車で移動し、案内された先にいる彼奴らを葬っていただきたいのです!」
「ハッハッ、その程度で良いと? 楽勝ですな!」
ウルホはマルセロと一緒にやって来た。
頭の先からつま先まで黄金、背中に背負った重剣は抜き身で金色の細工が施されている。
鎧の良し悪しはわからないが、目立つのだけは確かだろう。
そんな鎧を見て、リーネはあからさまに腹立ちが募った息を漏らす。
「ねぇイルマ。なんでリーネ、怒っているの?」
「あいつが国王をダシに使ったから、だろうなあ」
「愛国心?」
「というか……あ、出発だぜ」
馬二頭で牽く、黒塗りの車体。
細部には金の細工が施されている高級感のある馬車に、ボクたちは乗り込んだ。
一台目にボクたちとレン。
二台目の馬車にはウルホさんとマルセロが乗る。
リーネは馭者の隣に座って道案内しているため、車内は男三人とスライムという、異様な空間となった。
スライムはともかく、男三人は珍しくもないだろう。しかし、その内の二人が険悪なムードでなければ、だが。
馬車が発車してから既に十数分。
曇天空は雨こそ降らさないものの、昼前という時間がわからなくなりそうなほどに薄暗い。
空模様に呼応するかのように車内はどんよりとしていた。
イルマが朝のお返しとばかりに威圧し、レンは朝と同じく殺気を放つ。
険悪な空気。
ボクはため息まじりに口を開いた。
「ねぇ、レンはなんで殺し屋なんてやってるの?」
「そんなものになった覚えはない」
「えっ」
「……俺は、侠客になりたいのだ」
「侠客? なにそれ」
「義によって弱者を助ける者。正義のために戦う者、そういった者を侠客という」
隣から吐き出すような声が聞こえた。
「ケッ……今回だって報酬を貰うんだろうが。それのどこが義だ、侠だ。んなもんただの殺し屋じゃねぇか」
レンは無表情に、ただ切れ長の黒が前を見て、
「金を払ってまで殺したいと思われる人物が、善であるはずがない」
言い切った。
イルマは今朝の鬱憤を晴らすように「ふんっ」と息を鳴らす。
「金持ちが道楽で依頼したらどうすんだ。あ?」
「侠客とは弱者を守る者。しかし弱者とは何か。力が弱い者? 立場が弱い者? 違う。それは抗おうとしない者に過ぎない。抗わない者は敗者に過ぎない。では弱者とは何か、抗う力がない者だ。抗う力を求める者だ。──ゆえに」
黒は鋭さを増した。まるで言葉すら、刃物ように。
「農民がなけなしの金貨を差し出すのと、金持ちが金貨を差し出すのと、俺には差がない」
「……到着しました」
馬車前方からリーネの声が聞こえる。
イルマは馬車から降りた。
「オレ、お前嫌いだわ」
「万人に好かれる者などいないし、好かれたくもない」
そんな一台目の重苦しい空気とは違い、二台目の馬車は陽気な雰囲気だったらしく、マルセロはワイン片手に降りてきた。
ウルホも車内で飲んでいたのであろう、手のひらで口元を拭っている。
「よし、ではレンミンどのはマルティを。ウルホどのはカイネの始末を頼みます! 君たちはレンミンどのを案内して欲しい」
「え? ウルホさんは誰が」
「──じゃ、そっちは私が案内するわね」
木陰からカーチャが出てきた。
驚いた顔をしているとイルマが苦笑いしてこっちを見ている。
「し、知ってたし!」
「あら、そうなの? 元気だった? スライム使いさん」
「んー、まぁ普通かな」
「……そう、良かった」
「プフッ」
リーネが吹いていた。
調子が狂わされたのだろう、カーチャは頭を掻きつつ森を進んでいく。
「では行ってくるから、報酬はよろしくね」
追いかけるようにウルホが森に入っていくのを確認すると、マルセロはボクたちに説明した。
どうやら屋敷に帰ってきた時点で、書斎に手紙が置かれていたらしい。
手紙には『雇われてもいい』、という言葉。そして多少の情報が書かれていた。
そうしてマルセロは彼女らを雇い、潜伏場所の情報と援護の確約を得たのだという。
一方でボクたちに事実確認をさせるために監視塔を偵察させ、レンとウルホの両名を雇ったのだとか。
説明を聞き終えるとマルセロは馬車に戻った。
「じゃあ行くか」
イルマの言葉で、ボクたちは目的地である監視塔に向かって走り出す。
ボクはその背中を追いかけている間、ずっと悩んでいた。
戦友のドワーフ、〈忠義の剛槍〉なんて呼ばれているモルとの会話が思い出されるのだ。
(人間は正義や悪を過大評価してやがる。んなもんはコロコロ姿を変える不確かなものだぞ)
(なぁ勇者よ、この旅とてそうだろう? 人間からすれば正義だろうが、魔族からすれば侵略者に過ぎないのだ)
(俺は忠義の士などと言われているが、んなもん知らねぇんだよ。ドワーフは強いヤツが王だ。ならば忠義を尽くす奴、なんてのはドワーフに言わせりゃあ奴隷なのさ)
はっと前を見ると、監視塔の近くにたどり着いていた。
見ている背中はイルマのものから、レンのものに変わっている。
後ろ姿はひとりで進んでいく。
(……なんか、嫌だなぁ。もやもやする)
胸騒ぎがする。まるで潮騒のように止めどなく押し寄せてくる、不安。
マルティは悪。
マルティは殺される。
マルティではレンには勝てない。
まぶたの裏では一太刀で撫で切りにされる少年が見える。
(………)
レンが兵舎に入っていく。
モルが以前に言っていた、相手からすればこちらが悪という言葉がボクの胸を締めつけた。
「……ごめん。二人は先に帰ってて」
ボクはソラを抱き締めると監視塔に向かって走った。
崩れた石造りの壁を越える。
瓦礫に足を取られて転びそうになりながら急いで兵舎に入ると、レンがマルティと相対していた。
マルティの顔が諦めたような悲しげなものに変わる。
「くっ、ここまでか……」
一方は悲しみと怒りが込められた目。
一方は呆れたような困惑している目。
そんな目はスライムを胸に抱く、銀髪の少女に向けられた。
「なぜ、入ってきた?」
「ボクは、マルティと話さないといけない気がする」
「……意味がわからん。邪魔をするのなら、痛い目にあってもらうぞ?」
レンの目線はボクを射貫き──その後ろへ。
「このバカどもめ」
背後からため息が聞こえた。
「ったく仲間なんだから頼れよな! オレ、あいつ嫌いだし」
「仲間は一心同体です。レインはあとでお説教ですね」
イルマとリーネは既に抜剣して構えている。
そのままボクをかばうように前に出て、
「レインはあの時のアレを出せ! 時間は稼ぐ。おい、マルティ。お前も手を貸せ!」
「わからない。わからないが……わかった。ご助力に感謝する」
三人が剣を構え、レンに近づく。
そして戦闘が始まった。
目にも留まらぬレンの一撃をリーネが受け流し、イルマが側面から攻撃する。
レンは余裕を持ってそれをかわし、マルティがその一瞬を見逃さずに背後から切りつけた。
だが、当然のように攻撃は柄で受け止められ、逆に刃がマルティへと迫る。
躊躇のない一撃をイルマが受け止めて、リーネが攻撃。
しかし、来るのが解っているかのようにかわされる。
三対一だというのに、レンが圧倒していた。
(どうしよう……?)
イルマが言った、『あの時のアレ』というのはドラゴンのことで間違いない。
でもどうやったら出るのかがわからない。
(あの時は……刺された。つまり痛みで発動、する? 違ったら死ぬなぁ)
カードには、ドラゴンについての記載が一切なかった。
森でも試したが『召喚』と言っても出ないのだ。
召喚出来たときと今、なにが違うのだろう。
『ピィーイ!』
「えっ?」
悩んでいると、ソラが大きな声をあげて戦闘に突っ込んだ。
一瞬でレンによって真っ二つにされ、
──カランカラン
と王冠が床に転がる。
斬撃に強いはずのスライムが斬撃で殺された。それだけ、あの一撃一撃が重く、強いのだろう。
それで思い出す。
あの時、ソラはエリクに殺されていた。
ボクが召喚したのは、本当にドラゴンだったのだろうか?
召喚したドラゴンの姿はどこか、見たことがあったものではなかったか。
ならば、ならばあの時、ボクが召喚したのは────




