第27話 元勇者、偵察する
三人と一匹は屋敷に向かって歩く。
何度も聞かれたけれど、ボクはアレのことは言わないと決めた。
(もしも出てくるのを調整出来れば……んー、それじゃあ意味ないか)
あの『全軍召喚』は使い道がまったくといっていいほどに思い浮かばない。
強そうな名称だというのに。
召喚可能数、などとカードに書かれていても、ケイハスは倒した数と同じ二体まで。それ以上は出せなかった。
しかし……。
(そもそも威力があっても、一直線だし。被害が出るから市街地では使えない。意味ないじゃん)
使えそう、ということで切り札候補、洞窟内で使ったドラゴンを思い出す。
だがカードに『ドラゴン』の記載はない。
(なにか条件がある……のかな?)
召喚出来ても昏睡が待っている。
「魔法って、こんなんじゃなかった気がするんだけどなぁ……」
ボクは空の雲に向かって嘆息をはく。
三人と一匹は口数少なく屋敷に戻った。
慌ただしい。
それ以外には言いようがない程に慌ただしく、メイドが庭を走り回っている。
ボクは買い物に行くのだろう、近くを走っているメイドを呼び止めた。
「あの、どうしたんですか?」
「旦那さまがお出迎えの準備をしろと──あの、申し訳ありませんが、もう行きます」
彼女は町へと走っていく。
歓迎。ボクらのってわけではないだろう、今更だ。
「戻ったか!」
声が上から降ってくる。
見上げると、バルコニーからマルセロが顔を出していた。怯えているのか恐る恐る辺りを見て、
「き、君たちに頼みがある。いや、これは前に言っていた依頼だ。ここから北に行った森にある、監視塔を偵察してきてくれ!」
と言った。
「今からか?」
「そうだ!」
「……どうするよ?」
「ボクは大丈夫。行けるよ」
「任せます」
「じゃー行くかー」
「おー」
『ピィー』
そんなユルい感じでボクたちは承諾し、出発する。
マルセロの屋敷から北西方向に進めばヴィオレッティ共和国。
南に進めば町がある。
今回の依頼では北を目指す。どうやらこの一帯は旧魔族領との最前線の一つらしく、だからこそいまだに魔物が多いのだとか。
北にある森は川向こうの林とは遥かに危険度が違う。
あちらが魔族領側だったからだ。
東の大陸において魔族、あるいは魔物は滅んだわけではない。
知能の高い者たちが魔王城よりも更に奥へと、険しい山々を越えて去っただけに過ぎないのだ。
広大な土地を得たオルベリア王国からすれば、以前の前線などはもはや前線ですらない。
監視塔は十年前から人が行き来していないらしい。
「あった、あれだ!」
イルマを先頭に進んでいたボクたちは一旦停止する。肩の向こうには確かに監視塔が見えた。
「崩れてますね」
「ぼっろいなぁ。人が使わないだけでこうなるんだね」
『ピェ? ピッピッピッ』
加工した石を積んで出来ている監視塔は無惨にも中程から折れている。
敷地内は雑草がところ狭しと生えていて、周囲を取り囲んでいる壁はあちこち崩れていた。
(ここも、激戦区の一つ……だったのかな。壁が崩れてるから結末は……)
数多くの死んでいった兵士たち、戦地で出会った人々の顔が思い浮かんだ。
そんな記憶から、ボクを現実に引き戻したのはスパイスの匂いだった。
「いい匂い。お腹すいたなぁ……」
香辛料の効いた肉を焼いている。確信。
マルティたちかはともかく、中に人がいるのは間違いないだろう。
「どうする? 出てくるまで待ってみるか?」
「暗くなるのは危険ですよ。レイン、お願いします」
「えっ」
ボクのお腹が鳴った。
◇
薄暗い森。その中においてなお暗い甲殻がわずかな音をあげて進んでいく。
遠目には全身鎧を着ている騎士ように見える──彼ら三体は声をあげた。
『ゲルゲルゲル!』
まるで今も戦争中かのように石壁を乗り越えた瞬間、兵舎の扉が開く。
中から出てきたのは白髪の剣士だ。
剣士を一目見たアーメイジャたちは一瞬で実力差を感じた。そして急いで森に逃げ帰っていく──。
「どうした?」
「いえ、ただの魔物です」
兵舎の扉から顔を出したのはマルティだった。
カイネが問題がなかったことを伝えると二人は兵舍の中に戻っていく。
◆
(──見つけた!)
ボクたちは顔を見合せる。
「撤退!」
別方向に逃げたアーメイジャとの距離はかなり離れているが、ここからでも撤退させるが出来たのがわかった。
森から出ると、既に空は真っ暗。
薄暗い森だったから、いまだに森の中にいるように錯覚する。
遠くに見える屋敷の灯り。ボクたちはそれを目指して足早に帰った。
三十分ほどで屋敷にたどり着くと、ずっと待っていたのだろう、マルセロが玄関から出て、
「いたか? いたのか?」
と目を輝かせている。
一方のボクたちは疲れていたこともあって無言で頷いた。
「はははっ! そうか、いたのか! よしよし!」
「あ、そういえばカティたちは確認出来なかった。すまん」
「ん? いやいや、かまわんさ」
「で、報酬は?」
大喜びする相手にイルマが冷めたように聞くと、マルセロは金貨三枚を手渡した。ずっと握っていたのか生暖かい。
(金貨、あれだけで……?!)
銅貨が百枚で銀貨一枚の価値がある。そんな銀貨一枚で農民は一週間を暮らすことができる。
食事を慎ましくすれば一週間、毎晩酒を飲めるような銀貨が三十枚で金貨一枚の価値。
ゆえに破格の報酬であった。銀等級では、まずお目にかかるはずがないほどに。
マルセロはわざとらしく咳払いする。
「君たち。明日、客が来る。その人たちを今日見つけた監視塔まで連れていって貰えないか? 報酬は今回と同額を出すと約束しよう!」
「案内の他には、なにかやるのですか?」
リーネは事務的に聞いた。
「君たちは連れていくだけで構わない。今日は食事をして早く寝なさい。明日は早いよ!」
ハッハッハッ、と笑いながら去っていくマルセロ。
姿が見えなくなっても、笑い声は屋敷の外まで聞こえた。




