第24話 元勇者、馬車に揺られて
耳をつんざく咆哮が消え去ると同時に、白髪の武人が言葉を漏らす。
「ドラゴンを、召喚しただと?」
それは驚嘆の言葉であった。
「召喚者を殺そう」
カティからの提案を受けても、カイネは敵への視線を外さない。
「駄目だ。あの少女を殺せば、ドラゴンは暴れ狂うぞ」
ドラゴンはまるで少女をかばうかのように伏せ、睨みを利かせている。
召喚されたばかりのモノが召喚者を襲うことはあっても、守るなど、あり得ない。あり得る筈がない。
だが、現にそれが起こっていた。
「どうする? そっちに任せる」
苦虫を噛んだような顔でカティは言う。
「わかった。……敵はドラゴンだ。前衛はツノと爪に注意しろ。閉鎖空間では分が悪い、外に移動するぞ!」
的確な命令によって、彼らは一目散に外へ向かって洞窟を駆ける。
ドラゴンは難なく壁を突き破ると、ギリギリの幅しかない洞窟内を突き進み、彼らを追いかけて行った。
(ボク、ドラゴンなんて出せないんだけど……)
そんなことを考えている暇はない。
ボクはソラを一匹召喚して傷の治療を頼んだ。
肩付近の傷口にくっつくと、あっという間に穿たれた穴がふさがる。しかしとても痛む。
おそらく表面がくっついただけなのだろう。
ボクはエリクの持ち物を探って鍵を手に入れた。
部屋から出ると、ドラゴンの咆哮が響いている。
「なん、だろ……これ………?」
一歩、また一歩と踏み出す度に、体が自分のモノではないような、今にも崩れ去りそうな風に感じる。
波打ち際に立つ砂のお城のように、自分が散っていく感覚。
腕の痛みと気持ち悪さ、そして意識が遠退いていく──。
声が聞こえた。
「レイン、大丈夫か!?」
「頑張って下さい! もう少しです!」
何も見えない。
歩いているのかすら定かではない。
それでも声に向かって進んだ。
──ガチャン
その音が聞こえたのを最後に、すべてが真っ暗になった。
発せられる言葉ですら真っ暗だと思う。
もう、何もわからない。
◇
うめき声が自然と口から漏れ出る。
体は鉛になったかのように重く、腕がズキズキと痛んだ。
『ピィ?』
うっすらと開けた目には薄茶色の天幕が見える。
ガタガタと揺れる音と振動も感じた。
(ここ、どこだ? 二人は、イルマとリーネはどうなった……?)
起き上がろうとしたが、体が動かない。
『ピィ!』
「ソラ? どこ……?」
「あ、目が覚めたんですね!」
リーネが視界に入って来る。
その姿を見て、怪我はしていないようだと安心した。
「レイン、起きたのか?」
イルマも無事みたいだ。
「レインどの、君のおかげで助かりました!」
馭者をしているマルセロが、振り返りつつ声をかけてくる。
(何でマルセロがいるんだろ……)
ボクは視線をリーネに向けた。
「何が……あったの?」
「レインが倒れたあと──」
牢から出た二人はボクを寝かせると、剣や装備を取り戻して彼らを追った。
そして洞窟の外で見たものは、見たことも聞いたこともない新種のドラゴンとカイネたちが交戦しているという、異様な光景だったらしい。
ドラゴンの甲殻は硬く、矢を弾いた。
斬られたとしても、くっついて元通りになる。
頭を落とされようと、貫かれようと、両断されようと、一瞬で元に戻って攻撃を再開する。
そんなドラゴンを見て、彼らは撤退した。
マルティは「マルセロを置いてはいけない!」と、言い続けていたがドラゴンの再生力の前には涙を堪えるしかなかった。
雇い主であるマルティが撤退したことで黒装束の三人も消えたのだという。
しばらくしてドラゴンが黒い霧となって地面に消えたあと、二人が馬車を調べると樽の中にマルセロがいた、と。
それでマルセロはボクを「我が救い主!」だとか言って感謝し、ボクを休ませるのなら自分の屋敷を使って欲しいと言ったので、
「ここ、ヴィオレッティ共和国からオルベリア王国にある、私の領地に向かっているのです!」
というのが今の状況らしい。
「ソラはどこ?」
『ピィ!』
「あれ?」
「ソラなら、レインが枕にしていますよ?」
「……おぅふ」
もうしばらく枕になって貰うとしよう。
本当に体がおかしい。全く力が出ない。また、目が霞んできた──。
ボクは昏睡と覚醒を繰り返し、馬車はそれでも進んでいく。
そうしてようやくたどり着いたのは、濃い赤の外壁をした豪邸であった。
この頃には気を失うことも無くなっている。
「貴族ってお城に住んでるのかと思った」
「辺境の伯爵では、そうはいきませんよ」
優しげに笑うおっさん。
ボクたち三人はゲストルーム、つまり客間に案内された。
廊下には一目見て高いとわかる美術品の数々が展示されており、豪奢な部屋にはふかふかのベットや高そうな絵画がある。
その日はそれから丸一日眠ることにした。
次の日の昼。
リーネに起こされると万全、とは言えないが自分で歩けるようになっていた。
ダイニングに行くと、長机には無数の料理が。
「さぁ、マナーなど気にしないから一杯食べてくれ」
甘く、酸っぱく、スパイスの効いている数々の料理をボクは頬張った。
ケーキまで出てくるとは。
(ぬおー久しぶりの甘さ!)
新鮮な卵の風味を残している柔らかなスポンジ部分。
高価な砂糖をふんだんに使っているであろうクリームに、ベリー系の果物は酸味が良いアクセントになっている。
美味しいケーキを頬張りつつ、ソラにも与えると『ピィ~』と喜んでいた。
これを食べられることが出来ただけでも、マルセロを助けた甲斐があったと言えるだろう。
そういえば、
「なんでボクが倒れたのか、わかる?」
イルマは食事の手を止める。
「ん? あー……魔力が底をついたんだ。ドラゴンなんてモンを個人で、何の準備もなく召喚したんだ。魔力がいくらあっても尽きちまうさ。オレも一度経験があるから、わかる」
イルマは剣士なのに何に魔力を使ったんだろうか? それも気になったが、それよりももっと気になることがある。
「でもボクはドラゴンなんて……」
「普通の召喚師は供物や生け贄を用意して、他の魔法使いや召喚師に補助して貰ってから新たな魔物を呼び出すんだ。──呼び出されるモノは、基本的には自分で抑えられるモノが出る。でも稀に、自分の力量を遥かに越えた、抑えられないモノが出てくるんだ」
(つまり……偶然?)
「なんでそんなに詳しいの?」
「彼は昔、召喚師になりたかったんです。でも才能がなくて」
「言うなって!」
恥ずかしいとイルマが怒っていたが、リーネは笑っている。
夢見たモノを目指せるのは極一部の人間だけ。
夢を叶えるには才能が必要となり、夢を信じるには努力が必要で。
でも、夢を諦めることはあまりにも簡単過ぎる。
妥協、ではないのだろう。
イルマの剣術は相当なものだ。
それ相応の努力だったはずだろうとボクは感心した。
そんな話が一段落ついたとき、マルセロが口を開く。
「君たちは冒険者なのだろう? では、依頼したいことがあるのだが」




