第22話 元勇者、牢屋の中
薄暗い洞窟の中は肌寒かった。
洞窟内には奴らの部屋以外には牢が二つしかない。
ボクとリーネの入れられた牢と、その正面にイルマ、そして樽に捕らえられていた男が入る牢があるだけだ。
時おり聞こえる滴り落ちる雫の音が寂しげに聞こえた。
(ソラ……)
マルティが渡してくれた、ソラの王冠を見る。
(でも、いつまでも悲しんではいられない)
洞窟は出入口の砦──というよりは採掘者たちが借宿として使っていたであろう施設──からまっすぐに延びている。
どれだけ深いのかは不明だが、出入口から牢までは三十メートル以上はあった。
牢には真新しい鉄格子。
アーカーシャの剣があれば切れるだろうが、荷物は取りあげられている。
人力ではびくともしない太さだ。
牢の中はそこまで狭くはない。
それでも薄暗く、通路にあるたいまつによって僅かに照らされているだけである。
「ひぐっ……うぇっ……」
「レイン……」
リーネの心配そうな声が聞こえる。
ボクは涙が止まらなかった。痛くて痛くて死にそうなほどに、痛い。
右の手のひらには穴が空いてしまった。かざすと向こう側が見えている。頭だって痛い。
「ぐすっ……ひぅっ………」
勇者だった頃は、もっと酷い怪我を負ったこともある。あの時だって痛かったけれど泣いたりなんてしなかったのに。
昔の痛みを覚えている。それでも、まるではじめて転んだ子どものように、ボクは泣き止むことが出来なかった。
「大丈夫か?」
檻の外からの声に顔を上げた。目の回りは赤く染まり、鼻水だって止まらない。
そんなボクの視線の先にはカティがいた。
「しゃーないな、治療してやるから出ろ。暴れんなよ?」
「……うん」
カティに連れられて洞窟内を進み、外に出た。
砦の中庭にある古ぼけたテーブルで待たされると、カティは桶になにかをいれている。
「ふぐっ……な、なに入れてるの?」
「んーっと、痛み止めと腫れ止め、あとは止血系の薬。で……まぁほんとは牛のが良かったんだけど。ちょっと待ってな」
そういうとカティは桶を持って門から出ていった。
大人しく待っていると、彼女は慎重そうに持ってきた桶を机の上に置いて枝で中を混ぜている。
ちゃぷちゃぷ、なんて水を混ぜているような音が聞こえた。
「完成~」
「えっ、なにそれ……クサいんだけど」
「これに手を入れろ」
「……」
液体に手を入れると生暖かかった。それでもなんだか痛みが小さくなっていくようで。
「すごい。なんか効いてる感じがする」
「だろ? あとは頭だな。本当は切り傷用だけど多分効くと思うわ、この小便」
「……は?」
「本当は牛の小便を使うんだけどさ、馬しかいないから馬のを使ってみたんだ」
ボクは右手を見た。クサい。なんだか黄色い液体は生暖かかい。
「あ、ああああああ……」
「ほい」
ざばん、と言う音と共に──ボクは黄色に包まれた。
そうして治療は終わり、牢へと戻される。がちゃんと背後で鍵が閉まる音が聞こえた。
「……ぐすっ……ぐすっ……」
「おい、大丈夫か?」
ボクはイルマの方に振り向く。以前にも増して涙の大洪水だ。
「イルマぁ……ぐすっ……ボク、カティにおしっこかけられたぁ……」
「人聞きの悪いこと言うな!!」
カティの怒声は洞窟内でこだまし、それがようやく消え去った頃、カーチャが食事を持ってきた。
豆のスープと硬いパンを食べていると、正面の牢──イルマがいる方──から声が聞こえる。
「お主らは、何者だ?」
知らない声だった。
牢の奥、影から現れたのは三十代後半くらいのおじさんである。
洞窟内に置かれたたいまつが彼の不安げな顔を、照らし出す。
「イルマだ。オレら三人は冒険者だぜ?」
「リーネです」
「ぐすっ……レイン……」
「そうか……。私はマルセロ・ゴールドフィッシュ……伯爵だ」
伯爵はオルベリア王国の貴族らしい。
ヴィオレッティ共和国には旅行に来ていたのだが、宿屋で眠っている時に拐われたのだという。
貴族らしい服と貴族らしい仕草を見るのは、ボクには懐かしい。
「よくはわからないが、君たちにも迷惑をかけて──」
マルセロはそこまで言うと続きの言葉を言わなくなった。
イルマもリーネもそのことを問わず、動かない。
「……アトさん?」
「よくぞお気づきになりましたね!」
歌うような声が洞窟に響く。
アトは洞窟を歩いてやってくると、鉄格子の前で立ち止まった。
顔にはいつもの藤色のヴェール。それでも笑っているのがわかる。
「時間停止なんて出来る人、他に知らないし」
「ふふん、まぁそうですよね」
「えっと今回は、なに用で?」
「じゃじゃーん! これを渡しに来ました!」
ヴェールの女は鉄格子の隙間から手を伸ばす。
その先にはカードがあった。
「……?」
「それはあなたの使令たち、その名簿のようなものですね。あと一つお教えします。臭うのでスキルをお使いください。……では」
そう言うと一瞬で藤色などは跡形もなく、消え去った。
残されたのは洞窟特有の薄暗さだけである。
「──すまなかった。いつか詫びさせて欲しい」
イルマとマルセロの会話は一切耳に入らなくなった。
時おり現れる、謎の女性。彼女は幻覚の可能性もあったのだが、今ボクの手の中には先ほど貰ったカードが在る。
レイン・ヴィーシ
Lv.1 力:E17 耐久:E20 俊敏:E12 魔力:A120
〈魔法〉
【使令秘法】
・魂縛できる
・召喚できる《召喚可能数:1024体》
〈スキル〉
【前世の記憶】
・思いだせる
【生活補助】
・クリーニングできる
【対話】
・魔物と会話できる
【魔物一覧】
・ソラ(スライム)
・ストーンドラゴン
・ケイハス
・タイヴァス
それは、何度見てもおかしなものだった。
勇者だった頃にはこんなものはなかったというのに。
ただ、レベルが1になっている。
「何を見てるんですか?」
「これにボクのステータスが書いてあるんだけどさ」
「うわっ、す、すいません。もう少しで……。見てませんから安心して下さい」
「えっ、ステータスって他人が見ちゃダメなの?」
「そういうわけでは……。あ、確かレインの前世は十年前、でしたね。このステータスというのは魔王が討伐されたあとに出来たものなんです。〈導きの神〉が異世界で見つけて、あった方が効率的だと持って帰ったのだとか」
「あぁ、それでゲームみたいな……」
〈導きの神〉は異世界から才能あるモノをこちらに連れてくる。
死んだ者、生きている者、どちらであっても区別なく。
それは生き物だけ、というわけではないらしい。
(あれ? そういえばボクも……異世界から……)
霞みがかかったように曖昧な記憶。
勇者だった頃のことはある程度覚えているが、前、その前となると曖昧になってくる。
(馬車で食べられた時は……駄目だ。やっぱりそれ以前の記憶が思い出せない)
それでも、ステータスというモノがゲームなどに使われていた。ということはわかった。
「ステータスを読めば相手の弱点や才能を明確に知ることが出来ます。だから、見るのはご法度、のように言われているんです」
「……そっか。じゃあ数字の前に書かれてるやつだけ、意味を教えてよ」
「あ、それは才能ですね、Aから天才、秀才、凡才、鈍才、不才の順です」
ボクはもう一度カードを見た。
魔力は天才。でも他が不才。
魔法使いとしては良かったのだろう。それでも他が能無しだと言われているようで悲しい。
「んークリーニング?」
まるで引き金を引いたように魔法が発動した。
一瞬で服が新品同様に変わる。身体もお風呂に入ったようにさっぱりしてストッキングの伝線までもが治っていた。
「お、おお……」
「レインの魔法ってすごいですね」
それから少し話をすると眠ることになった。
囚われの身で、話を楽しむ余裕は誰にもない。
早朝。マルセロの声で目が覚めた。
「──やめろ! 私に触るな! どこに連れていく気だ!」
どうやら誘拐犯一行は出発の準備をしているらしい。
マルセロは牢から連れていかれるようで、引っ張り出されているのをイルマは壁際で両手をあげて見ていた。
リーネは心配そうにイルマを見ている。
「よし、樽に詰めろ! 出発の準備をしてくれ」
樽に押し込められたマルセロが連れていかれた。
むしろ、持っていかれた。
抵抗するような声も次第に遠くに。それでも視線を一つ、感じる。
暗闇の中に、エリクが立っていた。
「お前ら馬鹿だなぁ。はした金のために、こんな目にあって」
たいまつの灯りに照らされた顔は、薄ら笑いの仮面をつけているかのようだ。
「しっかし気に喰わねぇ。テメーらの仲間のせいで、俺の将来は終わった。俺もこんな依頼受けるんじゃなかったぜ」
言い終えると彼は鉄格子の鍵を開き、
「せめて詫びて貰わねぇと。行く前に一発、楽しませて貰う」
牢に入ってきた。




