第20話 元勇者、秘密の作戦
凍てつく吹雪の中に裸で放り出されたような、あるいは体のあちこちに剣を押し当てられて、少しでも動けば刃が肉を切り裂くような。
そんな殺気を感じた。
(今の、いや、前のボクでも勝てるかどうか……)
盾もなく、鎧もなく、肉体は剣すら振るえない。
前の仲間も、今の仲間も──ここにはいない。つまり一人きり。
(ど、どうしよう……)
なにを言えば良いのかも、わからない。
「あの……」
『ピィ?』
暗闇の中からソラの声が聞こえた。
見ると荷台の奥で、ぽよんぽよんと飛び跳ねている。
「あ、ソラが……ボクのスライムがストーンドラゴンに怯えて、ここに入っちゃって」
「鳴くスライム? ……わかった。だが、ここへは入れるな。次があれば、そのスライムを殺す」
カイネは剣を鞘に戻し、そっと下がって道をあけた。
ボクはソラを連れていそいそと馬車を降りると、急いでイルマとリーネの元に向かう。
「ありがと」
『ピッ』
お礼を言い終えると、騒がしさに気がついた。
冒険者たちはたき火に集まっている。
リーダーが唖然とした面持ちで、
「あ、あぁ……無事だったか」
と言った。
「どうしたんですか?」
「それがな、ストーンドラゴンを殺したんだが、死骸が……なんというか、黒い霧みたいになって地面に吸い込まれたんだ」
「へ、へぇ~」
先ほどのストーンドラゴンは野生のモノではなく、ボクが召喚したストーンドラゴンである。
他者に殺された場合、一体どうなるのだろう。
再度召喚して無事を確認したかったが、今は出来ない。
「あんなの初めて見ましたぁ~」
カティが両手を胸の前で合わせてわざとらしく言っている。可愛い。
その後は冷めた食事をとり、夜間は交代で見張りを行った。
翌朝。
薄暗い内にパンを食べて出発する。
出発してまもなく、
「オレらは後ろを守るぜ!」
ボクら三人と一匹は馬車の後方へと向かった。
「あの、あたしも一緒に後ろを守りますよっ!」
「それだと前が俺一人じゃねーか」
トマスの完璧な援護を受けて、三人は集合する。
ボクはあえて直接は見ず、視界の端に捉えるように樽を見た。
「どうだった?」
「えーと、樽の中に男が一人、入ってると思う。猿ぐつわされてるのかな? うめき声しか聞こえなかったんだけどね」
「うわーマジか」
イルマが昨日言っていた、最悪のケースになってしまった。
(樽の中身なんて限られてる)
(まず一、金塊。ま、金にしては車輪が沈んでないけどな)
(二、輸出入禁止物。んで、その三だけど──)
そして今日。そして今。結論として、やはり彼らは商人ではないのだろう。
昨晩の殺気もそうではあったが、想像以上に危険な事態なのかも知れない。
「その三、だったね」
「だな。どうしたもんか」
「相手は人拐い、ですからね」
世にも奇妙な、うめき声をあげる酒でもない限りは中身は人間なのだろう。
人を拐うことは重罪であり、拐われた人の結末などは想像するまでもない。
しかし今さら悩んでも仕方ないのでいつも通り、パーティーの方針を決めることになった。
「オレは助けるべきだと思う。カイネが寝ている隙に逃げれば、何とか逃げ切れるはずだ」
「私は深入りするべきではないと思います。見なかったことにするのも一つの手では?」
さて、ボクはどうするべきか。
カイネとエリクが誘拐犯であることは間違いない。
だが子どもを誘拐するならまだしも、あの声は確実におっさんの声だった。
おっさんを誘拐する理由とは一体。
(おっさんを捕まえて……身代金を要求? 何かの知識や情報を聞き出す? それとも……制裁?)
理由が何にせよ、相手の準備は万全だ。
馬車、護衛の冒険者、他の樽には本当にワインが入っているような音が聞こえた。
それらを用意したうえでカイネとエリクをも雇っているのだとすれば、とんでもない大金を使っていることになる。
そしておそらくおっさん(推定)を捕らえるのにも大金を使っているはずだ。
ならば犯人、主犯は何らかの組織であったり、高い地位の人物である可能性が高い。
(となると、報復が怖いなぁ……)
見ず知らず、そのうえで顔すら見ていないおっさんのために命を賭ける意味を模索する。
「んっと、ボクは──」
「待て!」
首をかしげて横を見ると、二人は渋面を作っている。
「二人、だな」
「はい。カイネほどではないですが、強いですね」
『ピィ』
「……?」
どうやらボクらの後方、離れた位置に何者かがいるらしい。
後ろは見るな、と注意された。
前後を挟まれてしまったようだ。
「ま、オレらを殺す意味も理由もないし、成り行きに任せよう。他に何も出来ないっつーのもあるが」
「了解です」
「……わかった」
『ピィ』
太陽は輝き、頭上に在る。
晴天の中、後方にいるという者たちは襲って来なかった。
それは休憩が始まっても同じで、チラリと後方を確認しても轍が見える程度でしかない。
ソーセージをかじっていると、馬に水を飲ませているカイネの声が聞こえた。
「これから少し道を外れます。知人に会わないといけないので」
「わっかりましたぁー」
「ん? あぁ了解だ」
カティとリーダーが同意したのでイルマを見ると、「オレたちも構わないぜ」と同意していた。
そもそも拒否など出来ない。
予定に無いのだからと、ここで別れるのは流石に怪しい。
(トマスさんとカティも、気づいているのかなぁ)
それから馬車は山道に入った。
険しいガタガタ道をしばらく進むと、岩山にたどり着く。
山肌には小さな砦。
山の中という景観には場違いとさえ言える目的地に到着すると、木製の門が開いた。
わずかに身構えたが、中から出てきたのは一人の男の子だ。
中性的な顔立ちの、女性であれば凄い美人であろう金髪を後ろでまとめた少年。
彼はボクらと同い年くらいだろうか。
「カイネ、やっと来たか! 待っていたぞ!」
「はっ! お待たせ致しました。マルティさま」
「──では、予定通りに」
少年からの命令を受けたカイネが馬車を降りた。そして一切の迷いなく、剣を鞘走らせる。
凄まじい殺気は昨晩と同等かそれ以上。
「チッ……なんだこりゃ、お前らやるぞ!」
トマスは動揺しつつも拳法のような構えで距離をとる。
動揺はしているが、的確な判断だ。
イルマは息をはいた。
「やるしかねぇか、レインは弓兵を頼む」
(……弓兵?)
はっと、後ろを見ると女がすぐそばにまで近づいて来ていた。
弓を背負い、手にはナイフを持っている。
(やってやる! 負けるもんか!)
「行くよソラ!」
『ピィ!』
ボクたちは戦闘を開始した。




