第17話 元勇者、始まりの魔法
「やあ、こんにちは」
どこからか声が聞こえる。でも姿は見えない。
周囲を探していると、急に風が降り注いだ。
羽ばたく音。頭上を覆う影。そこにいたのは──青い鳥である。
猛禽類のような屈強な脚と黒い爪、光沢のある羽毛は美しい。それが直立して三メートルもなければ。
「鳥って喋れるんだ……。あ、こんにちは」
「良い魔法を見せて貰ったよ。ありがと」
「ボクも喋れる鳥を見れて嬉しいよ」
『ピッピッピッ』
「あの」
巨鳥の背中から、するりと人が降りた。
すみれ色のローブをまとった少女は苦笑う。
「私、人間だから……」
「……」
「あと戦う意思はないから、そっちの二人は剣を向けないで」
目深に被ったローブから覗く顔は年のころ十六、七の少女に見える。
引きつった口元と言葉は、その視線の先にいる者たちに向けられていた。
イルマとリーネは剣を構えたままボクの隣までやって来る。
二人は渋面で、
「レイン、下がれ! そいつはヤバい!!」
「時間は稼ぎます!」
と言った。
殺気さえ込められている眼差しを受け、すみれ色のローブはふわり、
「だ~か~らぁ、やるならもう、やってるって」
少女は柔和な笑みを作ると、ボクの肩に手を回す。
「それにしてもいいね。友情、いいねぇ。──っと、その魔法はね。いわばオリジナルの魔法なんです」
彼女は言った。
それは『至高』の魔法である、と。
それは『至上』の魔法である、と。
ゆえに『始まり』の魔法である、と。
「死霊術じゃないんだよね?」
「そうだよ。そんなチンケな魔法じゃない。魔法の五大元素たる『火』『水』『雷』『風』『土』、系統である『召喚術』『死霊術』『錬金術』とも違う魔法。他に同じものが存在しない我流の魔法、簡素化された現在の魔法より以前の魔法、かな。──あぁ!? やっばい。兵士が来てる……もう帰るよ。ご、ごめんね」
少女はどこからかホウキを取り出すと、跨がって空に舞い上がった。
「そのタイヴァスはプレゼントするよ。勝てれば、だけど。バイバーイ」
空にすみれ色が見えなくなると、イルマとリーネは重い息をはく。
「うっわ……」
「うっわ、ですね。まさか〈魔導6杖〉に会うなんて」
「あれ、その二つ名、どこかで聞いたことが──」
『グルォオオオオオオ!!』
青い鳥は開戦の狼煙のように叫んだ。
一気に空気が変わり、一番槍の突撃のような攻撃が風を切る。
砂ぼこりを巻き上げて馬上槍さながらの爪が降り注いだ。
しかし、
「大丈夫か?」
甲高い金属音が響く。爪はボクの眼前で防がれていた。
イルマの剣の腹、赤地に黒狼が走る装飾が閃光のように煌めいて巨体を弾く。
「レインは援護をお願いします」
イルマとリーネは普段通りに戻っていた。
ボクは後方に下がる。視線は一切敵から離さない。
もはや前世の経験はあまり役にたたないのだとわかった。
戦友の中に、召喚師はいない。
戦場で出会った召喚師の中にも、このような召喚術を使える者はいなかった。
今の肉体は昔のものではない。
力がない。
速さがない。
どうやって戦えば良いのかもわからないからこそ、油断など出来ようもなかった。
「ストーンドラゴン、ボクを守って。ケイハスは突進。ソラは……待機で」
イルマとリーネは攻めあぐねていた。
タイヴァスと呼ばれた巨鳥は上昇と下降を繰り返し、上空からの攻撃は苛烈を極めている。
「弓があればなぁ」
「そうですね。飛ばれると面倒です」
「──二人とも、いい策があるんだけど」
◆
タイヴァスは空の上で困惑していた。
あるじは事前に、「本気で戦いなさい。でも、銀髪の少女を殺しちゃダメ」そう命じている。
しかしどう攻撃したとしても、あの小さき身体は簡単に引き裂けてしまうだろう。
膠着状態が続く。
下降しようと進路を変えると、即座に迎撃に向かう二人の剣士が見えた。
上空を旋回し始めて既に数度目。
そして森林に進入する者たちが見えた。
『グルル』
あとで怒られるのは覚悟しよう。
狙うのは明らかに弱い、銀髪の少女のみ──。
◇
ボクはイルマとリーネに作戦を伝えた。
勇者一行が、弓兵であるフローレアと出会う前に使っていた作戦を。
(あの頃は、必要以上に苦戦してたっけ。誰も頑なに弓を使わないから──何度も死にかけた)
作戦に同意した二人は即座に行動に移った。イルマは木々の間に消え、リーネはストーンドラゴンの陰に隠れる。
そして、
「ケイハス撤収……出来た! おーい、タイヴァス~」
『ピッピピ~』
やはり言葉が魔法発動の鍵のようで、『撤収』と伝えた途端にケイハスの姿は地面に吸い込まれるように、黒い煙となって掻き消えた。
この作戦、不安は多い。
まず再度召喚が出来るのか、ということ。
次に二人とのタイミングが合うのか、ということ。
最後に成功するとしても危険だということ。この場合ボクが、である。
(勇者だった頃はあれで何度も負傷して痛かった……。痛いのは、嫌だなあ)
ボクはソラを抱いてストーンドラゴンの守りから離れ、切り株付近で、タイヴァスに手を振る。
黒い瞳はまっすぐにボクを捉え、
『グルラァ!』
一声発すると、降下してくる。
まるで降りしきる矢のような速さは、腰の短剣に手を伸ばすほどに恐ろしい。
だが、
「ケイハス!」
ボクの足下から浮き出るように現れたのは──大剣のような鋭いツノ。
『グルギャアアアアアアアア!!』
怒気が込められた絶叫が、森林に響く。
上下に交差するように、ケイハスの鋭く長いツノがタイヴァスの腹へと突き刺さったのだ。
「行きます!」
予定していた完璧なタイミングで、ストーンドラゴンの陰から飛び出すリーネ。
成功すると信じていたのだろう、迷いのない行動に巨鳥は動けない。
彼女はケイハスの背中を飛び乗るとまっすぐに走った。
そして、すれ違うように両目を切り裂く。
直後、木々の間からイルマが飛び出した。
「──行くぜ!」
彼が一直線に目指すのは無防備なタイヴァスの背中。
光沢のある青い翼の付け根を一瞬で切り裂くと、イルマはひらりと反撃をかわして着地する。
何も見えず、飛べなくなったタイヴァスは鳴き叫び、暴れまわった。
しかしそんな攻撃は二人には当たらない。
「ストーンドラゴン、ケイハス。──撤退!」
『ピィ?』
「うん、行こう!」
ボクは腰から狩猟刀を抜くと、二人に加勢するために走った。




