第16話 元勇者、その魔法
まるで空が溶け出たような、そんな色が弾けた。
雨上がりの水溜まりを早馬が駆けるように、水滴が周囲に飛散する。
ボクの頬を濡らしたのも、その空色である。
すべてが一瞬のことであった。
ソラがボクをかばうように突飛ばし、大剣の横薙ぎのような一撃をその身で受けたのだ。
それに気がついたのは刹那のことであり、いまだにツノが振りきられてない時だった。
頬を冷たくも温かくもない液体が濡らした──その時、ボクは両手に武器を持っていた。
狩猟刀をツノに叩き込み、同時に短剣は栗毛色の首筋を切り裂いて──。
「……ソラ」
ボク自身、無意識だったのだろう。気がついた時には手のひらの痺れだけが残り香のように漂っている。
──どすん
背後で重い音が聞こえた。
──テッテーン
謎の音も。
だが、そんなことなど知ったものか。
他のことなど忘れ去ったかのように、大地を濡らした染みを見る。
初めての戦い、そして初めての勝利の時のように、それは同じような染みだった。
それでもあの時よりも、遥かに悲しい。
「ソラ、ソラ……ごめんよ。……助けてくれて……ありがとう」
自然と涙が溢れてくる。
イルマとリーネの二人がゆっくりと近づいて来ているのが、わかった。
「ソラ、せっかく会えたのに……。ミカ──ぐぇ!?」
ボクは吹き飛んだ。
眼下から空色が現れて、みごとに顎を直撃したのだ。
その強烈な一撃は懐かしい一撃で、
『ピィピィー!!』
懐かしい声だった。
まあ数分前には聞いていた、笛のような鳥の鳴き声のような声では、あるのだが。
「い、痛い!」
『ピィ? ピッピッピッ』
ボクはイルマとリーネのあいだまで吹き飛ばされ、ソラはボクがアッパーを喰らった場所にいる。
そうしてようやく気がついた。
「あ、あれ? ソラ、生きてたの?」
『──ピィ……ピィイ!?』
ソラ自身、驚いたような声。
そうなるとボクだって困惑した。頬には依然として空色がついているし、地面には──既に微かな染みだが──空色が見える。
確かに弾け飛んだ。それだけは間違い。
では、なぜ生きているのか。
スライムはバラバラになっても戻る……というわけでも無さそうで。
「あ、あー……そっか」
そんな声が聞こえてきたのでボクは振り返る。
「レインは死霊術師だったのか」
リーネが青い顔をし、イルマは納得したような顔でこちらを眺めていた。
二人とも、遠巻きに。
◇
死霊術。それは禁忌の魔法である。
魔法使いであれば、誰しもがある程度は習得出来ると言われているが、まったく人気がない系統の術だ。
理由は単純に、世界の宗教事情だろう。
現在、信仰されている神は四柱。
──〈導きの神〉アルスゥエアッリ
──〈正義の神〉キネン
──〈調和の神〉ミョッラ
──〈太陽の神〉ステラ
四大陸、どの国家もいずれかの神を信仰し、また国是として宗教を取り入れている。
導きの神は迷える者を導き、他の世界から資格ある者を連れてくる。
正義の神は正義を成すものを愛し、悪には正当な罰を与える。
調和の神は安定を好み、経済を安定化させるために尽力している。
太陽の神は何もしないが、辺りを照らし見守ってくれている。
そんな四柱の神々が、というよりは彼らを信仰する神官、司祭、巫子が信じ敬っている聖典にこそ、ある記述があったのだ。
「でさ、そこに書いてあるんだよ」
「な、なななな汝が死す時、汝の魂を我が御元に。わわわわわ我が屋敷に英雄たちよ、集え」
リーネの怯えたような声はともかく、イルマですら木の影から覗くだけ。
あまりに恐ろしくて、銀髪の少女に近づけるはずがない。
「つまり死んだら神さまの元に行って、英雄──祖霊や文字通りの英雄好漢と永遠に過ごせるっていう……な? わかるだろ?」
◇
二人の怯えたような顔は胸にチクリと痛い。『な? わかるだろ?』そんなことはわかんない。
でも、理解は出来た。
天国──のような場所を信じている人々。
そして天国に行けないように、地上に縛る死霊術。
死霊術師、嫌われて当然だ。
「えっと、つまり死霊術は死んだ人を操ったり生き返らせたりするから、忌み嫌われてる……んだよね?」
確かに〈聖域の奇跡〉と呼ばれている戦友の一人、ユーアがそんなことを言っていた気がする。
(勇者さま、敵に死霊術師がいますよ。八つ裂きにしてやりましょう!)
笑顔でそんなことを言われては、ボクだって困惑したものだ。
普段は可愛らしい少女。
それでも敵に死霊術師がいた場合は、回復そっちのけで魔法で造り出した剣を飛翔させて攻撃していた。
「でもさ、ボクは死霊術師じゃなくて召喚師だよ?」
木々に隠れる二人は顔を見合わせて一言、二言、何かを話すと近づいてくる。
ただし恐る恐る、だ。
「召喚師……?」
「うん」
「では、ソラは……ソラではない?」
「ソラはソラ、だと思うけど」
『ピィ!』
二人は顔を近づけると、なにかを話していた。
そして結論に至ったのか、それでも納得いかなさそうに首をひねって、
「ソラはどうして召喚出来るんだ? というより、どうやって召喚出来るようになった?」
「んーっと、倒したら?」
「倒す?」
「普通に戦って、殺して、召喚出来るように……」
「殺して? あの、レイン。ちょっとやって欲しいことがあるんですが──」
二人を背後に、ボクは空地までやって来た。
拠点から移動していた時に見つけた場所で、広く遮蔽物もない場所だ。
中央には大きな切り株があり、そこに立つ。
ボクはリーネが言ったことを思い出す。
「さすがに無理だと思うけど……。ストーンドラゴン、召喚!」
言葉を待っていたかのように足下が黒に染まる。影などではなく、もっと深くて黒いナニか。
黒は徐々に広がり、切り株の表面を。そして流れて大地をも染め上げていく。
切り株を中心に半径五メートル程が黒に染まった時、蠢く黒の中から大岩を削ったような大きな物体が現れた。
『グオォン!』
石のゴツゴツとした感触がボクの頬に──もはや全身に、擦り付けられる。痛い。
でも友好的な雰囲気だ。やっぱり痛いが。
「ストーンドラゴン、か」
「では次もお願いします」
ストーンドラゴンに下がるように言うと、ボクは頷いた。
「ケイハス、召喚!」
次に現れたのは、ケイハスだった。
先程と同じように黒の中から浮き出るように現れ、こちらもなついている。
「……君は、さっきのケイハス?」
『ブモッ!』
「お、おお……。ごめん、ボクやっぱり死霊術師だったみたい」
「──その魔法は死霊術なんかじゃ、ないですよ?」
突然、声が響いた。




