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【非公開】元勇者、異世界をゆく  作者: 千夜みぞれ
第二章 元勇者、召喚師でがんばる!
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第15話 元勇者、今の力

 街の近く、と言っても所詮は手付かずの森。

 そこには太く大きな木々が無数に生えている。

 青々とした景色が続く森の中に拠点を作り、一行は北へと進んだ。


「レインは召喚師、だよな。戦闘はどうしたい?」

「んー……じゃあ、狩猟刀で戦おうかな」

「わかった。ならソラには戦闘中は後方にいるように言っといてくれ」

『ピィ?』

「──静かに。いましたよ」

 

 しばらく探索すると、急に開けた場所に出た。

 獣の水飲み場だろうか、大きめの水溜まりが中央にある。

 リーネの視線の先にはイノシシらしきお尻が見えた。


「ツノブタ種の魔物、ケイハスだな」

「ケイハス……? ツノブタにしては小さいね」

『ピィ』

「はあ? あのサイズは大きいだろ?」

「しっ……気付かれますよ」


 魔界とも呼ばれる魔族領の村で飼われていたツノブタですら、水を飲んでいるケイハスよりも大きかった。

 そしてあの地での野生のツノブタなどというと、攻城兵器さながらに城門を破壊出来そうな大きさなのである。

 記憶にあるツノブタと比べると、どうしても小さく見えた。


『ブルォ?』


 話し声に気がついたのか、ケイハスはこちらに視線を向けている。

 眉間から水平に伸びる長いツノはとても鋭い。


「レイン。技、見せてくれねえか?」

「私もストーンドラゴンを斬った技が、とても見たいです」


 二人の要望は至極まっとうなものだろう。剣士である二人が斬れないという甲殻を、召喚師が斬ったのだから。

 ボクは少し悩んだが、


「じゃあ行ってみるよ」


 と一歩前に出た。

 後方から『ピィ!』と言う、応援の声が聞こえる。

 数歩進むと、ケイハスの巨大な肉体(からだ)と鋭いツノは、ボクを狙って一直線に迫って来ていた。

 ボクは正面からのツノでの刺突を盾で受け──


「のわぁ!?」


 大盾使いだった頃の癖で、受け止めようとしてしまった。

 盾すら持っていないというのに。

 妙なポーズで飛び退()いたボクは、転がって体勢を整える。

 勇者だった頃は受け止めるか()なしてから攻撃がパターン化していたのだが。


「戦い方、変えないと!」


 ギリギリでかわす。

 出鼻を(くじ)かれたせいか、攻撃に転じることが出来ない。

 かわしてかわして、ボクはかわし続けた。





 二人は戦いの様子を見た。その一挙手一投足を。

 最初は、技を見せたくないがための行為(うそ)だと思った。

 しかし、


「マジ、か?」

「マジ、ですね」


 銀髪の少女は半泣きになりながら攻撃を避けている。

 腰の短剣に手を伸ばす暇すらなく、避けている。

 その動きはまったくの素人のものであり、ストーンドラゴンを斬る、などという芸当は決して出来ようはずもない。


「でもさ、嘘を言ってるようには見えねえよな? そもそも嘘なんて意味がないし」

「召喚したモノが、切り裂いた……とか」


 二人の視線の先、足元には王冠を載せたスライムがいる。


「助けに行きますか?」


 リーネの問いかけにイルマは頷いた。





 何度目かの飛び退きのあと、二人がやって来た。

 ツノの刺突をイルマが剣の腹で受け止めて、リーネがツノに短剣を峰打つ。

 一瞬の間が空いて──たったそれだけで──ケイハスは朧気(おぼろげ)な眼差しへと変わり、その場に倒れ込んだ。

 あっという間、それ以外にはなにも言えないほどに一瞬で、ケイハスは倒された。


「うぅ……」

「怪我は、無さそうだな。よかった」


 すとんと座っているボクに、イルマが手を差し伸べる。

 手を掴んで立ち上がると手のひらの堅さがわかった。


(今のボクは、あの頃のボクじゃ……ない)


 二人の武器が見える。

 イルマの剣は見た目よりも遥かに重そうで、ボクでは到底持てないだろう。

 リーネの双短剣は金と銀の刀身をした美しい剣だ。

 双方ともにオルベリア様式の剣。しかし二人は剣の性能によって勝ったのではない。


(ボクがストーンドラゴンを殺せたのは、あの剣があったから。ソラに勝てたのは……)


 助っ人である二人。

 元勇者であるボク。

 別に誇りたいわけではない。

 誇りたいわけではない、けれど。

 こんな戦いは──


「面白くない」

「ん?」

「ねぇイルマ、リーネ。ボク、勝ちたい。ケイハスを倒したい」


 二人は、嬉しそうに笑った。


 それから一時間。

 ボクはケイハスを倒す特訓をしていた。

 ケイハス、というかツノブタ種の魔物は、名前にも見られる通り『ツノ』が最大の武器である。

 強靭な足腰と屈強な筋肉は、並の刀剣では致命傷を与えられないほどに堅い。

 しかし最大の武器である『ツノ』こそが最大の弱点でも、あるのだ。


「何度も言うようだが、ツノを叩け。攻撃は防がず避けるんだ」


 ボクのケイハスを倒したい。という言葉に、二人は驚き、そして喜んだ。

 どうやらイルマも昔、魔物を『倒したい』と言ったことがあるらしい。

 しかしその時は両親から断られたので、同じような状況のボクをなんだか懐かしい、のだとか。


 イルマの剣──鞘を被せたまま──の突きを避ける。

 避けたところに、狩猟刀での峰打ちを打ち込む。

 単純な動作だというのに、それは難しかった。


「──ッ!」

「よし、休憩しようか」

「お疲れさまです」

「……うん」


 勇者だった頃の記憶があるからこそ、『こう動けばいい』というのは理解出来ている。

 それでも自分の意思に、身体(からだ)が追い付かない。

 経験に身体が追い付かない。

 技術に身体が追い付かない。

 これほどの苦痛はなかった。

 普通に生活出来るというのに、必要な時には動かないのだから。

 心さえも、まるで子どもに戻ったかのようで。


「はぁ……泣いちゃいそう。ソラに負けたの、ソラが強いからだと思ってたのに」

「ソラに負けたんですか?」

「うん。それから勝ったっていうか……まぁいろいろあって殺して──」

『ピィーッ!!』


 ソラの声が響いた。

 まるで笛のように高い音色は予定されたものだ。

 三人の視線が空色集まる。


『ブモオ……』


 ソラは目覚めたケイハスの前で飛び跳ねていた。


「ソラ、監視ありがとう。下がってて」

『ピィ!』


 ソラが下がったのを確認すると、ボクは狩猟刀を抜く。

 アーカーシャの剣では戦いの意味がない。一振りすれば、きっと両断すら可能なのがわかっているからこそ、ボクの気持ちが受け入れない。


「レイン、落ちついてやれ!」

「頑張ってください!」


 二人からの言葉に頷きながら、ボクは進む。

 ケイハスは頭の(もや)を払うようにツノを振る。ぶんぶんっと棒を振るような音が辺りに響いた。


『ブルモォオ!』

「う、う、う……うな"ーーー!!」


 ボクもとりあえず鳴いてみた。やめればよかった。


『ブオッ!!』


 鋭い両刃の幅広剣のようなツノが矢弓のように疾駆する。

 鋭い切っ先、その背後には猛牛のように(たけ)る大猪の体躯があった。

 わずかに触れるだけでも()ぜるような攻撃を間一髪で避け──ざまに一撃を与える。


 ──コンッ


 軽い音が響いた。まるで枯れ木を叩いたような、乾いた音である。

 ケイハスはまったく効いていないのだろう、ある程度進むと転身し、再び突進。


「うな!?」


 ボクは転びながら攻撃をかわす。

 そんな攻防を十数回続けると、ケイハスの疲労とダメージは蓄積されていった。

 動きは先程までとは違い、簡単に避けられるように。

 荒い呼吸と虚ろな目のケイハス。

 転び過ぎてぼろぼろのボク。

 次が最後の攻防なのだと、互いに直感した。


『ブルモオッ!!』


 何度目、何十度目の突進。

 ボクは今までと同じように、転ぶように避けた。あちこちが痛む。

 そんな倒れたところに、ツノが横薙ぎに振られて、


 ──ぐちゃ


 静かな森に、その音が響いた。

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