第102話 暗殺者、名を語る
翌朝。
朝食に呼ばれたのでダイニングまで向かうと、美味しそうな料理が並べられていた。
上座に座らされて、ダンテとその家人であろう者たちと食事をする。
面白くもない話に適当に笑いながら食事をしていると、
「入ってきなさい」
ダンテの声を受けて扉が開いた。
室内に入ってきたのは多数の男女だ。
「どういうことです?」
「こちらは商売前のささやかなプレゼントです。昨晩の謝罪と思ってください。おひとり、差しあげますよ」
屈強な男、老人、男の子。
美女、老婆、女の子。
彼ら彼女らはボクに微笑みかけた。
「……では、この娘を」
まったく奴隷など必要とはしていないが、ここで断るのはのちのちの計画に支障をきたすかも知れない。
なにせ相手は奴隷売買の町の領主だ。
(今、疑われるわけにはいかないな)
活発そうな同い年くらいの少女が隣に来ると、朝食会は終了となった。
「ではルーファン侯、さっそく」
「──いえ、まずは町を見てみたい。商談はそれからでもよろしいでしょう?」
「えぇ、もちろんです。それではお先に首飾りを返しておきます」
奴隷の少女が首飾りを受けとると首に着けてくれる。
宝石が輝く首飾りはいささか派手だ。
「ルーファン侯、疑って申しわけありませんでした。ほら、謝らぬか!」
「……申しわけありません」
「家紋も質も侯爵家にふさわしいものでした」
頭を下げる二人の男たちに片手を上げて返答すると、部屋を出る。
ボク、もといわたしと奴隷の少女は砦を出て町に向かう。
古い城塞都市であるからこそ、町はベルンのような大通りがない。
丘のような高台の砦から出ると緩やかな下り坂がある。その左右に民家や商店があった。
「ご主人さま、なんとお呼びしましょう?」
「いや、そんな……ティエラでかまいません」
「ではティエラさま。町をご覧になりたいとのことでしたが、何か要望はありますか?」
『ピィ!』
「……」
奴隷の少女はソラが鳴いたことに驚いたようだが、言葉を発しない。
遠慮、ではないのだろう。
「じゃあ奴隷を売ってる店にでも、案内して貰おうかな」
「それでしたら旦那さま……いえ、ダンテさまが」
「わたしは一般の店が見てみたいんだ」
「……かしこまりました」
奴隷という存在の意味はわかっている。
拐われたり、略奪の際に連れ去られたものが奴隷になるのだろう。
勇者だった頃の記憶があまり無く、他の記憶も不鮮明である以上は、知識でしかない。
実際に見て、知って、そのうえで考えるべきだろう。
奴隷の少女は一般的な店ということで、一番近かった店に案内する。
格式の低い奴隷ばかりを扱う店だ。
「いらっしゃいませ」
店主の言葉に返答すらせずに銀髪の少女は奥へと進んでいく。
店には女の奴隷が多く、こちらを羨望の眼差しで見ていた。
「少し、見てもいいか?」
「もちろんでございます」
銀髪の少女の容姿を見た店主は、目ざとく貴族なのだと判断して邪魔にならないように下がった。
貴族然とした整った顔立ちが見ているのは壁際に座っている女たちだ。
若い女も年老いた女もいる。
「教えて欲しい。奴隷とは何をするんだ?」
「えっ」
主人の言葉に声がでない。
思い出すのは昨晩していたという、伝え聞いたダンテたちの会話だ。
(試されてる……の?)
奴隷の少女はわずかに考えて、それでも遅いと怒られないようにさっそく口を開いた。
「ええと……奴隷は種類ごとに別れているんです。土木系奴隷、裁縫系奴隷、家事奴隷。という風に。それでこの娘たちは私と同じ、家事系のことができる奴隷です」
「──貴族さま、私を買ってください!」
突然、ひとりの少女がすがるように足元にやって来た。
優しげだった銀髪の少女は首を横に振る。
「なんで、お金はあるんでしょう! ……いや、もう嫌、村に帰りたい……」
涙を流す少女に背を向けて、わたしは店を出た。
店内から店主の怒鳴り声が聞こえる。
「ご主人さまは、お買いになられると思いました」
「ボク、いや……わたしがあの娘を買ったら、きっと他の娘たちも買ってくれと懇願していただろう。その娘たちを断って最初の娘だけを買うか? それとも全員を買うか? 否だ。君たちが奴隷になった経緯なんて知らない。だから助ける義理がない、とまでは言わないが、道楽や考えなしで君たちを背負えない」
奴隷の少女は主人を怒らせてしまったのだと落ち込んだが、露店で自分のぶんまで買ってくれたので驚きつつ、焼き菓子を頬張る。
そのあとは同じような店を案内した。
ボクは何軒かの奴隷販売店を見て回ると、砦の中にある客間に戻った。
奴隷の少女に怪しまれないように貴族を演じながら、今まで見たことを思い出してため息をひとつ。
(屋敷のメイドさんたちも、こんな場所から来たのかな)
彼女たちの笑顔がまぶたに裏に浮かぶ。
そこで対面に座った少女へと問いかけることにした。
「奴隷をどう思う? 遠慮せずに正直に言って欲しい」
「……無理やり拐われた人は、やっぱり嫌がる人が多いです。でも私のような百姓に生まれて百姓で死ぬはずだった人は、喜んでいる人も多いです」
「君はどうしてここに?」
「ロスラ王国は最近、戦争をしていないんです。だから人が増えた。私は口べらしに売られて、ここに来ました」
「それでも恨んでいない、と?」
「ご主人さまには、知りようがないと思いますが……」
少女は苦労しかなかった日々を思い出す。
朝起きると遠くの川まで行って水を汲んだ。
それからあまりにも味気ない朝食を終えると、畑を耕す。
朝食と同じような昼食を食べると、今度は裁縫を始める。
夜は酒を飲みに行った父を見送って、また同じような食事をした。
干ばつも大雨も、植物の病気も虫による被害も、なんとか乗り越えると実りが見えてくる。
懸命に育てた作物は、魔物か獣に襲われながらも大きくなって、村の代表者たちが町まで売りにいく。
道中、山賊や魔物、獣に襲われるかも知れない。
換金後、襲われるかも知れない。
襲われずにようやく戻っても、税としての徴収が待っている。
「百姓には苦労しかないです。それでも、ここなら勉強も出来たし美味しい食事も食べられます。両親と別れるのはツラいけど、元々私を売ったのは彼らです。なので私には、不満はありません」
「……そっか。ありがとう」
彼女の言葉を頭の中で反芻して噛みしめる。
やはり自分ごときでは背負いきれない。




