第101話 暗殺者、奴隷たちの噂
アルッソの町はロスラ王国の中でも最古の町のひとつである。
古くは堅牢な城として最前線にあり続け、敵国からは難攻不落だと恐れられた。
しかし度重なる戦いによる傷が戦後の補修で後回しにされて遅れているのは、ひとえに内地の城になってしまったからだろう。
その点でいえば、ロスラ王国とオルベリア王国は似ているのだ。
ゆえに、
「ティエラ……ティエラ! おお、ティエラ・ルーファンか!!」
アルッソの領主であるダンテは自室で喜んでいた。
少女が告白を成功させたように胸の前で両手をあわせてピョンピョンと跳ねる。
衛兵隊の隊長や帳簿係が引きつった笑みで見ているのに気づいていても、やめることなど出来なかった。
「ダンテさま、ティエラ・ルーファンなる人物は何者です?」
無粋かつ水を差すような質問に、ダンテは嘲笑を顔に刻む。
「東の大陸、その中でも最も広大な国家がオルベリア王国。ティエラ・ルーファンは、そのオルベリア王国の侯爵さまだ」
隊長や帳簿係だけではなく、給仕用の奴隷たちですら息を飲んだ。
ダンテは伯爵であるが、ならばティエラなる少女は彼よりも位が高いことになる。
たかだか十五歳ほどの少女が。
「偉大なるティエラさまはルカ商会という大きな商会も持っているらしい。これは良い取引になるぞ!」
「ダンテさま。しかし東の大陸からロスラに、いえ、ここアルッソに来るとは……ありえるのですか?」
「馬鹿者! ありえているから、現にいらっしゃるのだ!」
「しかし、本人だと確認せねば……」
「隊長、お前もか! よかろう。よかろうよかろうよかろう! 無礼ではあるが、あとで確かめる。ご不興を買ったらお前たちのせいだぞ?」
二人がしぶしぶ頭を下げるのを見て、ダンテは鼻を鳴らした。
確かに二人の言うことはもっともだと、彼もわかっている。
(ティエラ・ルーファンの噂は聞いている。たしか……そうだ、オルベリア国王が側女の従者に産ませたのだとか。くっくっ)
空の杯をわずかに持ち上げると奴隷が酒を注いだ。
そのいつもの行為で、はたと気づく。
「あぁ、そうか。何をしにここに来たのかわかったぞ!」
ダンテは水牛の角のようなひげを更にいきり立たせて豪快な鼻息を吹き出した。
二人は首をかしげるしかない。
「以前、ティエラ・ルーファンは奴隷を買い漁るのだと同業者に聞いたことがある。当時は己には関係ないと思っていたが……」
「では、ここへは奴隷を買いに?」
「別の大陸まで、わざわざ?」
「ふんっ! それだけここの名が売れているのだろうよ。よし、お前たちはあの方の好みそうな者を集めて、ここに連れて来い」
二人が目を会わせると部屋を出ていく。
あきらかに疑っているような、あからさまな仕草だ。
ダンテはそれに気づいてはいるが、あえて咎めることもせずに席を立つ。
「しかし、どんな者が好みなのだ? 屈強な男か、優男か。老人か幼子か。女が好き、ということもあるな……ふむ」
独りごちながら彼は部屋を出る。
奴隷たちは扉が閉まると肩を落として、瓶に入った酒をごくりと飲んだ。
しばらくすると、部屋が軽くノックされたとも布が当たったともとれる音が聞こえた。
彼女は扉の前まで行くと、
「ねぇねぇ、さっき来た人だけどさ──」
少しばかり誇張して、見聞きしたことを小声で伝えるのであった。
◇
砦の上方にある客間に、ひとりの貴族がいた。
彼女は腰かけていたベッドから立ち上がるとバルコニーへと向かう。
眼下に広がるのは古びた砦と城壁。その奥にはなかなかに広い町の灯り。
手すりに手を置き、軽く息をはいたのは青いドレスを着た──銀髪の美少女である。
「なんでこんなことに、なったんだろうね」
『ピッピッピッ』
暗殺者サタデイこと、リコの提案を受けたボクは、ティエラのふりをして砦にやってきた。
今回の依頼は暗殺ではなく救出、らしい。
リコは『皆殺しにしてから助けるか』、『潜入して救出するか』をボクに選ばせた。
それもこれもあの殺人鬼が道中、人を殺し続けたからである。
結果として事件が起こった周囲の町は門を閉ざしてしまっていたのだ。
「ソラ、遠慮なく言って欲しいんだけど──ボクとリコが戦ってたら、どっちが死んでた?」
『ピーィ……ピピッピェピピピピュ』
「ボクが死んでた?」
『ピィ』
「……そっか。ま、酒場で戦ったときも攻めれなかったもんね」
もう一度ため息をはくと、止められない不甲斐なさに心が痛む。
悪人ならばともかく、優しくしてくれた相手をも殺す彼女は根っからの殺人鬼なのだろう。
ボクが代わりにここに来なければ、絶対に悲惨なことが起こっていたとわかる。
(それはそうと……ティエラの名前使っちゃってるけど、大丈夫なのかなぁ)
適当な貴族の名を語ってバレたら、と考えてティエラのふりをしてしまったが、彼らに信じて貰えたのかすらわからない。
夜も遅いからと部屋に案内されたが、疑っているのだろうか。
──コンコンッ
と遠慮がちに扉が音を鳴らした。
「……誰です?」
「アルッソの町の領主、ダンテにございます」
「お入りください」
かしこまって入ってきたのは妙なひげの男だった。
彼はにんまりと笑っている。
「夜分遅くに申しわけありません。その、わたくしめが疑っているわけではございませんが、ティエラさまがご本人であると示す品などを何か、お持ちではないでしょうか? 当家にはうるさく言う者もいて……」
本来ならば家長であるわたくしが、きつく言いつけるべき~などと言っているので、ボクは首飾りを外して渡した。
「今日はもう寝ます。鑑定なり何なりとお好きにどうぞ。……返却は明日にでも」
ダンテは平伏しながら部屋を出ていく。




