第100話 暗殺者、朝焼けと共に
一糸まとわぬ少女の身体には無数の線があった。
幾何学模様は首下から太もも辺りまで続き、円があり、文字があり、呪術的なものを感じる。
それは──まるで、
「魔法陣?」
「うん。でも私は魔法使いじゃないよ、刻印があるから魔法が使えるだけ。それに使えるのもひとつだけ。触ったものを爆発させられるの」
酒場で剣を交えた時、『顔が無くなっちゃうよ』と言っていた理由がわかった。
確かにあのまま触れられていたら──そう考えると背筋が震える。
「それ、誰がしたの?」
「……リーン教の一部の巫女たちは、全神教に勝ちたかったの。それで聖女さま、ユーアさまを造ろうとした」
神の奇跡の顕現がユーアなのであれば、せめて擬似的な奇跡を体現した者をリーン教の者たちは造りたかった。
奇跡をただ待つのではなく、自ら掴もうと。
それを成すために新米の巫女を集めて施術をおこなった。
ある者は魔人の血を輸血した。
ある者は聖遺物を体内に取り込んだ。
ある者は実現不可能な荒行を。
ある者は……。
「私は身体に聖なる印、聖印を彫られた」
奇跡は実現した。
ただし、どれもこれもが制御不能な──怪物として。
「あの時、身体中に聖印を刻まれた私には、確かに声が聞こえたの。正義の代行者として調和をもたらせって」
翌日。
ボクとリコは馬車を探していた。
乗り合いの馬車は、
「サタデイだ、サタデイが出たんだ!」
などと言う人たちが乗っていて満員である。
ボクが次の依頼があるというリコについていくと決めたのは、単純に犠牲者を減らすためだ。
酒場の店主は──顔を見られたので、仕方がないのかも知れないが爆殺されていた。
通りを歩いていて、リコにぶつかった者。
声をかけてきた商人。
善人も悪人も関係なく、息を吸い、息を吐くように殺された。
(いくらなんでも、殺し過ぎだ。こんなの殺し屋でも暗殺者でもない)
今になってカティたちの表情の意味がわかった。しかし今さらだ。
積み荷を降ろしたので村に帰るという農夫をようやく見つけて、彼に乗せて貰うことにした。
荷馬車は街から出ると平坦な道を進んでいく。
「お姉ちゃんたち、どこに行くの?」
と同乗している農夫の娘が質問してきたので、ボクはリコを見た。
「アルッソの町だよ」
その言葉に農夫の娘はぽかんと口を開く。
「へぇ、奴隷を買いに行くのかい?」
農夫がわずかに後ろを向いて、そんなことを言った。
「……奴隷?」
「アルッソの町には奴隷市場があるんだよ。知らなかったのかい?」
「買う、わけじゃないけど見に行く予定です」
リコはそう言ったが、ボクはそんな計画は聞いていない。
「そうかい。まぁ今は戦争もないから、奴隷は高いからねぇ……っと、君たち」
農夫は誰もいるはずがないのに、辺りをきょろきょろと見る。
「街に、ロステンレッヘの赤い巫女が出たらしいね」
「……なんです、それ」
「えっ!? 君、ほんと……どこから来たんだい?」
「オルベリアです」
「あぁ、遠方の人なら知らないか」
ロステンレッヘの赤い巫女。
別名〈赤巫女〉、〈鮮血の刃〉、〈災いの音〉、〈最悪〉。
すべてがイジェルド連邦の暗殺者、サタデイの異名だという。
リーン教団の総本山、ロステンレッヘにて数十人の教団幹部の殺害および、追跡して来た騎士たちの惨殺。
彼女を討伐するために集まった義侠の徒の殺害。
数多の一般市民の殺害。
などの罪状で今も指名手配中らしい。
しかし当人であるはずのリコは揺れる荷台で眠りはじめた。
ボクは噂好きな農夫とその娘に、泣く子も黙るサタデイの説明を受けるのであった。
町の近くまで運んで貰うと、ボクは眠そうなリコと馬車を降りた。
教えて貰った道を進んでいく。途中で数台の馬車を見たが、歩いているのはボクたちだけだ。
空が茜色に染まり、町の灯火が見えてくる。
「あの町に行って、誰かを殺せば依頼は終わりなんだね」
「え? この依頼は殺すものじゃないよ?」
「……はい?」
数時間後。
町の門前にひとりの少女が立っていた。
少女は青いドレスを身にまとって腕には空色の球体を持っている。
城壁の上から見ていても、月明かりに照らされた少女の美しさがわかった。
兵士たちが領主を呼びに行き、小さな砦の中にいる貴族は嫌そうな顔をして寝間着のままやってくる。
城壁から身を乗り出して下を一瞥。
「お、お待ちください。領主を呼んで参ります!」
領主が領主を呼んでくる、などという嘘をあわてて吐き出すと大急ぎで砦まで戻り、服を着替える。
自慢のひげを蝋で固めてピンッと水牛の角のように尖らせた。
準備を終わらせると馬に騎乗して通りを駆ける。
「おっそ!」
青いドレスの少女は城壁の兵士たちに聞こえるくらいの声で毒づいた。
それもそのはずで、門前に立ってから、既に一時間ほどが経過している。
馬の蹄の音が聞こえた。
石畳を全力疾走で駆けてきたと言わんばかりの、わざとらしい効果音。
閂が外され、ゆっくりと門扉が開くと額に汗した変なひげの男が立っていた。
「申しわけない。おろかな兵士が報告の前に酒場なんぞに行きまして……。しかるべき罰は与えますので、どうかご容赦を。……それで、あなたはどなたでしょう?」
「わたしは───ティエラ・ルーファンと申します」




