第99話 暗殺者、喧嘩する
山のふもとにある都市にたどり着くと、サタデイは裏通りに向かう。
そこで浮浪者の格好をしたイジェルド人を見つけると、二言三言話して表通りに戻ってきた。
「なにしてたの?」
「美味しい料理屋さんを聞いてきた!」
えへへ、と笑う少女はボクの手を引っ張ると雑踏を突き進む。
オルベリアともイジェルドとも違う建築様式は西の大陸に特有のもので、コンクリートと呼ばれる強固な建材を使っている。
千年帝国と名高いベルク帝国の恩恵だろう。
「ここだよ!」
サタデイがつれてきたのは酒場だった。
中に入ると客たちは、ぎょっとしてこちらを見る。
それもそのはずだろう、神官──のような格好の少女──と巫女が入ってきたのだから。
客たちはガラの悪い者が多かった。
「店をお間違えでは?」
「ここであってるよ。サンドイッチを二人前、大至急ね」
「……はいよ」
カウンターに二人で座ると、サタデイはにこりと笑いかけた。
「ねぇねぇ本当の名前、教えて欲しいなあ」
「ん。ボクはレイン、こっちはソラだよ」
『ピィ!』
「レインちゃんとソラか~、いい名前だね、私はリコだよ」
などと今さらながらに自己紹介をしていると、サンドイッチが目の前に来た。
リコは嬉しそうに目を輝かせると席を立つ。
「食べないの?」
ボクの問いかけに背中が遠のく。
彼女は店の奥、団体客の元まで行った。
「おいおい、巫女さんが来たぞ? 誰か踊りでも頼んだのか?」
「こんな店に巫女が来るわけねぇだろ」
「じゃあ娼婦か? バチ当たりだな。で、いくらだい?」
男たちの笑い声。そして連れの女たちの嫉妬の混じった視線を受けて──リコは微笑む。
「───?」
「なんだって?」
リコは皿を蹴散らすように机の上に立つと、まるで踊っているように長い袖を振るう。
ぺちぺちと当たる袖を、彼らは笑って受けた。当たったとしても痛くも痒くもないから。
それでも──まるで、花吹雪が舞うように花弁が散った。
「正義の名の元に、調和の名の元に。らららららっらららららっ」
袖の中で銀が煌めく。
「汝を神の御元へ、らららららっ。祈りよ届け、らららららっ」
少女が歌うと、客たちは次第に酔いつぶれたかのように卓上へと額を落とす。
滝のような赤が床へと流れ出た。
他の客たちは目玉が飛び出しそうなほどに目を見開くと我先に扉へと向かった。
が。
「届け、届け、天まで届け。御霊を誘え、らららららっ」
「やめ──」
気づいた時には遅かった。
歌は神へと捧げる祝詞であり、詠唱であったのだ。
──ドカンッ
爆音と粉塵を吹き出して扉が消し飛ぶ。
なんの変鉄のない、酒場の木製の扉がドワーフの攻城兵器である『破砕玉』のように爆発したのだ。
逃げようとした者たちは煤けた身体で生き絶えた。
「なんで、こんな──ことッ!」
眼前で火花が散る。
抜き放った百々切丸と巫女服の袖から覗く短剣がぶつかり、つばぜり合う。
椅子から立ち上がったボクに、リコは何度も刃を振るった。
どれもこれもが命を奪おうとしているのが明白なほどに、鋭く正確だ。
「──やめろ!」
酒場に静寂が戻る。
顔面に迫る手のひらはわずかに数センチ先で止まり、同じく剣刃は首筋で止まっていた。
戦闘が止まるのがあと数瞬遅ければ、どちらかが、あるいはどちらも死んでいただろう。
「……」
「魔法を使う前に首を刎ねる。やめよう、リコ」
「……その前にレインちゃんの顔が無くなっちゃうよ」
顔に笑みが戻ったリコは手を下ろした。
ボクも剣を鞘に戻すと、声が聞こえてくる。
「おい、何ごとだ?」
「煙だ。火事か?」
「誰か衛兵呼んでこい!」
騒ぎを聞きつけた人々が店の前に集まり始めたのだ。
ボクはフードをかぶるとリコを見た。
「とりあえず今は逃げよう。門に一番近い宿で落ち合う、ので良い?」
「あー……サンドイッチ食べたかったのになぁ」
聞いているのかいないのか。
ソラが肩に乗ると、ボクは扉へ向かって駆けた。
集まっていた人々は驚きを顔に刻んでいる。
裏通りに入って背後を確認していると再度、爆発音が響いた。
基本的に、門に一番近い宿は安宿であることが多い。
城門の明け閉めはそれなりにうるさく、門前は往来が多すぎて騒がしいのだ。
また、井戸などの水場は街の中央に多いので洗濯にも難儀しているらしい。
(うわぁ、ノミが跳ねてる……)
素泊まり銅貨一枚という破格の値段には理由があるのだと、理解した。
ソラが懸命に飛び跳ねて、同じく飛び跳ねる連中を殲滅してくれていると、部屋の扉が開く。
「あの……さっきはごめんなさい」
開口一番に謝罪されたが、こちらとしても命を落としかけたのだ。許せない。
とはいえ少女の顔は涙がぽろぽろと流れて悲しそうだった。
「……酒場の人たちが暗殺対象だったの?」
「うん。えっと……どの人かわからなくなって……だから、その……」
「全員殺した、と」
「そう」
見事な短剣術に独特の緩急をつけた戦い方。そして──魔法。
それでも、超が冠につくほどの一流の暗殺者にしては、なんだかちぐはぐとした戦い方をしていたように思える。
爆発させる魔法が使えるのであれば、初手から爆発させればよかった。
(リコの戦い方は……なんだろう、戦いではない? 技ではあるけど技ではない。まるで戦いの術、魔物と戦っているようだった)
ボクが考えているのを見て、リコはあたふたとした。
まるでいたずらが親にバレてしまいそうな子どものように。
そして、
「レインちゃん。レインちゃんに私の秘密を教えるから、許して……?」
彼女は巫女服の結びを解いて服を脱いだ。




