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第9話 命の価値





「いつから気付いてたんですか?」


 中庭の隅。

 丁度木陰になっているところで僕と魔族の少女は向かい合っていた。

 この時間はみんな食事時なんだろう。

 人はほとんどいない。

 通りかかった侍女も誰もこちらを見ずに気付くことすらせずに通り過ぎていった。


「偽装スキルがあるんだ」


 ピクリと少女の眉が動いた。


「つまり……鑑定スキル持ちということですか? おかしいですね……確かあなたはスキルを3つもっていたはず、それだと5つになってしまうのですが」

 

 警戒を強めた気がする少女。

 油断なくこちらに鋭い視線を送ってくる少女の言葉を無視して僕も問いを返す。


「今度はこっちの質問にも答えてほしいな。どうやってここに入りこんだの?」


 スパイの真似事をした彼女はいつから、どうやってここへ来たのか。

 メイドだろうと勇者に近付ける人物に成り替われる方法が僕には想像できなかった。


「ああ、簡単なことです。生まれた瞬間に人族の国に捨てられたんです」


「ん?」


 なんだそれ、どういうことだ?

 まさかそれで偶然拾われたとでも言うつもりなのか?


「あなたの疑問はもっともです、確かにそれは難しいでしょうね……私だけなら」


「は? え……? もしかして他にもいるの?」


「そうですね、最近はそれなりに魔族も増えてきたらしく……人数までは知らされていませんが生まれたばかりの魔族から大人やもう戦えなくなった魔族を人族の生息域のあちこちに捨てているらしいです」


 勿論魔族だと分かるような特徴は焼きつぶしたり、斬り捨てたりして、ね……と彼女は言った。

 えぇ……何それ。

 つまり魔族側は生まれた瞬間に彼女を人族の国に捨てたのだ。

 それも彼女だけじゃない。

 馬鹿げてる。

 100人? それとももっと?

 下手な鉄砲でも数を打てば……なんてことを大真面目に実践しているのだ。

 そのたびに消費されるのは魔族の命。

 しかもそれは自分を偽ることのできる才能がないとできない。

 スキルもそうだが、それ以上に秘密を持ったまま人族に紛れ込める魔族を。

 そんな才能のある命があっさりと使い潰される。

 死生観が違い過ぎて眩暈がした。

 馬鹿げてるけど……一週回って頭が良く見えてきた。

 僕も馬鹿なのかな。

 

「勇者を殺すため、だよね?」


「そうです。勇者は魔王様にとって最大の脅威になります。それはいっそ国よりも」


「だから助かるかも不確かな場所に捨てられたの? 君はそれで納得できるの?」


「できませんよ」


 あっさりと答えた彼女に僕は一瞬呑まれた。

 その顔が、声が、姿が。

 あまりにも当然だと言わんばかりの墳怒を宿していたから。


「あなたに分かりますか? 私がこれまでにどれほどの」


 僕は慌てて彼女を止めた。


「ああ、待って待って、そこからは興味ない。長くなりそうならそこまでにしてほしい」


 ビキリッ……。

 血管が音を立てた気がした。

 あ、やばい、怒らせちゃった?

 僕は咄嗟に話題を逸らした。


「けど、こんなにぽろぽろ教えちゃってよかったの? 僕勇者なんだけど」


 聞いた限りではその作戦はこちら側が知らないことが前提になっている気がする。

 というか今までよくバレなかったよね。

 いずれ露呈すると思うけど。

 そんな僕の疑問に彼女は青筋を立てながら答えた。


「ああ、それは問題ありませんよ」


 僕が疑問を感じると彼女は何の表情も浮かべることなくあっさりと言い放った。


「私のせいで作戦は失敗です。私を含め紛れ込んでいる魔族は全員一人でも多くの人族を道連れに自害を命じられるでしょう」


「………」


 えぇ……

 絶句した。

 本気で何て言っていいのか分からなくなった。

 言わなきゃバレない……とかそういうことでもないんだろうなあ……

 いや、ほんとに何それ。

 魔王って馬鹿なの?

 気合入りすぎなんだけど……たまに見る展開で魔王側に召喚されるってのもあるけど、それじゃなくて本当に良かった。

 僕は微妙な顔でもう一つ質問する。


「どうせ死ぬから僕の質問にあっさり答えたの?」


「正解です。半分だけですけど」


 半分という言葉の意味が分からなかった。

 何のことなのかと聞き返すと、彼女はぞっとするような笑みを浮かべた。


「死ぬのは間違いありません。但し―――あなたも、ですけどね」


 魔族の少女リリアはこちらを真っ直ぐに見据える。

 不思議とずっと見ていたくなるような綺麗な目だった。

 吸い寄せられるような……まるで底のない穴の中にずっと落ちていくような錯覚を覚える。


「鑑定スキルを持ってるなら知ってると思いましたけどね……あはは、おバカさんですね」


 なるほど、『魅了』か―――


 リリアが近付いてくる。

 あまりにも無防備にこちらへ向かってくる、だけど僕は指一本動かさない。


「あなたに、分かりますか……?」


 リリアは泣いていた。

 その赤い瞳から涙の雫が零れ落ちる。


「飢えを凌ぐ為に土下座をしたことも、泥水の味も、敵である人族に囲まれて生きてきた恐怖も、見たことすらない家族を一目見ることの代償に暗殺を命じられることも、なにもかも! あなたは知らないでしょう!?」


 リリアは感情のままに言葉を吐き出す。

 怒りのままに、涙を流し悲しみを僕へとぶつけてくる。 

 そして、彼女は自嘲気味に笑った。

 

「……ふっ、ですがそんな日々ももう終わりです。あなたを殺して私も死にます。ついでにあの勇者たちも何人か殺していきます。あの世で悔やむといいですよ。あなたが―――……」


「ほい、『魅了』っと」


「え」


 この距離なら外さない。

 いくら僕が『魅了』のスキルに不慣れだったとしても。

 

「……………………ッ!?!??」


 彼女はパクパクと喋れなくなった口を動かす。

 何とか体を動かそうともがいているがそれも無意味。

 何が起こったのかまるで理解できていない。

 リリアの困惑が強く伝わってくる。


「おバカさんはそっちのほうだったみたいだね」








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