ハッピーエンドが始まらない話
さあさあ、神は大層お怒りだ。すべてはあんたらの自業自得の結果だよ。界渡りの禁忌が許されるのは、偶然の被害者か、疑似餌だけなんだから。
この国では、昔から異世界人の女性を花嫁としている。なんでも建国した初代国王が、"世界の隙間"に落ちて他の世界からこの世界にやって来た少女と恋に落ち、夫婦となり、共に国を発展させ見守ってきたというのが始まりらしい。そのため、異世界人の少女は国に富をもたらす存在として、代々王家と婚姻関係を結んできた。たまたま保護しての婚姻が多いが、そもそも少女が落ちてこない場合もあるため、この国では異世界から少女を召喚する術式を開発、保持している。
此度は落ちた少女がいなかったため、召喚儀式を行うことになったのだが……
「………はぁ」
召喚の魔法陣の中心に現れた少女は、この世界に落ちてくる少女と同じ特徴を持っていた。黒髪茶目。そして黄色がかった肌。しかし、驚き、慌てふためいていた今まで召喚された少女たちの記録と異なり、私たちを見て溜息をついた。
そして。
「っ!?」
「な、魔法陣が…!」
少女がしゃがみこんで足元の魔法陣に何か細工をしたかと思うと、魔法陣が光り出した。少女は忽然と消え、魔法陣も消滅していた。
慌てて他の異世界召喚の魔法陣の記録を確認すると、その書物は真っ新になっており、魔力すら感じられなくなってしまっていた。
「なんと、いうことだ…!」
先人たちが開発した異世界召喚の魔法陣が、その理論が、跡形もなく消えてしまった。記憶にある限りの再現を行なったが、術式が発動しない。
異世界召喚が、行えなくなってしまった。
「師団長、少女が立っていた場所に手紙が落ちていました!」
「なんと書いてある!?」
「えっと……異世界人の少女たちが残した文字と同じですね………"人を拉致したんだからこれくらいの罰で十分だよね。もう二度と異世界の扉は開かないからがんばっても無駄だよ。あんたらが人呼んでた世界の神様、「人材消失ふざけんな!」ってめっちゃ怒ってるから、他にも罰があるかもね。ま、自業自得ってことで自分たちの愚かさを呪いな。どうしても異世界人の少女と結婚したいなら、隙間から落ちてくるの待てば? 界渡りの魔女より"……………」
先ほど召喚した少女が遺したその手紙に書かれた言葉から、私たちがどんな禁忌を犯していたのか、知ってしまった。
私たちは、異世界の神を怒らせた。
現国王は絶望のあまりか、意識が混濁している。
そして私たちは、罰を受けた。この国にだけ天変地異が起きるのだ。
日照りが続き作物は枯れ、家畜は生まれてすぐに死んで育たず、子どもも生まれにくくなってしまった。雨が降ってもいないのに川は氾濫して水はなくなり、湖はひっくり返って山になった。逆に山は沼地になり、毒が含まれたそこには住む生き物はいない。
混沌としたこの国の城に、少女の手紙が落ちた。
"異世界から何かを召喚するのって、代償が必要なんだよ。本来あってはいけないことだし、その代償は相当でかいもんでなきゃいけない。それこそ国一つ分の命とかね。あ、私は別だよ。あんたらみたいなのが私を引き当てたら、その国、世界を罰するって契約だから。要するに疑似餌ってとこ。それはともかく、本来それだけの代償を、あんたらが払わなきゃいけないのに、あんたらは召喚元の異世界人の、たくさんの命を代償にしてたんだ。そりゃあ異世界の神様は怒る怒る。そっちの世界の神様も「何やってくれとんじゃワレェ」って感じになってるから、今までのツケはそっちで払うことになって想像以上の被害になってるはずだよ。言っとくけど、あんたらの国だけじゃなくて、他のとこにも被害出てるからね。ぜーんぶあんたらが撒いた種。自業自得の結果、他人を巻き込んじゃってバカじゃねえの。あ、ご先祖様のせいってのはなしね。気付く余地あったのに気付かなかったあんたらのバカさのせいなんだから。先人の知恵ってのは、何もいいもんばかりじゃないってことだよ。じゃ、生きたかったらがんばって生きな。今更後悔したって遅いんだからさ。 界渡りの魔女より"
代償。確かに、それには疑問を持っていた。世界を渡るには、大きな代償が必要だろう、と。しかし、術式の解析はしてこなかった。過去の召喚儀式で、贄など用意する必要がないという実績があったからだ。
それが、そもそもの間違いだった。先人たちは、この世界から犠牲を出すことなくても済むよう、召喚元の世界にすべてを背負わせていたのだ。
本来、神自体は世界に直接干渉することができない。その強すぎる力が、世界を破壊してしまいかねないからだ。だから、神子を通じて、神は世界に干渉する。しかし、今この状況はどうだ。この国が二柱の神を怒らせたがために、この世界は破滅の道を辿っている。それだけのことを、してしまったのだ。
国王は崩御した。過去の国王たちの罪を背負って、自害したのだ。自分一人の分だけでも、国民に生きていてほしいと願って。
数十人いた魔術師たちも、私を含めて五人になってしまった。みんな、国民を救うために災害を食い止め、しかし食い止めきれずに死んでしまった。
私は、何をしているのだろう。
残った魔術師が、騎士が私に言う。国王も宰相も、他の重鎮たちの亡き今、混乱を極めたこの国を守れるのは私だけだと。
できるわけがない。私は、私たちは罪人なのだ。罪を償えと、神の怒りが世界を覆うなら、この国は滅びなければならないのだ。
一人の魔術師が、自身の魔力をすべて使って国を滅ぼした。しかし、代償は足りず、その世界から命が消えた。
言ったじゃん、国一つ分の命が必要だって。国に存在する命の数にもよるけどさ。その召喚儀式を、あんたらは過去何回やったのよ?一回につき国一つだよ?足りるわけがない。