恐怖のピエロドッキリ
この物語はフィクションです。決して真似しないでください。
「着替え終わったか? 早くしないと誰か来ちまう」
既に着替え終わっている哲也が相方を急かす。
おれはこれでも急いでいるんだが……。
健一はこっそり悪態をついた。
離れた街灯から届く薄明かりの中では、外観重視のデザインの衣装は装着だけでも一苦労だ。
「もうちょっと。まだ靴がある。これで最後だ」
スニーカーからポップな大靴に履き替え、健一は立ち上がった。
誰もいない夜の河川敷。
ふたりのピエロは完全に異質な存在だった。
――今年の夏休みはピエロ姿でドッキリを仕掛けて動画サイトに投稿しようぜ!――
哲也は学校でそう提案したが、普段からお調子者で浮いた存在である彼の誘いに乗ってくる者はほとんどいなかった。
一方、友人である健一はその逆だ。引っ込み思案であまり喋ることもないが、誘いに断ることもない――いや、断り方が分からないといった方が正しいか。
今回も仕方なく健一だけが参加することになったが、実はまんざらでもなかったりする。
哲也は今回の企画のために『恐怖のピエロ・フルセット』を十着分も奮発して用意していたのだが、そういった理由から使用するのは二着分だけだ。
この衣装セット――とりわけマスクはとても精巧にできていた。
弾力のある白い肌に赤や黒のメイクが施され、狂気に嗤うほうれい線が生々しい。代わりにきつい原色の衣装は若干チープな印象は否めないが、全体ではクオリティは高い。
せっかくなので残りの衣装も一応持ってきていて、草むらにまとめて隠してある。
哲也によれば、もしも仕掛けられた人が怒って逆襲してきた場合、『まだ衣装はあるから一緒に着ようぜ』と言えばおさまってくれるらしいが……。
「脅かした瞬間に殴り掛かってきたらどうすればいいんだ?」
元来温厚な健一が一番気にするところだ。家族以外で喧嘩なんてしたこともないのだから。
「大丈夫だよ。こっちには武器があるんだ。いざとなったらこれで……いや本当に使いはしないけどな」
巨大な木槌を両手で抱えた哲也――いやピエロは嗤った。
先端に木の塊がついたそれはハリボテではないので危険な代物だ。取り扱いを誤れば、大惨事になるだろう。
「せめて加害者にはならないでよ。警察沙汰になったら大変だ」
「大丈夫だって。ちゃんと緻密に計画してあるんだ。全部俺に任せておけ。それより誰か来たぞ」
哲也が指さした方向を見ると、土手道の向こうに複数の人影があった。最初のターゲットだ。
「隠れるぞ。カメラの準備しとけ。あとお前は余計な手出しするんじゃないぞ」
「……分かってる。ちゃんとカメラ役に徹するよ」
健一はあまり気が進まなかったが、ここまで来たらやるしかない。
重い足取りでそばの草むらの中に入り、隠れるように座り込んだ。
禿げ上がったデザインのマスクに装着してあるヘッドカメラを確認する……といってもこれは哲也のものだから操作方法はまったく知らないのだけれど。
そのとき、蚊のような羽虫がプンプンと舞っているのに気が付いた。鬱陶しいが、今は完全防備姿なので目元にだけ気を付けていればよさそうだ。
大きな川に面した工業地帯は、少子化と人口流出の波を受けて今や廃墟と化している。暴走族やチンピラたちの溜まり場となっている危険な場所だ。
しかし、川を挟んだ向こう側は堤防を越えれば普通の街並みが広がっている。
河川敷はいわば緩衝地帯だ。
誰も立ち入ることのない無の空間。その廃墟側で、ピエロに変装した健一と哲也はドッキリを仕掛けるため、小高く盛られた土手道を虎視眈々と狙い続けていた。
そこを黙々と歩く獲物が三人。
街灯の明かりが彼らの人相をはっきりと照らし出した。
高校生だろうか。
強面で不良然としているが、自分たちと歳はあまり離れていないように見える。最初にしてはおあつらえ向きだと健一は思った。
前方右手でかがんでいる哲也は口笛を吹いた。
誘うようなやわらかい音色が不気味に流れる。
不良たちは立ち止まって下の草むらに顔を向けるが、そこには誰もいない。奥の方は街灯の明かりもほとんど届かず、暗闇に覆い隠されてよく見えないのだ。
さらに口笛が響いた。
今度は小馬鹿にするような軽い音色だ。
やがて三人は誰が見に行くかで揉め始めた。
「お前見て来いよ」
「なんでだよ。お前行けよ」
「なんで俺なんだよ」
互いに押し付け合う。
しかし、臆病でありながら子供のような好奇心を持ち、かつ見栄っ張りでもある不良たちは、必ずやって来るだろうと健一には確信が持てた。
「お前怖いんだろう」
ひとりが言った。不良の心を刺激する魔法の言葉だ。
「ああ? なんだと! そんなに言うなら行ってやるよ!」
怒ったひとりが道を垂直に逸れて土手を駆け下りて行った。
虚勢を張っているのが明らかだ。
タンクトップに短パンという出で立ちにもかかわらず、羽虫を物ともしない勇ましい足取りで、河川敷の整備された草道も横断する。
草が一層生い茂り、視界の悪いところまでくると、不意に立ち止まった。
暗がりの中を見まわし、やがて一点に留まる。
白いマスクはどうやったって目立つため、草の分け目から少し見えたのかもしれない。
「そこにいるんだろ? わかってんだぞ!」
男は強がって叫ぶ。
しかし誰も答えない。川のせせらぎが虚しく流れるばかりだ。
しびれを切らしたのか、男は草むらをかき分けて強引に押し入ってきた。
健一は撮影係のため、出しゃばった真似をするわけにはいかない。
しかしこれ以上隠れ切るのは不可能と判断したため、それならと、思い切って飛び出すことにした。
「ぅわあっ!」
突然現れた二つの白い顔に、さすがに男も面食らって尻もちをつく。
……奇しくも、哲也と全く同じタイミングで飛び出したようだ。
「シャシャシャシャシャァァァァァ!」
乱杭歯をむき出したピエロ――哲也は、裏声で狂ったように嗤うと、一撃でミンチに変えてしまうに違いない大型木槌を高く振りかぶった。
「おい、助けろって!」
左手でなけなしの防御の姿勢を取りながら、振り返って仲間を呼ぶ。
しかし無情にも、土手の上に残っていたはずの二人の男は、すでに影も形も残っていなかった。
裏切られたと知った男は観念したのか、両手で頭をかばって草むらの中にうずくまっている。
――どうするんだよこれ……
健一は撮影を続けながらも失敗を痛感していた。
追い詰めてしまった以上、今からマスクを外して素性を明かし、ネタばらしをしなくてはならない。
そのまま逃げて行ってくれた方が、不良たちを懲らしめ、その姿を撮影もできて一石二鳥、なんて考えていたのに、殺人鬼か化け物かにみえたピエロが、実は少年たちの悪質な悪戯でしたと知ったら、不良たちはどう思うだろうか。
「もうーびっくりしたよー!テヘペロ」なんてお茶目な反応が返ってくるわけがない。
健一は直後に起こることを想像して頭痛がしてしまい、マスクの下で顔をしかめていた。
街灯の明かりがぼんやりと届く河川敷に、五人のピエロが集まっていた。
五人はマスクの目元に空いた穴から、互いの顔を見合わせた。
気まずい雰囲気だった。
『まだ衣装はあるからお前もやらないか?』
哲也が発案したこの台詞、はたして効果はあった。
最初に追い詰めたタンクトップの男は、プライドが傷ついたのだろう、ネタばらしをしたあとに激昂して突っかかってきた。
必死で謝罪を繰り返す健一を尻目に、哲也がピエロの衣装を持ち出して来てなだめると、男は新しい玩具を手にしたようにコロッと機嫌を良くしたのだ。この豹変ぶりに健一は驚いた。
さらに後から様子を見に戻ってきた二人の男も加わって今に至る。
「……どうするんだよ」
場を持て余した健一は哲也に尋ねる。
その場しのぎで仲間を増やして、この先を哲也は考えているのだろうか。
しかし答えたのは哲也ではなく、顎の尖ったピエロ――後から加わった不良のひとりだった。
「どうするって、ドッキリに決まってるだろ。こんなとこに突っ立ってても人は来ねぇぞ」
ごもっともな意見だ。まんまと引っかかってしまった自分たちも誰かに仕掛けたいからこそ、こうしてピエロに扮しているのだから。
しかしこのままでは引くに引けなくなるのではないかと思われたが、そもそも最初に企画したのは哲也だ。
健一は、乱杭歯を剥きだして嗤うピエロ――哲也に視線を向けた。すべて哲也に任せるという合図だ。
「じゃあ、廃墟に移動するか。そこなら人がいるだろう」
哲也はあっさりと決めた。
何が『緻密に計画してあるから全部俺に任せておけ』だ。完全に不良たちに流されているではないか!――とガツンと言ってのける勇気もない健一は、ただただ心の中で嘆くばかりだった。
顎の尖ったピエロはそっと壁の角から様子を窺う。
空き工場が乱立して構成している廃墟内は酷いありさまだった。
点々と設置されている街灯が照らし出すものは、スナック菓子の袋、ガラスの破片、壁の落書き、寝ているホームレス……どれも治安の悪い場所にありがちなものばかりだ。
そんなアスファルトの道路を、くたびれたジャージを着た男がふたり歩く姿も、ここでは至極馴染んで見える。
しかしピエロはこの瞬間が来るまで、ずっと待ち構えていた。
うしろで待機している四人のピエロに目配せする。
「獲物が来たぞ、準備はいいか野郎ども」
小声で聞かれて、四人は「おう」と静かに答えた。
その『野郎ども』に自分たちが組み込まれてしまっていることにどうにも納得できない健一は、哲也にこっそりと耳打ちで尋ねてみた。
「哲也、乗っ取られてるけどいいのか?」
「あ? 俺にどうしろってんだよ。あんなのに言い返せるわけないだろ」
「哲也が企画したんだろう。企画も取られ、ハンマーも取られ、どうするんだよこれ」
「いいんだよ、俺はもう。お前がちゃんと撮影してくれてたら、それで十分だ」
「そんな無責任な……」
しかし健一にはそれ以上言い返すことができなかった。不良たちに反抗できないのは自分も同じだからだ。
だが、せめて犯罪にだけは巻き込まれないように気を付けようと思った。
「おい無駄口叩くな。行くぞ」
木槌を手にしたピエロ――不良の一人を先頭に、五人のピエロは道端にぞろぞろと飛び出していった。最後尾は禿頭マスクにカメラを装着した健一だ。
二人のジャージ男は、その異様な光景に呆然と立ち尽くす。
驚愕と警戒と怪訝がない混ぜになったような表情だ。
それでも男たちが逃げ出そうとしないのは、もともと犯罪の絶えないこの場所によるものだろうか。
だが、さすがに木槌が両手で高々と掲げられると、ジリジリと後ずさりし始めた。
「ハハハハハ」
ピエロは狂ったように嗤う。
そしてついに、その木槌が下された――地べたで横になっているホームレスの頭に向けて。
どす黒い何かが飛び散った。
ジャージの男たちは踵を返し、叫び声をあげて走り去っていく。
これはヤバイ、と健一は思った。
こんなのはドッキリでも何でもない。ただの殺人ではないか。
哲也は今の惨状を見なかったのか? いや、おれよりも近くではっきりと見たからこそ、硬直してしまって動けないのではないだろうか。
無意識に後ずさりしていた。一刻も早くここから立ち去りたかった。不良たちから少しでも遠くへ離れなくては……
健一は路地の暗がりへ飛び込むと、そのままがむしゃらに走り続けた。
健一は膝に手をついて、乱れた呼吸を整えた。まだ激しく動悸しているが、路地を走り続けたことで頭はすでに冷えている。
そしてその冷えた頭で冷静になって考えてみると、不良が木槌で叩きつけたのは人ではなかったような気がしてきた。
薄暗かったし、そもそもおれは撮影のためにジャージ男たちを注視していたのだ。何かと見間違えた可能性は十分にある。その『何か』が何なのか、まったく見当もつかないのだけれど――
健一は戻ってみることにした。家に帰るにしても、哲也を連れてこなければ。
そういえば、と健一には気になることがあって額に手を当てた。
このヘッドカメラが付いたピエロのマスク、どこをどう固定したのか、外そうとしてもまったくびくともしない。哲也に取りつけてもらったせいだ。これについても哲也に聞かなければならない。こんな格好で街中をうろつくわけにもいかないだろう。
建物の陰から、おそるおそる通りの左右を窺う。
さっきの場所には誰もいなかった。
ホームレスが寝ていたところまで行ってみたが、惨殺死体もそこにはなかった。
健一はようやく胸をなでおろした。
やはりさっきのは見間違いだったのだ。不良の男たちが勝手に用意した小道具かなにかだったのだろう。
となると、早く四人を探さないといけない。もしもカメラ役なしで次のターゲットに仕掛けていたとしたら、それはただの憂さ晴らしでしかない。
しかしそう探すこともなく、すぐに見つかった。壁際に隠れているつもりだろうが、カラフルな服は嫌でも目に付く。
遠目からでは哲也か不良の男か分からないが、この際どちらでもよかった。
「よかった。ここにいたんだね。さっきはビックリしちゃって――」
声を掛けながら走り寄った健一は驚愕に目を見張った。
そのピエロはトタンの壁に貼りつけられていたのだ――両肩に打ち付けられた杭によって。
これもドッキリの仕掛けなのか? ちょっと離れている間に、こんなものを用意していたのだろうか?
頭を垂れたその顔を覗き込んでみると、口の両端を吊り上げて牙を剥きだしている――哲也が付けていたマスクのデザインだった。
「……哲也?」
きっとおれを脅かすために手の込んだ悪戯をしているのだろう。いや、そうであってほしかった。
おそるおそる、真っ赤に濡れている肩に触れようとしたとき――
「やめろ、触るな……」
ピエロは呻いて垂れた頭をかすかに動かした。
作り物ではなかった。ならば小細工を施して演技をしているのだろうか?
「哲也、大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけあるか……クソッ……あいつら、急に暴走しやがって……」
哲也は本当に苦しそうだった。
「あいつらって、あの不良たちか? これ本物の血なのか?」
「……偽物なわけないだろ。俺のハンマーで打ち付けられたんだ……」
「ハハハハハハハ」
不意に嗤い声が聞こえて、健一は振り返った。
街灯が立ち並ぶ通りの向こうから、三人のピエロが走ってくるのが見えた。今まで行方をくらましていた健一を探していたのだ。
「早く逃げろ、お前もこうなる前に……そして助けを呼んできてくれ」
「……わかった。すぐ戻ってくる」
健一は決意して走り出した。
どうして不良たちが襲ってくるの分からないが、哲也が大怪我を負っているのは事実のようだ。そして多分、ホームレスを殺ったのも……
とにかく、警察と救急車を呼ぶためにも、まずはこの廃墟から脱出しなければならない。
相変わらずピエロのマスクは外すことができないが、それは身の安全を確保してから何とかしよう。
健一は、はっと息を呑んで立ち止まった。
川と水平に、下流方面へ向かっていたときのことだ。この先には小さな公園があって、その傍には誰が使うのか分からない古びた公衆電話がある。持ち合わせはないが、緊急電話なら掛けられるはずだった。
しかし、今はちょっと無理かもしれない。
鉄パイプを手にしたピエロが、暗がりの道路を通せんぼしているのだ。
撒いた不良たちが先回りしたとは考えにくい。そもそも服飾のデザインが異なっている。首元にこんなフリルをつけたピエロはいなかったはずだ。とすると、こいつは不良たちの仲間なのか? 余っていた衣装を着て、おれをここから出すまいと、ずっと待ち構えていたのだろうか?
とにもかくにも、このままでは挟み撃ちだ。進路を変えたほうがよさそうだが、引き返せば追ってくる不良たちと鉢合わせになる可能性がある。
健一は虫の鳴き声が聞こえる右手の路地に駆け込んだ。
この先にはさっきの川がある。それを越えれば街に行くことができるはずだ。
「ハハハハハハハハハハハハハハ」
あいつらはまだ追ってきていた。高笑いが逃げる足を急き立てる。
振り切ろうにも丸みを帯びた大靴は嫌に走り辛い。ただ、それは相手も同じことだ。それゆえに付かず離れずの距離を維持してしまうのだろう。
……なんだか誘導されているようにも思えるけれど。
土手の下にたどり着いた健一は、草を掴みながら一気に駆け上った。
運が良かった。すぐそこに街の方へ渡れる大きな橋がある。
廃墟とを繋ぐこの橋は、規模の割には普段から通る車も人もほとんどない。しかも今は深夜帯だ。誰もいるはずがないと思っていた。
しかし今は人がいた。真ん中あたりの欄干に手をついて夜の川を眺めている、ピエロではない普通の人が。
「あの……追われてるんです。逃げてください!」
健一はなりふり構わず叫んだ。多数のピエロたちが土手を這いあがってきたのだ。このままではこの人も巻き込まれて被害者になりかねない。
イヤホンでもつけていて気が付かないのか?
その人はフードを目深に被って下流を眺めたままだ。近づいてもう一度声を掛けようとして、ふと耳にエンジン音が聞こえてきた。
バイクでも来たのか、と思ったのも束の間、橋の向こう側からチェーンソーを掲げて猛進してくる黄色い姿があった。
新手のピエロだ。そいつはチェーンソーを前方に突き出したまま、川を眺めている人に激突する。
頭と胴体が切り離されて川に転落するのを見届けて、白い顔をこちらに向けた。
健一をバラバラにするつもりなのだろう。狂った白い顔を血しぶきで真っ赤に濡らしながら……。
引き返そうにも、すでに橋の手前までピエロたちが迫っていた。各々手にした武器を構えて健一を逃すまいとしている。
再度の挟み撃ち。今度は逃れようがなかった。
選択肢は二つ。このまま惨殺されるか、イチかバチかの賭けに出るか。
健一は意を決した。
欄干に駆け寄って足を掛ける。
そのとき、空はうっすらと明るくなっていることに気が付いた。川の向こうからは、もうあと少しで太陽が顔を見せることだろう。
そういえば日の出の瞬間って、見たことなかったな……。
健一は紅色の地平線を見据えたまま足を踏み出した。
川岸に落下し、足の骨を砕くのだろうか。それとも、着水し、衣装が大量の水を含んで溺れてしまうのだろうか。
いずれにしろ、リンチに打ちのめされるよりはましだと思った。
しかし、水に濡れる冷たい感触も、地面にぶつかる強烈な衝撃も、いつまで立っても訪れなかった。
おそるおそる目を開けてみた。
空中に浮いている? 何かに引っかかったのか?
あたりを見回してみると、自分がいるのはハンモックのようなネットの上。すぐそこに人の頭が転がっていて、不思議がる健一を見つめていた。
「わぎゃあっ!」
とっさに手で払い除けたその感触は、妙に固かった。まるで作り物のような……いや、プラスチックのマネキンだ。さっきチェーンソーで切られて落ちていったやつだろう。ということは――
事の次第が、なんとなく分かったような気がした。
そして下を見下ろしたとき、それは決定的となった。
――ドッキリ大成功!!――
プラカードが掲げられていた。醜い嗤い顔をたたえた、たくさんのピエロたちが、まだ薄暗い川原をはしゃぎ回っていた。
健一は橋の下に吊り下げられたネットの上で寝転んだ。
そういうことか……。
今回の出来事はすべてこの額のカメラに録画されている。これを装着した時点で、すでにドッキリは始まっていたのだ。
哲也も不良たちもみんな仕掛け人で、寝ていたホームレスはやっぱり人形だったということになる。途中でドッキリではないかと疑っていたのに……くそぅ。
どうにもやるせない気分だが、もうどうでも良かった。
とりあえず、生きていて良かった……。