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5.愛してしまってごめんなさい

娘視点です。

ピロリロリン、ピロリロリン… 

 スマホのアラーム音で目が覚めた。光るディスプレイに表示された現在時刻は4時ぴったり。外はまだ真っ暗だ。私は枕もとに置いていたリモコンを手に取って部屋の電気を点けた。オレンジ色に近い、明るい光が目にまぶしい。目が覚めてからしばらくはベッドに横になったまま天井を眺めていた。低血圧の私は起きてすぐに動き回ることができない。こうして暫くの間、体が起き出してくるのを待っていなくてはいけないのだ。

「よしっ。」

 5分ほど待ってから私はようやく体を起こした。布団から体を出すと肌に触れる空気が思ったよりも冷たくて、一回くしゃみをした。しかしそのまま着替えもせず寝起きの格好のままで自分の部屋を後にする。

 私が向かったのはあの人の部屋。自分の部屋を出てから廊下を左側、玄関やリビングがあるのとは逆の方向に歩いていく。彼は夜寝る時間が遅いため、いつもこの時間はまだ寝ている。起きだしてくるのはいつも大体5時くらい、それまでの一時間ちょっとは私の時間なのだ。

「シュンくん。お邪魔するね?」

 私は囁き声で部屋の主に許可を取って、部屋へと入った。部屋には薄明りがついているので、私の愛しい人の寝顔は入ってすぐに確認できる。彼は真っ暗闇が嫌いだった。普段は見せてくれない、そんな弱みを含めて私は彼のことを愛している。近づいて行って頬を撫でると、くすぐったそうに顔をしかめた。眠っている時にはその人の素が出ると何かの本で読んだことがある。彼の穏やかな寝顔は普段見慣れている表情とは違っていて、毎朝毎朝いくら見つめていても飽きない。

 やがて顔を撫でているだけじゃ満足できなくて、私は彼の唇の横にそっと口を寄せてみた。キスと言うにはあまりにも幼稚で、そんな自分の子供っぽさが嫌になる。彼の前で子供であることが嫌だった。私とこの人の間にある溝は20歳の歳の差とかそんな浅いものだけではないとは分かっていても、私は彼と対等になることを望んでしまったのだ。

「シュンくん朝だよ。起きた?」

「…。」

 彼に今一度起きているかを聞いてみた。しかし彼から返って来たのは愛しい寝息のみ。まだ起き出してくる気配が無かったので、私はいつも通りさらに先へと進む。

「それじゃ、お邪魔するね。」

 そう呟いて、私は彼の寝ているベッドに潜りこんだ。春用の少し薄い布団の中で彼と私は向かい合う形になる。彼の柔らかい綿のパジャマに顔を摺り寄せると私の大好きな匂いが体中に広がっていく気がした。愛しい人の胸をなぞりなぞり、私は彼の胸の中に自分の体をうずめた。素肌が彼と触れ合っている所はまるで電流が流れているかのようにビリビリジンジンして、胸の奥が切ない気持ちになる。私はいつもと同じように泣きたくなるような痛みを胸に抱きながら「おやすみ。」と彼の胸の中で呟いて目を閉じた。


「わ、ユイカ!また俺の所に来たのか?」

 私の頭の上から優しい声が聞こえてきた。それと同時にかかっていた布団が優しく取られ、カーテンの隙間から差し込んできた太陽の光が私の顔に当たった。

「ん、シュンくん。おはよう。」

 彼が起き上がろうとするのに合わせて、寝起きで重たい自分の半身を起こす。そうしないと彼が起き上がれないからだ。

「ユイカ!いつも言ってるけど、俺のベッドに入って来るならそんな恰好は止めなさい!」

 彼は私から目を逸らしながらそう言った。下着姿の私を見て、彼が私のことを何か別の目で見てくれるなら嬉しい。だって彼のことをこんなにも愛しているのだから。

「別にシュンくんの奥さんなんだからいいでしょ?いつも言ってるけど、シュンくんが望むなら私のこと好きなようにしてほしいの。」

「…!?」

 私は言いながら彼の手を自分の胸へと持ってきた。そしてそれを左の乳房へと押し込む。彼の左手が私の胸に沈み込んでいくのを感じて少し吐息を漏らしてしまった。

「ほら私、こんなにドキドキしてるの分かる?だから…ね?」

私の胸の鼓動を聞いてほしかったから。

「…。」

 彼はこちらを振り返って私と目を合わせてくれた。

「ごめん。でも俺はユイカを愛してる。愛してるから、何もできない。するわけにはいかないんだよ。」

彼は私を愛おしそうに見つめながら、私の胸を押さえつけていた自分の手を静かにだが断固とした力で私から離した。彼の向けてくれる愛情は、私のそれとは違う。

「だって俺たちは親子じゃないか。」

 泣きそうになるのをこらえながら、今日も私はめげずに「もうシュンくんったら」と明るく笑った。何度聞いたか分からないその言葉。私と彼の間を隔てる壁はあまりにも大きすぎて、いつの頃からか私は自分のことを覚えてもいない母の生まれ変わりだと信じるようになった。妻の生まれ変わりならきっと彼も私を娘としてではなく一人の女として愛してくれる。

 そう。私の好きな人は血のつながったたった一人の家族である、父なのだ。



「ねえ唯華さぁ。今日の放課後ヒマ?」

 昼休み、教室で父が作ってくれたお弁当を食べていると、向かい合わせに座っていた友達の佐藤美穂が身を乗り出して聞いてきた。美穂は子供の頃から近所ということもあって仲が良く、いわゆる幼馴染という関係だ。

「え?」

「ヒマだったらさ、放課後に映画見に行かない?最近流行ってるアレ、あたし結構気になってるんだー。」

 彼女が言っているのは最近公開されたボーイミーツガールの青春映画。かなり面白いらしく、公開されて以来クラスでもよく話題に上っている。

「なんで私となの。そういうのは亮太くんと行けばいいじゃん。」

 亮太というのは私のもう一人の幼馴染、そして目の前で目を輝かせている美穂の彼氏の後藤亮太のこと。彼とも美穂と同様に昔から仲が良く、私がこの高校を選んだ理由の一つは二人がここに進むと知ったからだった。

「あいつも行くって言ってたよ!久しぶりに三人で遊ぼうよー。」

「え、ヤダよ?」

映画を見るのは嫌いじゃない。でも私は首を縦には振らなかった。

「なんでさ!?」

「なんで私があんたらラブラブカップルと一緒に恋愛映画見に行かなきゃいけないのよ。気まず過ぎるでしょう。」

「えー。あたしもアイツもそんなこと気にしないのに。」

「私が気にするわ!…それに今日はサッカー部の練習がない日だから、早く帰ってシュンくんと過ごしたいの。」

 そう言った時、少し教室がざわついた気がした。不思議に思って周りを見ると、まるで私の方など見ていなかったとでも言うように、何人かのクラスメイトが私と目が合いそうになると露骨に顔を逸らした。別に君らには関係ないことなのに少し失礼じゃないかと思いながら顔を戻すと、向かいの美穂は呆れたような顔をしていた。

「結局唯華はまた”シュンくん”なんじゃん!」

 この幼馴染の友人は私が父のことを恋愛的な意味で好きなのを知っている。小学生の頃ならいざ知らず、さすがに高校生になると私も父親のことが好きだと公言していればファザコンと呼ばれ他人の嘲笑の対象になることは分かっていたので、友達同士の好きな人の話題には参加しないことにしていた。しかし幼馴染である彼女とその彼氏は私がお父さんのことが好きだと知っていても、気持ち悪がらずに接してくれるのだ。

「えへへ、まあね。」

「えへへってあんたねえ…。あたしたちのことばっかりバカップルとか言うけど、唯華も結構大概だと思う。」

「好きな人に一途だと言ってよね。それに私は別にバカじゃないから。」

「はいはい。」

 別に父への想いを誰かに理解されたいとは思っていない。それでも私の恋を色眼鏡で見ないでくれる友人にはこっそり感謝もしているのだ。絶対に本人には言わないけど。



 学校が終わって、さて帰ろうかと下駄箱を開けると、私の登校用のローファーの間に何やら見知らぬものが挟まっていた。

「なにこれ?」

不思議に思って取り出してみると、それは私の名前が書かれた小さなピンク色の封筒だった。もしかしてと開けてみると、可愛らしい便箋に書いてあったのは『放課後に校舎裏の木の下で待っています。』という一文。

「なになに、ってうぉーラブレターじゃん!やっぱり唯華はモテモテだ!」

 一緒に玄関に来ていた美穂は私が手に持っている紙を目ざとく見つけて大騒ぎした。その言葉で周りにいた人たちが一斉にこちらを見る。

「美穂うるさい。これって、やっぱりそういうのなのかな?」

送り主の名前が書いていないか手紙を見てみたが、やっぱり封筒と手紙に書いてあるのは『桜井さんへ』と『放課後に校舎裏の木の下で待っています。』という文字のみ。

「すごいよ!高校一年の四月なのにもう愛の告白か。まったく羨ましいなあ。で、どうなの?行くの?」

「えー。どうしよ。」

「行かないと駄目ね。ハイ決定!」

ラブレターを下駄箱に入れるなんてあからさますぎて誰かのイタズラなんじゃないかとも思ったが、面白がった美穂が私を無理やりその場所に行かせようとして聞かない。

「二人とも待っててくれてサンキュ。…ってどうかしたの?」

 美穂と手紙を見て騒いでいると、遅れて亮太がやって来た。結局今日の放課後は私を抜いて二人で映画館に行くことになったが、途中までは通学路なので三人で一緒に帰る約束をしていたのだ。

「ねー亮太聞いてよ。美穂の下駄箱にさー…。」

かくかくしかじかと美穂は亮太に説明をしてくれた。話を聞き終えてから彼は頷いて、私の肩に手を置いた。

「今日は俺たち先に帰るから。唯華はそっちに行ってこいよ。答えは分かってるけど。」

「そうだよね!行ってきなよ。答えは分かってるけど。」

「え、ええ…。」

 二人に行くように言われて、私の考えを言う前に2対1で手紙の場所に行くことが決定事項になってしまった。三人で何か決めるときはいつもこうなのだ。

「それじゃまたな。」

「またねー!」

 そう言って二人は私の主張を聞く前に仲良く帰って行ってしまう。遠目から見ても仲睦まじくお似合いの二人。手紙を見なかったことにして、彼らにお邪魔虫のようにくっついて帰るのも気まずいので、私は一人で手紙に書いてあった場所へと向かった。


「桜井さん来てくれたんですね!」

 約束の場所には本当に男子生徒が待っていた。人の少ない校舎裏に来た時はイタズラかもと思い始めていたので、彼が立っていると気付いてかなりビックリしてしまった。呼び出された場所は運動場から離れているため部活動の声も聞こえない静かな所で、私と呼び出した男子以外誰もいないようだ。

「うん。えーと君、手紙をくれた人?」

「は、はい。あの…桜井さん!初めて見た時からあなたのことが好きでした!僕と付き合ってください!」

 大きな声でいきなりそう言って、ガバっと深く頭を下げられてしまった。彼の差し伸べられた右手を見ながら、私は正直困惑していた。まるで訳が分からないず目を白黒させている内に告白されてしまっていたのだから。

「え、ちょっと待って。あの、いいですか?」

「はい?」

彼はイエスかノーの回答を待っていたのか、私のどちらでもない返事に、ぽかんとした顔で私を見上げてきた。そんな顔されても困るんだけどと思いながら、私は彼に訊く。

「気持ちはとても嬉しいけど、私は君の名前も知らないの。ネクタイで同じ学年ということは分かるんだけど…。」

「あ、C組の矢野です。入学式の日に少し話したと思うんだけど覚えてない?」

「えーと、そうだっけ…?」

そういえば入学式の日に新入生がどこに集まればいいのか教えてくれた人がいたような気がする。その人と確かに似ているような…。私が記憶をたどっていると彼は困惑したような顔を浮かべて見つめていた。

「それでその…返事は?」

「返事?…あ、ああ告白の。」

「うん。さっき嬉しいって…。」

「ごめんなさい。」

「え?…もしかしてもう誰かと付き合ってるの?」

「付き合ってはいないけど、他に好きな人がいるので。だからごめんなさい。それじゃあまた。」

私はそれだけ言って、来た道を戻ろうとした。今日はシュンくんが早く帰ってきてくれる日。私の用事も済んだことだし早く帰ろう。

「ま、待って!」

「え?まだ何か?」

「付き合ってないなら僕とじゃダメかな?」

 その言葉にカチンときて、気が付くと私は意地悪なことを言ってしまっていた。

「君さ、好きな人の代わりに自分と付き合ってくれってなかなか酷いよ?じゃあさ、自分が誰かの代わりに愛されてるだけって知っていてもずっと好きでいられるの?私があなたの隣にいながらあなたのことなんかこれぽっちも見てなくても普通でいられるの!?」

「ご、ごめん。」

「あ…ごめんなさい。私も言い過ぎだった。それじゃあこれで…。」

「最後に聞かせて。君の好きな人はシュンって人なの?」

「…!」

頭の中で考えていたことが口に出てしまったのかとビックリして、私は一瞬言葉を失った。しかし彼はそんな私の様子に気づかなかったようでそのまま言葉を続ける。

「B組の人が話してるの聞いたんだ。桜井さんはシュンって人とその…仲が良いんだって。」

「…うん。私はシュンくんを一番愛しているの。他の人にこんな気持ちを抱けないくらいに。だからごめんなさい。」

「そっか…、そっか…。うん、今日は呼び出したりしてごめん。それじゃあまた学校で。」

そう言って肩を落としながら、矢野と名乗った隣のクラスの男子生徒は去って行った。その後ろ姿に、私は初めて自分から声をかけた。声をかけずにはいられなかった。

「き、君!」

「何?」

「その、便箋可愛かったよ!」

「え?」

「私にくれた便箋すごく可愛くて貰って嬉しかったよ。ありがとうね!」

そう言って私は彼に手を振る。彼は困ったような顔をしながら笑っていた。振った自分が言えたものではないと分かってはいるが、あの男子生徒は可哀相だと思った。

 人を好きになるのは素晴らしいことだと人は言う。でも報われない想いは無意味で、ただただ苦しいだけ。その苦しさを素晴らしいというのは少し酷いんじゃないかと私は思うのだ。


「やあ桜井。こんなところで何してるんだ?」

 校舎裏から校門まで向かう途中、聞き慣れた声が聞こえてきた。私は声の主を確認する前にダッシュしてその胸に飛び込んだ。なんだか無性に悲しくて、体が温もりを求めていたのだ。

「うおっ!?ユイカ、どうかしたのか?」

私を受け止めてくれた彼の声は、いつの間にか先生から生徒に向けるものから父親のものへと変わっていた。「なんでもない」と言って私は彼の服に顔を埋める。

「よく分かんないけど、今日はお父さんと一緒に車で帰るか?」

「…うん。ごめんなさい。」

 どんなに報われなかろうと苦しい思いをしようとそれでもやっぱり私はこの人のことが好きだ。それが素晴らしいことではなく、むしろ汚らわしいことなのは分かっているが、抑えきれない。ああ、あなたの娘でなければ良かった。あなたに恋して、好きになってごめんなさい。

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