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7/12 餐卓

 席に空きの目立つ卓上には、一応の体裁が整った料理が並んでいた。

 狼に連れられて戻ってきた美々(めいめい)が歓声を上げ、餐卓(つくえ)に伏している怜乱(れいらん)の斜向かいに陣取る。

 狼は怜乱の隣に立ち、呆れたように鼻先を上げた。


「おい怜乱。起きろよ」

「あ、老狼(らおろう)。お帰り。どうだった? お酒あった?」


 肩を突かれて、怜乱はけだるげな仕草で身を起こす。

 一番に聞くことがそれかと苦笑しながら、老狼は預かっていた徳利を彼の前に置いた。

 美々が酒屋の娘だというので、分けてもらうために足を運んでいたのだ。

 徳利を揺すった怜乱は、ほんの少し目を丸くした。


「美々、こんなに入れて大丈夫なの」

「うん。お父さん、皆が眠っちゃってお酒が売れないーってぼやいてたから、起きていきなり現金収入があったら喜ぶに決まってるよ」


 誇らしげな様子の美々に頷いて、怜乱は隣に腰掛けた狼を見上げた。


「だったら良いけど。老狼、支払いは?」

「美々がそんな大金は預かれんというからな、付けてあるぞ」

「わかった。ことが解決したら真っ先に支払いに行くことにするよ」

「けど、画師様の使う入れものってすごいんだね。二合も入らないような徳利なのに、まさか十石(※1800L)も入るとは思わなかったよ」


 いくらでも酒が入る徳利を面白がって、限界まで注いでみようと言い出したのは美々だ。

 彼女は不思議そうな顔で徳利を持ち上げ、ためつすがめつなで回している。


「便利でしょう」

「うん。こういうのがあると、私でも配達できるから便利だね。お兄さん、私にも一個ちょうだい?」

「だめ。仙界との約束があるから、画師の道具は軽々しく人に渡せないんだ」

「そうなの? ざんねんー」


 珍しい調子で応じる怜乱を狼がのんびりと眺めていると、煮えたばかりの粥の鍋を下げた狛斗がやってきた。


「お待たせしました」

「狛斗さん、早く早く」


 期待に目を輝かせた美々が、隣の椅子をさっと引いて狛斗を招く。

 そんな彼女を後回しにして、狛斗は狼に椀を差し出した。


大神公(たーしぇんくー)、斯様なものしか用意できず汗顔の至りにございますが、どうかお召し上がりください」

「いや、だからそんなに気を遣わないでくれ。そもそも最初に俺の分は特に必要ないと言っただろう」


 困ったように鼻に皺を寄せる狼だったが、差し出された椀はちゃっかり受け取っている。

 嬉しそうに揺れる尻尾が床を掃いているのを見て、怜乱が小さく肩を竦めた。


「画師様は本当に何も召し上がらないのですか」

「うん、僕は固形物はちょっとね。お酒で十分なんだ」

「では、せめてお酌を」


 自分の食事を放っておいて酌をしようとする狛斗を、怜乱は押し留める。


「僕のことよりも君の食事を優先してよ」

「ですが」

「二年以上眠ってたんだろう。僕らと違って君たちは食事をしなきゃ生きていけないんだから。ほら、美々はちゃんと食べてるでしょう」

「そうだぞ。自覚がなくても体は弱っているはずだからな、そんな呑んだくれのことは気にするな。これくらいは食わなきゃいかんだろう」


 狼が取り分けた(おかず)を差し出すと、狛斗は困ったように手を彷徨わせた。


大神公(たーしぇんくー)……そんな、給仕のような真似をされては困ります」

「いいから、受け取れって」

「老狼、狛斗はそれじゃ受け取ってくれないよ。狛斗、老狼がせっかくよそってくれたんだから、受け取らないほうが失礼だよ」


 老狼の手から小皿を取り上げ、怜乱は狛斗にそれを渡そうとする。

 しかし、その手は途中でぴたりと止まった。

 にわかに眉間に皺を寄せ、食卓に視線を彷徨わせてしばし考え込む。


「どうしたの?」


 突然口を噤んだ少年に、行儀悪く箸をくわえた美々が問いかける。

 それでも、怜乱はしばらく手元に目を落としていた。



「……粥と魚はいいとして」


 怜乱が続く声を上げたのは、かなり時間が経ってからだった。


「何で茸とか青物が出てくるの?」


 ようやく思い至ったという顔で、少年は餐卓(つくえ)に並んだ皿を示す。


「香草は勝手に増えるから良いとしても、青菜なんかは畑のものでしょう。裏に畑があって育ててる訳でもないよね。うまく保存すれば一週還(なのか)か十日は何とかなるかもしれないけど、それ以上保つようなものじゃない」

「……あ」

「確かに」

「言われてみれば、そうですね」


 初めて気が付いた様子の三人を見やって、怜乱は軽く溜息をついた。


「二人は仕方ないとして、老狼まで気付かないなんて」


 非難の目を向けられて、狼は鼻白んだ様子で耳をぱたつかせた。


「俺は普段料理なぞせんのだから、わかる訳がないだろう」

「それはそうだけど、老狼、植生の異常とかには割と敏感じゃない。違和感くらいなかったの? 美々、ちょっと食べちゃってるみたいだけど、異常はない?」

「狛斗さんのお料理、美味しいよ-」


 美々は怜乱の言い分が理解できなかったらしい。蒸した魚を口に運びながら首を傾げた。

 そんな美々を見て、狼は茸と青菜の炒め物を口に放り込む。


「特に何ともないぞ。食材が傷んでいる様子もないしな」

「じゃあそっちの豆腐湯(スープ)は? 狛斗、これって君が作ったの?」

「……いえ、いつもの場所に置いてあったので無意識に使いましたが……言われてみれば、日を跨いで保つようなものではありませんね」

「確かにそうだが。何もおかしなところはないぞ」


 困ったように眉を寄せる狛斗から汁物の入った鉢を取り上げ、注意深く匂いを嗅いだ狼が答える。

 怜乱はそれでも疑うように餐卓に並んだ料理を眺めていたが、しばらくして溜息をついた。


「……まぁ、老狼がそう言うなら食べても大丈夫かな。万が一でも死なない限りは僕でも何とかできるから、食べて食べて」

「こら、いくら何でもその言い種は狛斗に失礼だろう」


 狼に頭をはたかれて、怜乱はしまったという表情を浮かべた。



 食事を終えると、怜乱は食材の保管場所を見てみたいと言い出した。

 またしても恐縮しだした狛斗を強引に言いくるめて地下の食料庫へ案内させると、少年は眉間に皺を寄せた。

 狭い室内をひとしきり眺め回して、後ろで居心地が悪そうにしている狛斗に質問する。


「……あのさ、狛斗の家って裏に畑があったりしないよね」

「是。拙い武術指南で生計を立てておりますので、庭の隅で多少香草などを育てる程度でございます」

「だとすると、やっぱり食料の大半は市場なんかから買ってくるんだよね。君の記憶にある限りで、最後に買物をしたのはいつかな」


 狛斗は記憶の糸をたどるように視線を中空に彷徨わせる。

 かなり長い間考えてから、鎮献(12月)の廿日市だったはずだと彼女は答えた。


「義父は腰を痛めておりましたので、市場まで歩くのは一苦労だったと思います。ですので、憶測ですが次の市が立つ日まで起きていたということはないでしょう」

「そういえば、豆腐は?」

「それは近くの店に配送を頼んでおりました。昼前に定位置に置いてくれるように、と」


 なるほどねぇと相鎚を打ちながら、怜乱は食材を眺めたり匂いを嗅いだりしている。

 さんざん奥の方までひっくり返して検分した挙げ句、彼は盛大な溜息をついた。


「やっぱりおかしいところはないんだけど、それがおかしいんだよね。市が立つのは十日ごと? それとも週ごとかな」

「十日ごとにございます。ただ、ここは砂漠越えをしてくる商人の駐留地となっておりますので、十日市・廿日(はつか)市以外にも頻繁に市が立ちます。……今となっては忘れられて久しいかと思われますが」

「そう。……とりあえず起居(いま)に戻ろうか」


 これ以上調べてもなにも見つからないと諦めたのか、怜乱は食料庫の隅で見つけた酒を樽ごと抱えて居間に戻った。



「で、あれだけ呑んだというのにまだ呑み足りなくて、酒をくすねてきたわけか」


 浴びるような呑みっぷりの怜乱を眺めて、狼は呆れたように息を吐いた。


「人聞きの悪いこと言わないでよ。ちゃんと狛斗には了解を取ったんだから」

「言っていることだけはまともに聞こえるのが始末が悪いな」

「それよりも、そんなに御酒を召し上がられてはお体に障りませんか」


 一斗樽の半分をたちまち空にした怜乱の呑みっぷりに、狛斗は少々青ざめている。

 面白そうに計量しながら酒を注ぐ美々にも、信じられないとでも言いたげな目を向けている。

 柄杓(ひしゃく)の三分の一も容積のない(さかずき)に、どんどん酒が注がれていくのも見ていて恐ろしいらしい。


「大丈夫だよ。酔ったりするわけじゃないし、薪というか食事みたいなものだから気にしないで」

「狛斗が驚いているのは、そう言うことではないと思うぞ」

「そうかなぁ」


 今一つ実感がないと言った顔で首をひねる怜乱は、それでもきっちり樽を空にして立ち上がった。


「じゃあ、燃料補給もしたことだし、陽のあるうちにちょっと端の方を見てくるよ」

「それでしたらわたくしがご案内を」


 椅子から腰を浮かせかける狛斗を手で制して、怜乱はとことこと外へ出ていった。


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