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散画追集封妖譚 ~少年と狼の妖怪退治道中記~  作者: あまね つかさ
七/使命果たすに過ぎたる刃
55/80

7/7 回収

 涼清(りょうせい)刀の刃が胴体を左から右へと貫通する。

 (からだ)に走った強烈な衝撃は、刀が溜め込んだ邪気の濃さの証だ。


 胴を貫いた涼清刀が人型に戻ろうとするのを感じ、怜乱(れいらん)連雀(れんじゃく)の手から刀を引き剥がした。

 『()』の転身はいわば局所的な爆発である。そんなことをされれば、どれだけ頑丈にできていても無傷ではいられない。

 柄を取り意志と行動に制限を掛けると、涼清刀は口惜しげに沈黙した。



画師(えし)様──」


 自分を呼ぶ声に、怜乱は足元の連雀に目を向ける。

 しかし、何事かを口にしようとしていた彼は、続く言葉を発することなく意識を落とした。


 蒼白な顔をした彼の口元を染める赤い水玉を見て、怜乱は僅かに肩を竦める。

 怜乱の血は限界以上に圧縮された酒精だ。おそらく急性の中毒でも起こしたのだろう。


 男が窒息しないように動かしてから、怜乱はようやく刺さったままになっていた涼清刀を抜いた。

 栓を失って流れ出す血と共に糸を引くのは、刀から漏れ出した墨色の邪気だ。

 粘りつくような不快感に鼻を鳴らし、白銀の紙を荒く刀身に巻いて拘束する。


 完全に沈黙した刀を長椅子の上に放り投げて息を吐くと、怜乱は頭頂部で纏めている髪を解いた。

 髪飾りの小刀を調整して、長い髪を首の後ろでざっくりと切り落とす。

 三尺近い白銀の束を無造作にばらまくと、髪は端からほどけて銀と白の紙片となった。

 意思あるもののように舞い散る紙が血液と酒精で赤く染まるのを見ながら、怜乱は傷付けられた(からだ)や着物の手入れを始めた。



             *  *  *



 躯と着物を修復し、涼清刀に鞘を(こしら)える。力の源である血液を回収して戻ってきた紙を、髪に戻して結い直す。

 ついでに滅茶苦茶になった室内を整えてやっていると、(へや)の隅から連雀のうめき声が聞こえた。


「……う……」

「目が覚めたかい」


 声を掛けながら歩み寄る。

 近寄ってくる怜乱を、連雀はまじまじと見つめていた。

 真白い姿の頭から爪先までを何度も往復する視線は、まるで恐ろしいものを見るようだ。


「だいぶ手荒になったけれど、大事ないかな。もう少し寝ていると思ったものだから、治療はまだなんだ」


 軽く問いかけるが返事はない。

 まだ朦朧(もうろう)としているのだろうかと考えて、怜乱は上半身を起こした連雀の隣に膝をつく。


「失礼」


 軽く声を掛けて目の奥を覗き込む。

 (まぶた)に伸ばされた手を怖れるように、連雀はびくりと身を強張らせた。怜乱を見返す瞳孔は、恐怖を示すようにめいっぱい広がっている。


「──あ、」


 連雀の口から怯えた声が漏れる理由を、怜乱は何となく察していた。

 おそらく彼は、涼清刀の機能で自分の(からだ)の組成や中身を見たのだろう。

 彼は医者だ。そう剛胆な人間でもないようだし、知らない仕組みで動く()()を目の当たりにするのは、さぞや恐ろしいことだろう。それとも、あれだけあった傷が跡形もないことに驚いているのだろうか。


「僕の構造は見ただろう。まぁ、人と違うものだから、人と違う原理で動いてるんだって納得してよ」


 声をかけても、連雀はただ眼を見張るばかりだ。

 生理的な反応から神経に異常はなさそうだと判断し、怜乱は長椅子の涼清刀に手を伸ばした。


 不満げに震える涼清刀の、その鞘は早くも薄墨に染まっている。

 それを目にして、怜乱は眉を寄せた。

 連雀の治療に使う算段で、鞘にはかなり強めの吸収と浄化の呪を掛けてある。触れた邪気の濃さから、かなり容量のある鞘を用意したのだ。

 ちょっとやそっとでは染まらないはずの鞘を薄黒く染める邪気は、通常の『鬼』ならすでに十度は壊れていてもおかしくない量だった。


「涼清──」


 鞘を落としながら立ち上がる怜乱をわずかに見上げ、連雀が苦しげに刀の名を呼ぶ。

 斬り付けられる一瞬後を予想してのことなのか、それともまた別の感情があるのか。怜乱にはわからないし理解する気もない。


「君の傷を治すなら、これが一番早そうだからね。取り急ぎ処置はしたから、あんなこと(・・・・・)にはならないと思うけど」


 淡々と言って、連雀に刀を振り下ろす。

 涼清刀に躰の主導権を渡すつもりはないから、太刀筋は適当だ。気脈に沿って刃を通せばいい程度の認識で、無造作に斬る。


 怯えたように閉じられる連雀の態度は、涼清刀の不幸を物語っていた。

 涼清刀の所有者だったこの男なら、刀の機能のことなど百も承知のはずだ。

 その彼でも、刃を向けられる恐怖を押さえることができないのだ。

 それを知らぬ諸人ならば何をか言わんやである。


 固く目を閉じた男の治療を終えると、怜乱は鞘を拾い上げて涼清刀を収めた。


「じゃ、この刀は預かるよ。下紫(16日)まではこの町から一番近い宿に泊まってるから、気が向いたら迎えにおいで」


 声を掛けても、男の反応はない。

 ただ、ぽたぽたと涙を流すばかりの彼をしばらく見つめてから、背を向ける。


「──ごめんよ……」


 診療所の扉を押す背中を小さな声が追ってきて、その違和感に怜乱は眉をひそめた。




「──おまえ。使用者に何かしただろう」


 街道を歩きながら、怜乱は涼清刀に話し掛けた。


「うるさい。お前には関係ないじゃないか」


 しかし、刀は不機嫌にそう返すだけで、自分がしたことを答えようとはしない。

 その態度に、怜乱は喉の奥で笑い声をあげた。

 理由もなく、その抵抗を(わら)いたい気分だったのだ──もしかすると、邪気の影響を受けているのかもしれない。

 これは自分にも調整が必要かと考えながら、怜乱は刀に喋らせようと挑発する。


「へぇ、『()』のくせに画師(ぼく)に歯向かうんだ」

「おまえだって『鬼』じゃないか」


 不満げな涼清刀に再び笑い声をあげて、怜乱は答えない刀にあれこれと話しかけた。



             *  *  *



「疲れた。ちょっと寝る」


 帰ってくるなり寝台に倒れこんだ怜乱に、狼は驚きの目を向けた。


「珍しいな、いったいどうしたんだ。何かあったのか?」

「いや、いつもどおりだよ。ちょっと持ち主から回収してきただけ」


 寝台に立て掛けた涼清刀を頭に挿した筆で指して、怜乱は枕に顔を埋めた。

 つられて涼清刀に目をやった狼の目が丸くなる。


「おいおい、()なんだ、あれは」

「……六鹿(りっか)さんが言ってた涼清刀。信じられないでしょ、あれで稼働してたんだよ」

「あれでか? まるきり邪気の塊じゃないか。あれを相手にするなら、俺の炎の方が手っ取り早かったんじゃないか?」

「……いや、老狼(らおろう)はここにいて良かったと思うよ。やっぱり」


 鼻面に皺を寄せる狼に答えながら、怜乱はもそもそと髪を解いた。

 ざらりと金属音を立てて流れ落ちるのは、癖一つない銀の髪だ。その中に混じる一筋の黒に目を留めて、狼はそれをつまみ上げた。


「? 怜乱、お前いつの間に黒髪なんか生やしたんだ?」

「あぁ、それを探そうと思ってたんだ。ついでだから抜いてくれる?」


 言われるまま、狼は細い鋼線ような感触の髪を引いた。

 ぷつりと軽い抵抗を残して抜けたそれは、一拍の間を置きはらりと解けて広がる。

 掌の中、闇で塗り込めたような紙からひしりと押し寄せてくる気配に、狼は(たてがみ)を逆立てた。


「何だ、これは」

「涼清刀から移された邪気を()に固めたもの。浄化に時間が掛かりそうだったから、老狼に頼もうと思ってさ」


 短く答えて、怜乱は老狼の手元を見上げた。

 本来は自分の髪と同じ色であるはずの紙片は、隅から隅まで光沢のない黒に染まっている。

 涼清刀に斬り付けられ、しばらく串刺しになっていただけであれだ。これからの作業を思うと頭が痛い。


「確かに、これはいかんな。小さい(むら)ならこれ一枚で残らず発狂させられるぞ。ついでに強烈な疫病のおまけ付きだ」

「ほんとにね。外からならどうとでもなるけど、さすがに内側から侵蝕されるのは厭なものだよ」


 鼻面に皺を寄せた狼が跡形もなく紙を焼き尽くすのを確認して、怜乱は枕に頭を埋めた。

 とりあえずは一寝入りして、躯の修復を完全にしてしまいたい。


「ありがとう。じゃあ、僕はしばらく寝るから」

「応よ」


 彫像のように動かなくなった怜乱をひとしきり眺めて、狼はふいと息を吐いた。

 怜乱がそういった話題を嫌うから口には出さなかったが、灼き切った邪気のほとんどは邪淫の類だ。あの刀がどれだけ長い間それを溜め込んでいたのかは知らないが、尋常でない量であるのは間違いない。

 ほんの少し涼清刀の過去に思いを馳せて、狼は緩く首を横に振った。


「ご苦労なことだな」


 長い尻尾で少年の上を払って、僅かに残っていた邪気を祓っておく。

 そして自分の寝台に長々と寝転ぶと、うとうとと目を閉じて眠りだした。



           ──────【八/使命果たすに過ぎたる刃・了】

 






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 この話のスピンオフ話・【※R-18※ 狂刃~拾った刀に迫られてどうしたらいいのかわかりません】をムーンライトノベルス(https://novel18.syosetu.com/n8570eq/)にて掲載しております。

 独り立ち前の連雀が涼清刀を拾ってからこの話までと、次の余話の直前までを描いたお話です。

 18禁な上にBLなお話ですが、連雀をはじめとする普通の人達の生活や涼清視点からの画師達の生態(?)などが垣間見られる仕立てとなっております。

 18歳以上で拒否反応のない方、よろしければご覧くださいませ……!

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