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散画追集封妖譚 ~少年と狼の妖怪退治道中記~  作者: あまね つかさ
七/使命果たすに過ぎたる刃
52/80

4/7 口論

 怜乱(れいらん)が診療所に着いたのは、昼少し前のことだった。


 通常、小さな町の医者というのは、他の人たちの働いている午前中を生活時間、午后(ごご)からを診療時間としていることが多い。

 だから診療時間の前に訪問しようと考えて早めに宿を出たのだが、道中少しばかり面倒ごとに巻き込まれて遅くなってしまった。



 赤い日月旗の掛けられた門は、まだ内側から閉ざされている。

 扉を(たた)こうと手を上げかける怜乱だったが、近寄ってくる気配に手を止めた。


 ──昨日の刀だ。


 特に警戒もしていなかったのだろう。扉の向こうの訪問者に気付いた様子もなく、(かんぬき)が外される。


 扉から顔を覗かせたのは、薄い金色の髪をした、怜乱より半尺(15㎝)ほど背の低い少年だ。


「──やぁ」


 声をかけると、少年は驚いたように目を見張った。

 まだ子供と言っていい面立ちの中、翠玉のような瞳が揺れている。

 明るい色をした大きく肩の開いた服は彼の付属物ではなく、人の手で縫われたものだ。主人の趣味か本人の趣味かは分からないが、彼の出で立ちは『()』としてあまり好ましいものではなかった。


 炎では、肩の開いた服は富裕層の女性が着るものだ。

 いくら華奢な体つきの子供の姿であっても、彼は男性形を設定された『鬼』である。ただでさえ、こういった外見年齢の『鬼』は慰みものにされやすいから、女性的な要素はなるべくなら廃するべきなのだ。

 ましてや、涼清(りょうせい)の読みは両性(・・)に通じる。そういう名を持つものに着せる衣服としては、(はなは)だ好ましくない。


 ──それに、彼にまとわりつく邪気ときたら。


 眉を寄せた怜乱を睨みつけ、少年は乱暴に扉を閉めた。

 軽い足音が走り去っていくのが聞こえる。


「どうにも、招かれざる客らしいよ」


 呟いてから、怜乱は呆れたように首を振った。


「……そうだ。老狼(らおろう)は置いてきたんだっけ」


 その場に狼がいたら、()いてこなくて良いと言ったのはどっちだと文句をつけたに違いない。

 少しばかり考えるようなそぶりで首を振って、怜乱は閉ざされた扉に手を掛ける。



             *  *  *



 きぃと小さな音を立てて開かれた扉の向こうは、すぐ待合になっていた。

 十五(じょう)程度の広さの、明るく風通しの良い(へや)だ。入り口の低い衝立(ついたて)の向こうには長椅子が三脚と、壁際には折りたたみ式の椅子が何脚か置かれている。奥の右手側には受付らしき台と整然と並べられた何らかの書類、そして奥へ続く扉がある。

 長い間大切にされてきた建物なのだろう。はめ殺しにされた硝子(がらす)窓は細かい傷に多少濁ってはいるものの、(さん)(はり)には(ほこり)一つない。


 誰もいない室内に怜乱が足を踏み入れると、板張りの床がきしりと音を立てた。

 壁に目をやれば、額に入った允許(いんきょ)が目に入る。この診療所の主がそれを手にしてからは十年と少し。研修期間と任期の両方がちょうど終了した頃である。


「こんにちは、診察ですか、それとも薬方ですか」


 来訪者の気配を感じたのだろう。受付に開けられた小窓から、どこかぼんやりとした男の声が聞こえてくる。


「いや、別に()(もら)うつもりはないんだ。封妖画師(ふうようえし)が来た──といえば、分かってもらえるかな」


 怜乱が応えると、奥の部屋からごとんと鈍い音がした。続いて、ばたばたという慌てた足音。受付の向こうにある扉が、何度かがたがたと揺すられる。

 慌てすぎて戸の開け方すら思い出せないのだろう。押したり引いたりする音が何度か聞こえたあと、ばんと大きな音がして乱暴に扉が開けられた。


画師(えし)様……?!」


 奥から飛び出してきた男は狭い待合に怜乱の姿を認めると、鬼神すら尻尾を巻いて逃げ出しそうな、必死の形相で飛んできた。長椅子を一気に二つ飛び越えて、怜乱の肩を捕まえる。


 己の肩を掴む手に覚えのある邪気を感じて、怜乱は少しばかり眉を寄せた。


 昨日刀を握っていた男に違いないのだから、彼が連雀(れんじゃく)という医者なのだろう。

 中肉中背の、どこにでもいるような青年だ。まだ二十代後半だと聞いていたが、ひどく草臥(くたび)れたようすに十歳以上年を取って見える。短く切りそろえられた焦茶の髪は艶がなく、目の下にはうっすらと(くま)が浮き、肌は荒れて病人に近い色をしている。

 彼に纏わりつく邪気は、六鹿など比べ物にならないほどに濃い。きっとそのせいで体調にまで異常をきたしているのだろう。


 連雀は、怜乱の髪に挿された細い絵筆を確認するや否や、半ば叫ぶようにして懇願した。


「画師様、お願いです、あの子を──涼清(りょうせい)を助けてやってくださ──ッ!」


 しかし、その懇願が最後まで口にされることはなかった。


 不意に、男が息を詰まらせて()()って、怜乱の肩を掴んでいた手が乱暴に引き剥がされた。

 帯を固く掴む小さな手の感触に、連雀の顔から音を立てて血の気が引いていく。


「──り、りりりり涼清!」


 完全に裏返った声で少年の名を叫ぶと同時にその手を振り払い、彼は待合の端まで飛び退(すさ)った。

 涼清と呼ばれた少年は、さも傷ついたかのように眉を寄せる。


「御主人様、そんなに驚かれなくてもいいでしょう?」


 振りほどかれた手を悲しそうに眺め肩を落としながら、少年はゆっくりと連雀に歩み寄る。


 連雀はおろおろと視線を彷徨わせて必死に逃げ場を探していたが、壁近くまで逃げてしまった彼にそんな場所など残されていない。

 涼清はそんな彼の前に膝をつき、優しく肩に触れた。連雀の肩が、怯えたようにびくりと跳ねる。


「り、涼清……なんで……」


 視線の圧力に負けたのか、連雀は途中で言葉を切った。ただ、怯えたように目を見張り、息を呑む。

 そんな主人を威圧するように、少年は連雀に顔を寄せた。唇が触れそうなくらい近くで、低く囁く。


「……御主人様、あの方が、なんですって?

画師(あいつ)に余計な情報を与えないでくださいよ)」


 耳から届けられた声と体の中を伝う声、両方の言葉が同時に連雀の頭の中で意味を結ぶ。

 それはさながら表の声と裏の声だ。威圧的にかけられる声に、連雀は必死に抵抗した。


「何、って……涼清、ぼくは君を治してもらいたいって思って」


 そんな主人の言葉に、少年は身震いして目を潤ませた。


「御主人様は、僕がおかしいっておっしゃるんですか? 御主人様にそんなこと言われるなんて、僕、悲しいです。

(御主人様はあれがどういうものか、ご存じないでしょう。僕は、あれに引き渡されるなんて、厭です)」


 壁に肩を押しつけて連雀が動かないように拘束しながら、少年は哀れっぽく懇願してみせた。

 彼が口にする言葉は主人を責めるものだが、掌の振動で語るもう一つの言葉は彼と離れたくないという主張だ。


 少年の言葉に、連雀の心がわずかに揺れる。何しろ十年近く共に過ごした相手なのだ。情が移らないはずがない。


 だが、しかし。

 このまま彼と共にいても、彼の行動が良くなることなどないのは明白だった。


 はっきりしない記憶の中でも、彼の『治療』がだんだんと異常性を増していることを、連雀は察していた。

 肩や背中には常にずっしりとした何かが乗っているようで、気がつけば寝所でぐったりしていることが増えた。いくら疲れを涼清刀の能力で祓ってもらっても、体の芯にまとわりついた疲労は消えることがなかった。以前は、こんなことなどなかったはずなのに。


「だって、最近の君はおかしいよ。昔は人を斬っ(なおし)ても、悪い血が少し飛ぶ程度だったのに。最近、傷の治りが遅くなってるの、わかってる? きっと機能に何か問題があるんだよ」

「……何を言っておられるんですか? 僕の機能に問題なんてありません」


 少年は頑なに首を縦に振ろうとはしない。

 しかし、少年の異常を感じている連雀も、断固として譲るわけにはいかないと思っていた。画師と巡り会えることなど、たとえ今から何百年生きていたとしても、金輪際あるはずのない偶然なのだから。


 故に一見説得のような連雀の言葉は、その場にいる怜乱(れいらん)に向けられたものだった。彼は少年が自分の制御下にないことを、嫌というほど知っている。


「涼清。医者(ぼくら)だって、具合が悪いときには他の医者に診てもらうんだ。君がどう思っていたって、画師様の目で見れば、悪いところが見つかるかもしれない。悪いことはいわないから、画師様にお願いしてみようよ」

「……厭です。ねえ、御主人様。僕はそんなにお邪魔でしょうか。御主人様のお役に立てていないのでしょうか。そうでないなら、僕を画師(あんなもの)に引き渡すなんて、おっしゃらないでください」


 二人のやりとりを黙って聞いていた怜乱は、会話の雲行きに眉をひそめていた。

 いくら創られたものとはいえ、『鬼』にも感情はある。主人を慕うようにできているものだから、ある程度別れを悲しむのは当然のことだ。

 しかし、涼清刀は主人と別れたくない一心で、当の主人である連雀を脅しているようだった。


 『鬼』はもともと、対外的な仙術を使うことを禁じられた画師の補助をするために創られたものだ。その性質上、使用者には絶対服従するように設定されている。

 主人からの命令であれば、たとえそれが自己の破壊に繋がるものだとしても──それどころか、直截に死ねと言われてさえ、諦め顔で機能停止するのが『鬼』というものなのだ。


「そうじゃないよ涼清、違うんだ、君が邪魔なわけじゃない、ただ」

「じゃあ、どうしてですか? 『(ぼく)』には──僕には、御主人様が必要なんです。御主人様は、僕が必要ないって、そうおっしゃるんですか」


 しかし、彼らの会話は、力関係が完全に逆転しているようにしか見えなかった。

 本来ならば、こんなことはあり得ない──いや、あってはならないことだ。

 いくら主人の気が弱かろうが流されやすい性格であろうが、『鬼』は主人に願い事すらできないように縛られている。もちろん、造り手によって多少の揺れはあるが、それでも命令したり、主人の意思に反して行動するようなことは許されていない。


「違う、君がいらないなんて思ったことはない。ぼくは涼清に治ってほしいって、そう思って」


 必死に言い募る男の顎を、少年はそっと両の手で押さえた。


 それは男を宥めようとする仕草のようだったが、よく見れば少年の細い指は男の顎の骨をしっかりと押さえつけ、喋ることができないように拘束していることが判る。


「ご主人様、だいぶ具合がお悪いようですね……しかたないなぁ、治療(・・)しなくちゃ」


 目を細め、にこりと(わら)った少年の、両の掌が白熱する。


 ──閃光。


 少年の掌から、視界が白く反転するほどの光が室内に(あふ)れる。


 

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