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7/7 一件落着!

 どぉん、と鈍い音がしたのはその日の夕方だった。


「あの白いちび助はいるかー!!」


 相変わらず結界は破れないらしく、門の前で吼える声がやかましい。

 なぜだか酌をするとしつこい小鳥たちに囲まれて杯を傾けていた怜乱は、髪に挿していた筆を懐にしまいながら立ち上がった。


「さて、じゃ、お手並み拝見と行きますか」

「俺はどうする?」


 楽しげなようすの怜乱に、同じく小鳥たちに囲まれている老狼が問いかける。


「老狼の手は特に必要ないかなぁ。まぁ、宿が壊れたらいけないし、さっきみたいに柚林の補助でもしてあげてよ」

「ではそうするとしよう」


 回廊をのんびりと歩く二人を、何としてでも自分が先に出ておきたいらしい柚林が猛然と追い抜かしていった。



 大門までたどり着くと、そこには朝方の三匹の他に、虎が二匹と狒々(ひひ)が一匹、それに蜥蜴(とかげ)か何かの爬虫類が三匹ばかり増えていた。

 怜乱は満足げに口の端を上げると、紙束から何枚かをより分けてから表へ顔を出す。


「やぁ。お望み通り出てきたけれど」

「いるならさっさと出てこいや! 待ちくたびれただろうが!」

上々(シャンシャン)大公(さま)、落ち着いてください」

「あぁ?! 親分と呼べと言っただろう、親分と!」

「ぎゃっ、すいませんオヤビン!!」


 ことさらにゆっくりと歩み出てくる怜乱を目にして、すでに頭に血が上りきっているらしい妖熊が大声を上げた。

 腰巾着の狐がそれを押しとどめようとするが、朝にも見たようなやりとりで頭を殴られている。


「皆さん、打ち合わせ通りにお願いします!」


 それでも頭を押さえながら立ち上がり、狐はけーんと高く声を上げた。

 合図と共に、虎は駆け出し狒々は飛び、蜥蜴連中は滑るように怜乱の背後へ回り込もうとする。


 寄って(たか)って押さえ込んでしまえという思惑が透けて見える陣形に、怜乱は口の端を上げた。

 左右から挟み撃ちしようと向かってくる虎を垂直に飛んで避け、頭上に落ちてきていた狒々(ひひ)の両腕を掴んで地面に叩きつける。

 正面衝突を避けようと身をよじる虎を蹴り倒しながら着地すれば、そこには足元を掬おうと向かってきていた蜥蜴たちがいた。


 ずしんと重い音があたりに響き、みしりと鳴った骨に悲鳴を上げたのは下敷きにされた虎と蜥蜴たちだ。

 五匹の上に優雅に腰を下ろしながら脚を折っていく怜乱の姿に、大将を気取っていた熊がびくりと怯えた顔をした。


 五匹の脚を折り終えた怜乱は怯む熊に音もなく詰め寄り、その下顎を打ち上げる。

 空高く吹き飛ばした熊には目もくれず、逃げようとしていた狐と兎の首根っこを捕まえて、怜乱はくるりと後ろを振り向いた。その目の前に、目を回した大熊猫(ぱんだ)がどさりと落ちてくる。



             *  *  *



「……さて、君たちはひとに迷惑を掛けたのは判ってるかな」


 妙な材質の縄で縛られた猛獣たちは、一様に怯えた顔で怜乱のことを見上げた。


「い、いや、俺たちはそこの旦那に(そそのか)されただけで」


 最初に声を上げたのは狒々(ひひ)(あやかし)だ。


「ふぅん?」

「だ、だから見逃していただけませんかね?」


 眉を上げる怜乱に、狒々は媚びるような笑みを向ける。


「で、なんて言って唆されたの?」

「そ、それは……」


 熊と狐に視線を投げながら、狒々は口籠もった。


「話す気はない……と。まぁ、どう答えても君たちを野放しにする気はないからどうでも良いんだけどね。どうせ、僕を倒して結界を壊せば、中は小動物ばかりだし好き放題できるとかその程度の話でしょう。それでいずれ人里を支配下に置いて何かしようとか言われて調子に乗ったんじゃないの」


 怜乱の推測はほぼ正解らしい。猛獣たちはびくっと背筋を振るわせて小さくなった。


「で、そこの大将気取り。何か申し開きは?」

「うう……くっそう……なんなんだその馬鹿力は……お前、人間じゃないのか」

「さぁね。転変はできないけど、こういうことはできるかな」


 怜乱が懐から取り出した銀色の紙に、猛獣たちの目がまん丸に見開かれる。

 黒一色で描かれた見覚えのある絵姿は、かつて自分たちが逃げ出したはずの檻だ。


画師(えし)……!?」

「何で! 筆はどこにも身につけてなかったはずだ」

「騙したな!」


 見覚えのない相手がそれを持っていることに動揺して騒ぎだした面々を、怜乱はひと睨みで黙らせた。


龍筆(ふで)は人間用の目印ってだけで、君たちに提示する義務はないよ。まぁ、一旦封じられたってのに何の反省もしていないみたいだし、人の世が終わるくらいまでは眠りについてもらおうか」

「くそっ、末代まで呪ってやるからな!」

「絶対復讐してやる!」


 呪いの言葉を吐く猛獣たちを次々と絵姿に封じて、怜乱は狐の前にしゃがみ込む。

 狐は媚びるような目で怜乱を見上げた。


「あ、あっしは何も……」

「最初にここに来たのは君だよね」


 何か言いかけていた狐を遮って、怜乱は狐の細い瞳孔を覗き込む。

 小鳥程度なら射落とせそうな視線に押されて、狐は続く言葉を口にできずにただ耳を寝かせた。


柚林(ゆうりん)に聞いたよ。割と昔からちょっかいを出してたみたいじゃない。あの熊に出会って、(そそのか)したんでしょ」

「……ち、ちが……」

「さっきの七匹。あの熊は多少下心があるけれど、それ以外は皆、強い相手とやりあうのが好きなだけの連中なんだよね。封じられた理由も大体それでやりすぎたか、あとは今回みたいに唆された末の連座だな。まさか二度同じことをするとは思わなかったけれど」

「…………」

「うん、ここの温泉は凄いと思うよ、僕も良いなと思ったし。でも、正当な手続きでここを手に入れた相手を蹴散らして、そこに納まろうとするのはいけない。ましてや、誰かを唆して尻馬に乗ろうなんてのは」

「あ、やめて、ほんと反省してますから!」


 懐に手を入れる怜乱を見て、狐は地面に鼻面をすりつけて平伏する。

 そんな狐に、怜乱は冷たい目を向けた。


「反省って、口先だけならいくらでもできるんだよね。そんなに封じられるのが厭なら、しばらく首輪でもつけて生活する?」

「は?! 誰がそんなこと──」


 牙を剥きだし呻った狐に、怜乱は人の悪い笑みを浮かべた。


「化けの皮のかぶり方が下手くそだね」

「──畜生!!」


 龍筆を髪に挿して紙束を揃えながら、怜乱はことの成り行きを見守っていた柚林(ゆうりん)に声を掛けた。


「さて、これにて一件落着、でいいかな」

「! ありがとうございます……!」

画師(えし)様!」

「画師様、ありがとうございます!」

「おかげでもうこわい思いをしなくてすみます……!」

「……こんなにいたのか……」


 柚林が返事をする前に、押し寄せてきた小妖たちの数に、怜乱は目を丸くした。

 百匹はくだらない小鳥と小動物の妖たちは、怜乱を囲んで嬉しそうに騒いでいる。

 皆怜乱の肩くらいまでしかない小柄な姿をしているが、数で押されては少しばかりたまらない。


「柚林(さん)、ちょっとこの子達何とかしてくれない?」

「あ、は、はい! 皆! 画師様にご迷惑をおかけしてはいけません。離れて!」


 柚林の一言で、小妖たちははっとした顔で怜乱から離れて整列した。

 近寄ってきた柚林は、怜乱に向かってばっと頭を下げる。


「画師様! 本当にありがとうございました。これで皆と宿を続けていけます……!」

「いや、礼を言われるようなことじゃないよ。悪い妖を封じるのは僕の役目だしね。あと、この兎はどうしようか。あんまり悪意を感じなかったから、封じずにいたんだけれども」


 怜乱に指を指されて、だるそうに転がっていた兎は僅かに顔を上げた。

 灰色の兎をしげしげと見つめて、柚林は困ったように眉を寄せる。


「……やっぱり、灰白(かいはく)。あなた、どうして」


 絞り出すような柚林の呟きに、兎は耳を揺らめかせてそっぽを向いた。


「……あんまり見ないでくれるかい? こっちの姿は割と恥ずかしいんでね」


 人型を取れるようになった妖の中には、原形でいることを恥じるものが多い。

 それを思い出して、柚林は慌てて兎から目をそらした。

 

「あ、ご、ごめんね。画師様、灰白は私の知り合いなんです。縄を解いてあげても構いませんか」

「いいよ。最初から縛り上げる必要は特に感じていなかったんだけど、それでこの場からいなくなっても面倒だと思っていただけだから」


 怜乱が手を叩くと、兎を縛っていた縄はするりと解けて紙に戻る。

 戒めを解かれた兎は、いささか恥ずかしげに躰を揺すった。


 だるそうな目つきをした長身の女に変化した兎に、涙をうかべた柚林が抱きつく。


灰白(かいはく)、無事で良かった……! 助けてあげられなくてごめんね」


 ぐすんと鼻を啜る柚林の視線から、彼女は気まずそうに目を逸らした。

 片足を上げかけて、思い出したように手を長い灰色の髪に片手を突っ込んで、がりがりと引っかき回す。


「いや、掴まっちまったのはあたしの責任さ。あんたに迷惑を掛けたのは、申し訳ないと思ってるよ。すまなかったね」

「……そんなこと! 灰白はあいつらの術を補助をするていで、術の威力を弱めたりしてくれてたじゃない。あいつらに引きずり回されてる間も、何かしてくれていたんじゃないの」

「買いかぶりすぎさ。あいつらが何かと雑用を押しつけてくるから、殺されない程度に手を抜いてただけだよ」

「うぅ、それでもいい。結果的に、私はかなり助かったんだから。そうだ、灰白も宿(ここ)においでよ。私が結界を張ってるから、この中は安全だよ」


 名案だという顔をしている柚林を見下ろして、女は少し考え込む。

 興味津々といった顔で自分たちを見ている小妖たちと宿の建物、そして何やら会話をしている怜乱と老狼を順番に眺め回し、首を横に振った。


「……いや、そういうのはちょっとね。あたしゃ今までどおり、山野を駆け回ってる方が楽しいからさ」

「そう。じゃあ、せめて何日か泊まっていきなよ。熊にこき使われて疲れてるでしょう」

「……そういうことなら」


 女が頷くのを確認して、柚林はようやく彼女から腕を解いた。

 そして、後ろでことの成り行きを見守っていた客人に深々と頭を下げる。


大神公(たーしぇんくー)、画師様、このたびは悪漢退治のみならず、知己までお助け戴き、本当にありがとうございました。我ら一同、心よりのおもてなしをさせて頂きたいと存じます。どうかごゆるりとお過ごしください」

「いや、だから、そんなに丁寧にしてくれなくても良いんだって」

「そうだそうだ。俺なんか後ろで見ていただけで、何もしていないぞ」

「いえ、そう仰言(おっしゃ)らずに。臣共(われわれ)は本当に助かったんです。まさかあれだけ郎党がいるとも思いませんでしたし、我々にはこれ以外にご恩返しをする手立てもないんです。どうか」

「恩返しって言われてもなぁ……」

「なぁ……」


 ぐいぐいと柚林に迫られて、少年と狼はいささか居心地の悪そうに首の後ろに手をやったり尻尾を振り回したりした。

 そうして少しばかり沈黙が続いたあと、怜乱がふと思いついたように手を叩く。


「! そうだ。柚林(さん)、ここに妖封じの罠をいくつか仕掛けさせてもらっても良いかな。発動は君の意志に任せるし、たまにここに寄って回収しに来るから」

「あ、はい。そういうことなら、願ってもないです……!」


 怜乱の提案に手を叩き、柚林はとびきりの笑顔を浮かべた。



             *  *  *



 その後、時折この地を訪れるようになった怜乱たちは、そのたびに豪華になっていく宿に目を剥くことになるのだが──それはまた別の話である。


              ───────【四、泉に網張る深山の旅籠】

◆次話案内◇

 突然降りだした雨をしのごうと、少年と狼は大樹の下へと逃げ込んだ。

 雨が止むのを待つ二人に、声を掛けてきたのは異様な風体をした男。

 彼が話す昔の話と、その望みとは──次話、『樹下鬼譚──きのしたのきのはなし・暢揺──アメノハラ』。上下2回です。

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