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5/6 燐光

 指の先で人間が自分の名を呼ぶのが判った。


 こんなに早く気付かれるとは思わなかった。

 正体に気付かれるという事は、また火をかけられるのと同義だ。

 そうなっては(たま)らない。

 まさかあれが自分の正体を知っているとは。


 拘縲(こうるい)(おぞ)ましい過去を思い出して戦慄する。

 この身が再び火に炙られるところなど想像したくもない。


 ──仕方ない。


 ちょうど、夜烏(よがらす)の大群が上を飛んでいる。

 大して腹は膨れないし人間ほど美味くもないが、多少なりとも腹の足しにはなる。


 拘縲は、狙いを定めて腕を伸ばす。



 狼は、ここで空を見上げた。


 銀色の腕は狙い違わず、夜烏の首を捕えては空から引きずり落としていく。

 仲間の悲鳴に、大群は一斉に警戒の声を上げ始めた。


 怜乱(れいらん)もその声に気がついて空を見上げる。


 穴のような空に銀色の筋が(はし)ったかと思うと、もう次の瞬間には鳥が消えている。

 落とされた烏は下に広がる樹木の枝葉に触れると、血をしぶかせ黒い羽を()き散らし、形を失っていった。


 咀嚼(そしゃく)音とすら言えない連続した鈍い音が空気を震わせている。

 骨も肉も全てをごちゃ混ぜに細断し、()き潰す鈍い音が降ってくる。


 森が明るいのはその、挽き潰された骨とも肉ともつかないものが枝葉にこびりつき、(りん)光を発しているせいだった。

 昼間とも変わらない明るさのそれは、すでに燐光と言うよりも燐火に近い。


 怜乱にはその明るすぎる光が恨みの色に見えた。


 あれを封じることの出来なかった過去の自分に対して、災いの元凶となったことを責めている。


 ──そう。

 力及ばずとはいえ、あれを封じることをせず消滅させるという安易な手を選んでしまったせいで。

 拡散した魂は別の記憶を取り込んで、より厄介な存在として復活してしまったのだ。


 封妖画師(じぶんたち)はそれをさせないために存在するというのに。



             *  *  *


 

 ――次はお前たちの番だ。


 見せつけるように烏の群を喰らい尽くして、拘縲(こうるい)はとりあえず満腹する。

 やはり人間には到底かなわないが、それでも飢えた腹は満たされた。


 放心したように空を見上げている人間と狼を確認して、拘縲は笑うように枝を打ち震わせる。


 いくら封妖画師が自分に気づこうが、この森全体が彼そのものだとは夢にも思うまい。

 炎に焼かれた昔の自分とは違うのだ。


 大層な肩書きを持っていたとしても、所詮相手は人間である。

 ぼうっとしているうちに()め殺してしまえばいいのだから、怖れるほどのものではない。


 狼の着ている服の模様が気になりはしたが、彼はそれを黙殺することにした。


 ──しかし、拘縲はここで一つ、大事な事を見逃している。狼が転身した時に、辺りに広がったのは何だったのか。


 拘縲は狼がしがみついている枝を腕の形に変化させた。


 それに気付いてぎょっとした表情を浮かべた狼は、少年をかばうように抱え直す。

 地面へ逃げようと考えたのかちらと下を見ているが、樹々の下の地面には、密生した下草のような腕が待ちかまえている。


 風に吹かれたようにざわめいている腕は、辺りに満ちる燐火を反射してちらちらと輝いていた。

 一目見て下に降りれば握り潰されてしまうだろうと理解できる状況に、狼が躊躇(ちゅうちょ)の表情を見せる。


 その隙を突いて、拘縲は狼の腕に抱かれた少年もろとも、銀色の腕を絡めて力一杯握りしめた。


 苦しいのか諦めたのか、狼は大した抵抗もせずに空を仰ぐ。


(……!)


 拘縲はその時になって初めて、狼が抱える少年は精巧に作られた人形だという事に気がついた。


「残念だったな。木のバケモノ」


 狼が口元を歪めて、喉の奥で低く唸る。


 

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