0/6 夜陰
拘縲はしなやかな腕を伸ばした。
暗闇の向こうに人がいる。
彼、は何も気付いていない。
人間の散漫な注意力では、己の前方たかだか百二十度の危険を察知するのが精一杯だ。
ましてや、それが足下に潜んでいるなどとは想像も及ぶまい。
彼らは地面が絶対だと思いこんで過ごしている。
──何にしろ、彼はこれからそんな注意を払う必要もなくなるのだが。
それでも拘縲は、彼に気付かれないようにそっと近付いていった。
ごくたまにだが、敏感な者が自分の存在に気付くときがあるからだ。
他に誰も居ないのは判っている。
この周囲はすべて彼のモノだ。
──それでも、なるべく声を上げられないように。
音もなく腕を男の足に絡ませると同時に、もう一本の腕を首に回し、素早く締め上げる。
突然に躰の自由を拘束され、男は声にならない悲鳴を上げた。
そして見た。
大地が弾ける勢いで、土の中から下草の間から、冷たい銀色に光る腕が飛び出すのを。
腕は痙攣するような動きを見せながら、潮騒を思わせる音と共に接近してくる。
ざわざわ、ざわざわ、ざざあ、ざ。
地面から生えた腕は様々な長さがあったが、全て右手で、どれも作り物じみていた。
その上、鉛のようにずっしりと重く冷たく、指は刃物のように鋭かった。
鈍く輝くその指で、拘縲は彼の躰を握り締める。
肌と肉を割くぶつぶつという気味の悪い音は、彼の耳に届くよりの先に骨を通して体に響いた。
彼は苦痛と驚愕の悲鳴を上げようとした。
だが、それは、くぐもった断末魔の悲鳴と共にそっと咽の奥に押し戻される。
……細い三日月の晩の事である。




