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4/6 雷玉

 狼はほんの少し、空を仰いだだけだった。

 濡れた鼻先に青白い火花が襲いかかっても、毛皮の一筋どころか着物の裾すらそよともしない。


 狼の体内を一直線に通る雷撃を、雷玉(らいぎょく)ははっきりと知覚していた。

 (しの)ぐとか逸らすとか、そう言った小手先の技術などではない。

 落ちてきた雷気を鼻先で受け止め地中深くに散らせた狼の技は、雷玉の理解を超えている。


 呆気に取られ幾分大人しくなった雷玉に、狼はのんびりと話しかけた。


「気は済んだか」


 ぽかんと口を開けていた雷玉は、燃えるような殺気の籠もった目で狼を睨み付けた。

 何事か言わんとして口を開きかけるも、言葉を見つけられないのだろう。再び口を閉ざす。


 そのかわり、足下から頼りない声が上がった。


「ら、雷玉を返してください」


 そういえばもう一人小さいのがいたと思い出して、狼は声のするほうに視線を向けた。


 狼の足元では、水の色をした少年が飛んだり跳ねたりしている。

 青ざめた顔をしながらも、けなげに狼の手から少女を取り戻そうとしているらしい。

 だが、彼の身体能力は人間の子供とそう変わりがないようだ。

 少女の体に触れるのをためらっていることも手伝って、彼の努力は何の成果も上げていなかった。


襲玉(しゅうぎょく)、なにやってるんだ。あんたには画師(あいつ)を何とかしろって言ったじゃないか!」

「だ、だって僕、雷玉のことが心配で……」


 それどころか、助けようとした少女にまで睨み付けられて泣きべそをかく。


「ああもう、役立たず役立たず役立たず! 何でいつもそんななんだ。もうちょっとシャキッとしろ、シャキッと!」

「そんなこと言われても……雷玉……」


 しゅんと肩を落としてしまった少年が哀れになって、狼は彼に声を掛けた。


「なあ、そんなにこのお嬢ちゃんのことが大切なのか?」


 自分の身長の倍ほど高いところから声を掛けられた襲玉は、一瞬怯えの色を浮かべる。

 しかし、宙づりのまま暴れている雷玉を何とか助け出したいのだろう。

 胸の前で拳を握りしめて、懸命に声を絞り出した。


「は、はい。雷玉は僕の大切な人なんです。ちょっと怒りっぽいけど、どうか(いじ)めないでください」


 彼は雷玉のように、相手の力量が測れない訳ではないらしい。

 白くなるほど握りしめられた拳が震えている。


「だが、坊主だって(あやかし)だろう? 画師(えし)の前に顔を出しておいて、それはないんじゃないか。

 それとも、お前さんではこのじゃじゃ馬を引き留めきれなかったか?」

「じゃじゃ馬って言うな!」


 老狼(らおろう)の手の中で、癇癪を起こした雷玉がじたばたと暴れる。

 振り回される雷玉の脚を顔面に食らって、襲玉は涙目で二三歩後ずさった。


「あーあ。大丈夫か? お嬢ちゃん、あんまり連れを困らせるもんじゃないぞ」

「うるさい! そんなところにいる襲玉が悪いんだ。

 そんなことより、放せ放せ、放せったら!

 画師に(くみ)する裏切り者が、口出しするんじゃない!」


 雷玉が叫ぶたびに、びしびしと音を立て雷撃が撒き散らされる。

 狼は困り顔の襲玉に同情の目を向けてから、少し前からちょいちょいと自分の背中をつついてきていた怜乱(れいらん)を振り向いた。


「ん、どうした。もう良いのか?」

「はい。このまま老狼が彼女を捕らえておいてくれるなら、一呼吸で済むのですが」


 怜乱の言葉に雷玉が髪の毛を逆立てる。


「お前なんかに捕まってたまるもんか!」


 掌の中に雷を溜めると、一声叫んで打ち出した。


「……仕方ないなぁ」


 至近距離で打ち出された雷撃を手にした紙で弾きながら、怜乱は狼に首根っこを捕まえられた雷玉を眺める。


「老狼、せっかく捕えていただいたところ申し訳ないのですが、ちょっと放してやってくれませんか」

「いいのか? そんなことをしても。簡単に封じられる機会じゃないか」

「はい。しかし、彼女はそんなことではきっと納得しないと思いますので」


 怜乱は少し首を傾げ、狼を見上げた。


「だろうな。しかし、どちらにしろ封じることに変わりはないのだろう?」

「はい。……ですが、できれば納得ずく、もしくは負けを認めさせた上で封妖し(ふうじ)たほうが、効果が高いんです」

「なんだそりゃ?

 ……まあ、よく解らんが、そう言うことらしいぞ嬢ちゃん。放してやるから精一杯頑張ってみな」


 ようやくのことで地面に降ろされた雷玉は、複雑な表情をしている襲玉の腰を(さら)い、羚羊(かもしか)の精もかくやといった跳躍力で飛び離れた。

 空き地の端まで間を取り、襲玉を背に庇いながら吼える。


「さっきはよくも恥をかかせてくれたな! 今度こそ目にもの見せてやる、覚悟しろ!」

「ら、雷玉。そんなことしてないで、逃げようよ」


 構図は出会ったときに戻っていたが、雷玉の怒りはいや増していた。

 怒り狂った獣そのものの雷玉を、襲玉には止める術がない。

 おろおろと着物の裾を引っ張ってくる相棒の頭をびしりと叩いて、雷玉はきっと怜乱たちを睨み付けた。


「うっさい。私がやるって言ったらやるんだ。襲玉は黙って言うこと聞けばいいんだ。

 襲玉、私の力じゃあの裏切り者に太刀打ちできないんだから、あんたはなるたけそっちを止めな。

 あの似非(えせ)画師を何とかしたら、加勢する」

「……わかった」


 渋々の表情でそれを受け入れた襲玉は、困ったように頭を掻いた。


「……でもさ、僕もそんなに地の眷族(けんぞく)に対して強い訳じゃないんだよ。狼さん、強そうだし……」

「うっさい。そんなもん、気合いとか根性で何とかしなさい!」

「そ、そんな無茶な」


 雷玉の無茶な物言いに、襲玉は再び泣きべそをかいた。


 ──妖というのは天地の精だ。

 発生の仕方は違えども、力を溜める方法は、基本的に天地の精を集めることである。

 単純に言い切ることはできないが、妖の力というのは概ね、これまで生きてきた時間に比例するようにできているのだ。

 どう見ても歴然としている力の差は、根性論で何とかできるようなものではない。


 それを(わきま)えているのだろう、襲玉はおずおずと問うてきた。


「えっと……あの、狼さん、できたらここから逃がしてほしいなって思うんですけど、だめかな」

「そりゃなぁ。俺としちゃどうでも良いんだが、怜乱(えしさま)が封じたがってるからな」

「そんなぁ。そこを何とか」


 訳の分からない交渉を始めてしまった襲玉に、雷玉は盛大な溜息をついた。


「あああ、襲玉に任せたのはまずったかね……」

「……さて、始めようか」


 怜乱は素知らぬ顔だ。

 何事もなかったかのように、ひらりと懐から紙を抜く。白銀の紙がちらりと光る。

 そんな彼を雷玉は音が出そうなほどの気勢で睨んだ。


「余裕だね」

「そう見える?」


 人形のように整った口元を僅かに上げて、怜乱が首を傾ける。

 見ようによっては相手を小馬鹿にしているように見える表情にぎりと歯ぎしりをして、先に動いたのは当然のごとく雷玉だった。


 纏っていた雷気がさらに光を増し、肩に掛かる髪が呼応するようにふわりと浮く。

 濃淡のある光の網が、ばちばちと音を立ててあちらこちらで結節、渦を巻き放電を始める。


「ねえ、どうして逃げなかったの」


 そんな彼女に、怜乱は静かに問いかけた。

 しかし緩急のない平坦な声が余裕の色に感じられたらしく、雷玉はまた癇癪を起こした。


「簡単じゃないか。お前を倒すためだ! また封印なんてされてたまるか!」


 怒りにまかせた無数の雷撃が、怜乱に向かって収束していく。

 音よりも早く突き進むそれは、青白い火花を散らす巨大な槍に見えた。(もっと)も、一抱えもあるような太さの槍がこの世に存在するわけがないのだが、とにかくそれはそう見えた。


 怜乱は己に向けられた敵意に目をやると、手にした紙を閃かせ、それがさも頑丈な盾であるかのように目前に(かざ)す。



 ──瞬間、衝突する銀と青。



 雷気の槍の七割はそれを受け止めた紙に吸収され、残りの三割は一面に立ちこめる水の粒の間に散った。

 既に飽和状態まで雷気を含んでいた水は、たちまちのうちに元素にまで分解される。

 急激に体積を増やしかけた空気は、残っていた雷気の火花に反応して燃え上がった。

 巨大な爆発が巻き起こり、再製された水で辺りがかき曇る。


 一拍の間をおいて、粒になった水が音を立てて降ってくる。


 生ぬるい雨を浴びて、雷玉はふんと鼻を鳴らした。


 これだけの爆発が起これば、画師も生身の人間だ、無事ではいられないに決まっている。

 念のため辺りを探ってみたが、あの画師らしき気配は感じられない。


 雷玉は勝ったのだ。


 飛び上がって喜びたかったが、相手の死体を見るまで気を抜いてはいけないのは狩人の常識である。

 まして相手は獣などではなく、頭の回る画師だ。

 そう簡単にやっつけられると思わないのが身のためだ。


 それでも胸の内の喜びを押さえ切れぬまま、雷玉はそろそろと足を踏み出した。

 辺りに間断なく目を配りながら、襲玉のいる方に向かい歩き出す。


 

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