放課後 夏風に吹かれて
11/21から連続更新中。
本日3話分更新ですのでお気をつけ下さい。
更新:3/3
さて、唐突だが諸君は相対性理論というものをご存知だろうか?
かの有名なアインシュタインが提唱した理論で名前だけは聞いた事があるという人が大多数だとは思うし、とりあえず俺もよく知らん。が、俺が知っている範囲で応えるなら学術的には高速で移動する程、中の時間の流れは遅くなるというものらしい。高速っつっても光の速さに近い速度が必要だがな。
ともかく俺が言いたいのは時間の流れというのは相対的なものであって必ずしも同じ速さで進んでないっつう事だ。有名な話で言えば、「好きな女の子と過ごしていると時間が経つのは早くて、熱いストーブの上に手を置けば一分でもメッチャ長い」って事だ。これもアインシュタインが説明に使った喩え話だったか? まあ、それはいい。なんでこんな話をし出したかと言えば。
「ふわぁぁっ……」
授業の終わりを告げる鐘の音が鳴った。と同時に俺はシャーペンを放り出して大きくアクビをした。背筋を伸ばせばゴキゴキベキベキと奇妙奇天烈な音が鳴って、クラスの中を見てみれば他の連中も俺と同じような感じだ。さっさと教科書を鞄に突っ込んでいき、女子は手鏡を畳むと用は無いとばかりに何が入ってんのか分からんくらいに膨らんだ鞄を担いで教室を退場していく。
つまりだ。要は退屈だったんだよ、授業が。地獄だ。せっかくの授業だからって思ってこっちが必死に眠気を堪えて起きてんのにお経を唱えるかの如く単調に話しやがって。しかも爺教師はボケてんのか、半分は同じ話の繰り返しじゃねえか。一分が一時間どころか何時間にも感じられたわ。少しは小咄の一つも混ぜてみせろよ。
まあ、こんな悪態は心の中に留めておくだけなんだがな。せめてそれくらいは許して欲しいもんだ。
「……んお? 何や? もう放課後かいな?」
「んんん……はぁっ! んぁぁ、よく寝た。あ、ぴょん吉おはよう」
「おはようじゃねぇよ。もう夕方だよ」
ガヤガヤとクラスメイト連中が教室から出て行く音で授業の終わりを察したらしい淳平と深音が突っ伏していた机から体を剥がした。相変わらず自由だなこいつら。堂々と授業中にイビキかけるその度胸がちょっとうらやましい。
でもまあ、良かったよ。
「ああ、よう寝たわ。ほな俺は、部活行ってくるわ」
「おう、頑張ってこい。エースストライカー様」
「任しとかんかい」
淳平が俺に向かってサムズアップをすると、糸目を更に細くしてニヤッと笑って教室を出て行った。
ここんところ体調不良だった奴らが多かったのはどうやらブリュネール達が設置したあの魔力収集結界のせいらしい、というのは凛ちゃんの推測だが、それは正しかったみたいだ。少しずつ魔力――どちらかと言えば体力とか生体エネルギーとかの方がイメージしやすいな。まあそんなものを収集していたせいで町中で体調不良の連中が溢れ、淳平もまたその一人だった。
登校はしてたものの顔にも生気が無くてロクに会話もせずに寝てばかりだったんだが、ブリュネールを撃退して早三日。どうやら体調も回復して今みたいに元気に部活へと復帰した。その姿を見ると副委員長に似つかわしくない多少の奔放さなど大目に見てやろうという気にもなるものだ。以前と変わってねーじゃねーかという話もあるが。
それはさておき。
「淳平が元気になったのは良い事だけど、アンタはミイラ人間ね」
「ほっとけ。全力で体張った勲章なんだよ」
俺はといえば、拳は包帯がボクサーなみにグルグルに巻かれて当分は使用禁止。腕や脚は火傷のおかげで同じく包帯グルグル巻き。頭にもまたしても同じく包帯が巻かれて、腫れた頬には湿布が張り付いているし、首にはまるで飼い犬の様に頚椎固定器具が鎮座している。ちなみに最後のは先輩が俺に止めをさした結果だ。
「二日も欠席して、今朝その格好を見た時は驚いたけど見慣れると逆に笑えてくるから面白いわね。アンタの生き汚さには感心するわ」
「だろ? 頑丈な体に産んでくれた親に対する感謝の心を噛み締めてるところだよ」
前の事故の時も怪我だけで済んだしな。だが少しは心配する素振りを見せて欲しいという俺のささやかな願いは深音には届かなかったらしく、逆にサディステックな微笑みを浮かべて俺の肩をバンバンと楽しそうに叩いてくる。やめろ、俺はごっちんみたく痛みを喜びに変換する機能は備えてねぇんだ。
「ま、先輩も無事に戻ってきたわけだし、そこはアンタを褒めてあげてもいいわよ?」
「そりゃどーも。ついでに報酬として昼飯のオゴリを無しに」
「あ、それ無理」
「そこを何とか! しばらくバイトできねーから金欠なんだよ」
「嫌よ! アタシだってごっちん相手に奮闘したんだからね? アイツを蹴る度に鳥肌が……うぅ、思い出しただけで寒気がするわ」
……
ごっちんの姿を知ってるだけにこれ以上ゴネる気がしない。コイツもそれなりに大切なものを失ったらしい。何だよ、誰一人得るもんがねー戦いだったのかよ。もちろん即物的な意味でだが。
「ま、アンタの怪我が治るまで待ってやるから。……包帯巻きっぱなしで誤魔化そうとすんじゃ無いわよ?」
「誰がンなみみっちいことするかよ」
「アンタがちっさい人間じゃ無い事を祈ってるわ。
んじゃアタシも帰るから、安静にして美味しいもの食って、一日でも早く怪我を治しなさい。いいわね?」
そう言い残して深音も教室を出て行った。ヒラヒラと手を振ってさて俺も帰るか、とノート類を鞄の中に突っ込み始める。相変わらずウチのクラス連中は学校生活を楽しむという概念が無いらしく、すでに教室内には俺だけだ。別にダラダラと怠惰に過ごせとは言わねーけど、もうちょい俺ら以外にダベるなりしててもいいんじゃねーかな? 俺も帰るから人の事は言えねーけどな。まあ一日全身の痛みに耐えたんだ。ゆっくり安静な時間を過ごさせてくれ。
などと思っていたんだが。
「直っ! 直はまだ居るかっ!?」
バシコーン! といつもの如く教室のドアを壊れんばかりの音を立てていつもの御方が入ってこられる。そうして帰り支度をしている俺の姿を見つけると一気に笑顔を浮かべて近寄って――
「ああ、先輩。お疲れ様で――」
「帰るつもりのところ悪いんだがちょっと来てくれっ!」
言うや否や、先輩は俺が返事をするのも待たずに襟をむんずと掴むといつぞやの様に俺を引きずってくる。
「ちょ、ちょっと先輩! 俺、首が――」
「目安箱に新しい投書があったんだ! 何でも窓から頻繁に飛び降りる生徒が居るから止めさせて欲しいとの事だ。そいつを探しに行くぞ!」
「それアンタだよっ!」
投書したのは生徒では無くて先生ではなかろうか? てか首がヤバイ。いよいよヤバイ。アレか? 先輩は俺の首に何か恨みでもあんのか?
俺のツッコミも虚しく無人の廊下に響き渡り、長々と廊下を引きずられていい加減俺の意識が黄泉の彼方へと脚を踏み入れかけた時、ようやく先輩は俺の首を解放してくれた。
「ゲホッ、ゲホッ! ……ったく強引ですね、今日は何処に連れてきた……ってあれ?」
意識が帰還してきて連れて行かれた場所を見れば、そこはいつもの生徒会室だった。
窓は開けられているが、いつの間に付けたのかカーテンが設置されていて、入ってきた風に揺られている。先輩はカーテンを少しだけ開けると眩しそうに眼を細めて外の景色を眺めていた。ただそれだけなのだが、にも関わらず絵になるのだからやはり美人は得だ。
「こうしてアズミルズの風を、光を感じていられるのも直のお陰だな」
「……そんな事ないッスよ」
ポツリと呟くように口を開いた先輩に対して、少し考えて俺はそう答えた。
俺なりに全力は尽くしたが、先輩がこっちに残ることを決意してくれたからこそ頑張れたんだと思う。ユースティールのお姫様じゃなくて、俺や深音、淳平、そして凛ちゃんと過ごすことを、アズミルズの「河合・陽芽」としての人生を大切に思ってくれた。
ブリュネールに連れて行かれそうになった時に抵抗してなかったら間に合わなかっただろうし、落ちそうになった時も先輩は精一杯俺の手を握りしめ続けてくれた。絶対に諦めなかったからこうして今も先輩と話が出来てるんだ。
それに、何よりも。
「俺がやりたくてやっただけですから」
先輩がどうのこうのとかっていう事よりも、ただ単に俺が先輩と離れたくなかっただけの話だ。先輩が進んで俺らとの別れを望むなら別だがそうじゃなかったしな。別れるにしてもあんな決別なんて絶対嫌だし。
ま、何から何まで俺が勝手にやって勝手に重傷を負ったという話だ。だから先輩が気にする話じゃないし、ただ先輩と会話ができているという事実が、それなりに俺は嬉しい。
「だが今の直は、昼間も言ったがひどい有様だぞ? 自分で言うのは少し面映ゆいが、それが私の為に負った傷だと思うと、嬉しい半面いくら自己中の私でもかなり心苦しいものがある」
「そう言われてもなぁ……」
俺が何と言おうと先輩は気にしてしまうんだろうな。これも全て今の包帯まみれの姿のせいか。これはなんとしてもさっさと治してしまわねばいかんな。
せっかく取り戻した先輩だ。今後共長い――少なくとも在学中は――付き合いになるのだ。楽しくて少々刺激的な学校生活を送るためにも、余計な気遣いをさせる様な関係になるのはゴメンだし、そもそもこの御方の無茶は俺らの無理を日本とアメリカの距離並みに飛び越えてるからな。誰かが制止してやらねば途方も無い無茶をしでかしかねないし、制止役は誰が適任か言えば消去法で俺しかあるまい。
「なら今度何か奢ってください。それでチャラですよ」
「そんなものでいいのか? 何なら怪我が治るまで毎日三食の提供から寝るまで付きっきりでお世話を――」
「それは結構です」
「君の好きなメイド服を着るのも吝かではない」
「……それでも結構です」
そんな事をされたら深音とか淳平にどんだけからかわれるか分かったもんじゃねぇし、何より今度こそ凛ちゃんに寝首をかかれてしまいかねん。全力で却下だ。
「そうか、残念だ」
「魅力的なご提案だとは思いますけど。主に俺の胃を守るためにもぜひ」
取り下げてくれたようでホッと一安心だ。
しかし先輩は何かを思いついたらしく、「ぬふっ」と何とも怪しい笑い声を上げた。
「そうだ、直。ちょっと反対を向いていてくれないか?」
「……まあ、いいですけど」
今度は一体何を企んでいるのか。そこはかとない恐怖を感じながら俺は言われるがままに先輩に背を向けた。
背中越しにカーテンが移動する音が聞こえてきて、机の上で何か準備でもやってるのか、ゴソゴソと音が聞こえてくる。
……不安である。どうせ先輩の事だから突拍子も無いことでも企んでいるんだろう。
「……よしっ、振り向いていいぞ、直!」
本当に何をされるのやら。まさか取って食われるわけでもないし、どんと構えていりゃ良いんだろうが、俺はこう見えても小心者なのだ。
鬼が出るか蛇が出るか。戦々恐々して逃げ出したい気分を抑えながら俺は振り向いた。
そんな俺を出迎えたのは――
「――……」
唇に触れる柔らかくて温かい感触。驚きに眼を見開けばすぐ傍に先輩の長いまつげが俺の頬をくすぐって、微かに漏れる吐息が優しくて。
先輩からキスをされているんだと気づいた途端、とても愛おしくって抱きしめたくなって、時間が引き伸ばされた様にとても長く永遠の様に思えて。
だが、頬を赤く染めた先輩の顔が離れていくと、逆にさっきの時間がとても短く感じられて。
「この間助けてくれたお礼だ。あの時は直も気を失って覚えていないようだったからな。今度は覚えておくんだぞ?」
顔を真赤にしながらも先輩は嬉しそうにはにかむと、急いで生徒会室から飛び出していく。俺は何を言えばいいのか、というよりも頭ン中がポーッと茹で上がってしまっていて、結局何一つ言えないまま見送ってしまった。
思わず手を自分の唇に遣ってみる。そして先輩によって閉められたカーテンを開けてみた。
時刻はまだ四時前。ちょっと前までならもうすでに夕暮れだったというのに、窓の外にはまだどこまでも青い空が広がっている。すっかり一日が長くなっていた。
「そうだっていうのによ」
そんな空を見上げながら転校時と比べて熱を帯びてきた風を浴びつつ、俺は思った。
「今年の夏は――」
随分と短く感じそうだ。
これにて完結です。なお、後書きを活動報告に載せていますので宜しければそちらもどうぞ。
それでは、連載開始から短い間でしたが、お付き合い頂きましてありがとうございました。
またいつかお会いしましょう。




