表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/47

四十五時限目 

11/21から連続更新中。

本日3話分更新して完結です。


更新:1/3




 直たちが公園に辿り着いて目撃したその光景は異様だった。

 広場には夜にも関わらず二十人ほどの男が集まり、陽芽を取り囲んでいる。ブリュネールに向かって叫ぶ陽芽の前には、やや距離のある直の位置からも何となく感じられるほどに不可思議な空気が渦巻いていた。

 それが、孔が空く直前の状態だと何となく直も察する事ができた。更にその手前には地面に赤い紋様が描かれて怪しげな光を発し、中心からはサーチライトの様に一本の赤光が空に伸び、町を覆っている。


「やはり目的は姫様を連れていくことか……」


 二つの世界を繋ぐ小さな孔を見て、凛は自分の想定が正しかった事を確信する。

 何者かが自分と陽芽を探しているのは以前から知っていた。直接相談されたアストレイが陽芽を捜索している事はもとより、他にも多くのエルミルズ人が町で陽芽の幼少期の絵を手に歩き回っているのを凛は見かけていた。幸いにして陽芽の容姿は幼少期からかなり変化しているために、当時の絵を元に今の彼女を見つけ出すには時間が掛かるだろうが、全くの別人と言うわけでは無い。特徴的な点は幾つかもあり、当然面影もある。

 それだけであれば、目立つ真似を避けてこの町で生きていくのも不可能では無かったかもしれない。だがアストレイの要請を受けた直が方々に協力を求めた事で事態は変わる。幼少期の人相書きが町に広がり、ウェブネットワーク上にも拡散していく。これにより見つかる可能性は飛躍的に上がってしまった。

 故に凛は決断し、陽芽を説得した。別の町に逃げ出す事を。

 絶対に嫌だ、と拒絶する陽芽を何とか説き伏せ、これ以上人目に触れない様に学校も休ませ、自分も休職して転居先を探し歩いた。何日も歩き回り、新たな転居先を見つけて荷造りの準備を始めた矢先にこの事態である。もう少し猶予はあるかとふんでいたが、予測が大幅に外れて陽芽を連れて行かれる。ずっと彼女を守り続けていた凛からしてみれば臍を噛む思いだった。


「だけど、何とか間に合ったみたいだね」

「間に合ってません。状況は最悪です」

「最悪じゃないと思うけどねぇ。少なくとも、陽芽さんはまだ孔には入っていないよ。まだ、間に合う」


 アストレイの言葉は楽天的にも思えたが、凛は気を取り直した。この事態に陥る事を未然に防げなかった事は侍女として痛恨の極みだが、まだ終わってはいない。幸いにして連中は直たちに気づいておらず、挽回のチャンスはある。


「このまんま突っ込んでいって先輩を奪還したいトコだが……」

「三人じゃあね。ご存知の通り、私は戦力的には役に立たないよ?」

「さっきもボコられたばっかだしな」

「自分で言ってて情けない話だ、まったく。姫様を守るって言っても口だけだし、この身がコレほど口惜しい事は無いよ」

「ま、無いもんねだりしたって仕方ねぇよ。それより……どうする?」

「作戦会議には賛成ですが……その前に確認したいことがあります」


 小康状態を保っていた天候はここに到着する直前から再び大荒れとなっており、冷たい雨が三人の体を打ちつける。濡れた眼鏡のレンズを拭うと、凛はアストレイを鋭く見据えた。


「貴方は……味方ですか?」

「……」

「ちょ、凛ちゃん!?」

「貴方の目的は……いいえ、貴方も連中と同じところに属しているはず。であれば本来貴方はここではなくあちら側に居るはずの人間です。いつ裏切らないとも限りません」


 確かにそうだ。直は今になってその事に思い至った。記憶が無い事など、様々な特殊な事情が重なって直たちと行動を共にしているが、アストレイの居場所はここでは無い。しばらく寝食を共にしている相手を疑うのは心苦しいが、凛の懸念はもっともだ。

 だが、直は知っている。


「……私は陽芽さんを守る剣だ」


 この男が何よりも優先するのは、陽芽の意思である、と。


「彼女が拐われる時、私は見た。彼女は必死に抵抗し、何とか逃げ出そうとしているのを。今もこうして見る限りでは陽芽さんは戻る事に積極的で無いようだ。

 彼女がエルミルズに戻ることに積極的であればその意志を尊重し、立ち塞がる敵を全力で取り除く。非才なれど直と小野塚女史と敵対することもあり得たかもしれない」

「レイ」

「しかし……そうでないのであれば私は彼女を無理やり連れて行く事には反対だし、彼女のその意思を貫かせるために全力を尽くしましょう」

「まどろっこしいな。つまりはいつだってお前は先輩の味方だってことだろ?」


 直の物言いにアストレイはすっと肩の力を抜くと、畏まった口調から一転、軽く笑みを浮かべて肩を竦めてみせた。


「簡単に言えばね。とはいえ、別に彼女が私の探していた人じゃなかったとしても女性に無理を強いるのは感心しないよ」

「……分かりました。今は貴方を信じましょう」

「感謝します」

「うっし! ならどうやって助けるかを考えるとするか」


 直は軽く拳を掌に打ち付けると、広場の様子を伺う。何か陽芽が叫んでいる様だが、雨音にかき消されて内容までは聞き取ることはできない。


「そうね。だけど、悠長には出来なさそうよ」

「そりゃそうだけど……もしかして、あの良く分からん赤い魔法陣の事ってヤバイのか?」


 直は視線を凛から空へ向けた。土砂降りの雨をもたらす雲は本来ならば黒く、しかし今は魔法陣から立ち上る膜のようなもののせいで不気味な様相を呈している。


「私も直接見たこと無いからはっきり言えないけれど、たぶんアレは魔力を強制的に収集するための結界だと思う」

「結界、か……」

「何か知ってんのか?」


 訳知りそうなアストレイに直は尋ねてみるが、返ってきたのは頭を横に振る姿。


「いや、私も記憶が曖昧なのだけどね、戦場で大掛かりな魔法を行使する時や魔力枯渇症の人を助けるために周囲の人から少しずつ魔力を集める目的で使われると聞いた事がある」

「ええ……けれど本来は眼の届く範囲くらいの人から集めるためのものだわ。なのにこの結界は相当広い……おそらくはこの辺りの地域一帯を覆う程に大規模だし、だとするときっと随分前から準備がされて――」


 自分で確認するかの様に呟いていた凛だが、不意にハッとして表情を歪めてみせる。


「凛ちゃん?」

「そう、そういうこと……」凛は強く拳を握りこむと柳眉を逆立てた。「ここのところウチの学校で体調不良が相次いでたのは結界のせいだわ。きっと連中は町の至る所に小規模な結界を作って少しずつ魔力を集めていたのよ。アズミルズでは皆魔力を持たないから、少し魔力を吸い上げられただけでも疲労感で動けなくなる」

「って事は淳平のやつがここんとこずっと眠そうなのも……」

「結界のせいでしょうね。幾つかに分けて小規模な魔力を集めることで流路(パス)を通しておいて、最後に大魔力を一気に吸い上げて力技で世界を繋ぐ孔を無理やりこじ開けようって言うことなんだと思う。だけど、これだけ大規模なものとなると……」

「どうなるんですか?」

「最悪……死の町になるわ」


 直とアストレイの目が驚きと恐怖に染まった。それはつまり、学校の連中のみならず咲たち真枝家やランデスフリーデンのミケ、そして妹の雅まで死ぬということ。

 知らず、直の体が震え、怒りに体が熱くなる。


「ふざけんなよ……」

「同感だね。そんな非道、見逃しておけるはずがない。何としても彼らを止めなければ」

「たぶん姫様もそれに気づいたんでしょうね。だからこそお怒りになって――」


 そうして話している最中、陽芽たちの様子に変化が生じた。陽芽は首から首飾りを取り外して地面に落とす。そして何かを飲み込んでいった。


「まさか……姫様!?」


 凛が叫ぶ。同時に陽芽の体から光が発せられ、膨大な魔力が溢れ出る。それは凛はもとより、魔法を使えない直にも感じられる程に凄まじい強さだ。

 そんな魔力を開放したということはすなわち――


「戻るつもりなのかよ、先輩っ……!」


 そんな、そんな事は認められない。認めたくない。

 直の胸の内から熱が冷め、逆に全身が冷たく凍えていく。胸が苦しくなる。思いが強くなる。嫌だ、先輩と離れたくない。

 過ぎっていく。陽芽の様々な顔が過ぎっていく。笑顔の多くが直の中で駆け抜け、魅力的な彼女との思い出が浮かんでは消えていく。

 ダメだ、離れたく、ない。

 しかしそんな直の思いとは裏腹に陽芽の手によって孔は広がっていく。陽芽たちを飲み込まんばかりにまで拡大し、最早一刻の猶予もない。


「もう細かく話している暇は無い。私と直で連中を引きつけますから、その間に小野塚女史は陽芽さんを助け出してください」

「俺は構わねぇ。けど、お前は大丈夫か? さっきまで今にも死にそうだったじゃねぇか」

「……何とかしてみせるよ。この生命に代えても……」


 二人を安心させるためか、努めて気安く笑ってみせるアストレイだったが、不意にその胸ぐらを直に掴まれた。

 突然の事に驚くアストレイに対し、直は息がかかる程に顔を寄せて低い声で怒鳴りつけた。


「……ざけんじゃねぇよ。先輩が助かってもテメェが犠牲になったら意味ねぇんだよ」


 直にとって親しい人の死は取り分け忌避すべきものだ。その環状は両親を亡くした後からより顕著になり、それが雅に対するシスター・コンプレックスの領域にまで達するほどだ。そして、それはひとつ屋根の下で暮らすアストレイに対しても適用される程に昇華されていた。


「……すまない。軽はずみな発言だった。撤回するよ」

「なら、いい。悪かったな」

「だがどうするんだい? 直の実力はある程度知ってはいるけど、幾らなんでも二人じゃ……」

「そいつに関しては私に任せてもらおうか」


 直にだけ聞き覚えのある声。何処から聞こえてきた、と見回すも三人以外に誰も居ない。と、直の頭を足場として白猫が着地し、フフンと言わんばかりに三人の真ん中で偉そうに胸を張った。


「ね、猫が喋った?」

「テメ! あん時はよくも……」

「まーまー、怒らない怒らない。君も他の人じゃ一生味わえないどころじゃないものすっごい貴重な体験をしたんだし、いい経験をしたじゃないか。おかげで私も目的を果たせたし、ああ、その件については礼をしておこうかな?」

「やかましいわ! あの後どんだけ俺が苦労したか……」

「武内クン、その猫……」

「コイツですよ! コイツが俺をエルミルズに落としやがったんスよ!」

「はいはい、君が怒ってるのは分かったから今は建設的な話をしようじゃないか。私は人の怒りに火を注ぐセリフを吐くことが大の得意としているんだが、これ以上頭に血を上らせて取り返しがつかない事態になるのは本意では無いからね」

「あなた、もしかして魔法……」

「おっと、お嬢さん。それまでにしておこうか。今は私自身の事なんて些細で末節で些事だからね。もちろん事態が片付いた後であればデートと洒落こんでも構わないが」


 さて、と猫はアストレイに向き直ると肩に飛び乗って頭や背中を肉球のついた脚でペタペタと触って回る。アストレイはむず痒そうに身を捩るが、猫は「ふむ」と何か得心したように唸った。


「世界を渡る時にどうやら色々と『歪み』が生じているみたいだね。記憶障害も生じているみたいし、運動機能にもエラーが生じているみたいだ。思ったより体が動いていないんじゃないかい?」

「え、あ、はい。そうですが……」

「だと思ったよ。なら、ほら」


 ピョンと肩から地面に降りるや否や、猫はアストレイに向かって前足を差し出した。

 次の瞬間、アストレイの体が光り始める。同時に意識が飛び、白目を剥いて全身から力が抜け、膝から崩れ落ち、慌てて直が体を抱きとめてやる。


「テメ、何を……」

「大丈夫だ、直」


 いつの間にか発光は収まり、肩で息をするアストレイだが最後に大きく肺から息を吐き出して立ち上がる。その顔は清々しい面持ちで、口元には満ち足りた笑みを浮かべていた。


「……大丈夫か? 何か顔つきがちげぇんだけど」

「いや、問題ない。それどころか体中に力がみなぎっているよ。この感覚……久しぶりだ。エルミルズに居た時以来だ」


 嬉しげな口調に、直は察した。


「お前、記憶が……」

「これなら十分戦えるんじゃないかい?」

「ええ、今ならどんな相手でも負ける気はしませんね」

「よし、なら……」

「待って」勢い込む直を凛が制止する。「私とアストレイさんの二人で取り巻き連中の相手をするわ。だから……武内クンは姫様を助けだして」

「凛ちゃん……」

「お願い。貴方だから、貴方にしか頼めない事だから……」


 何処か悔しそうに凛は顔を歪めながら、それでも真摯に頭を下げる。

 出来るならば自分が助け出したい。でもその役目は自分では無い。そんな凛の心中をたかが十六に過ぎない直に察することは出来ず、だがその思いは真剣な眼差しによって何となくではあるが直も感じた。

 だから直はそんな彼女に対して頷き、今にも孔へ歩き出そうとする陽芽を見つめる。体ごと向き直り、大きく深呼吸して緊張を解していく。


「それじゃあ凛ちゃん、レイ、頼みます」

「こちらこそお願い」

「任せておいてくれ。ここまでの恩、返させてもらうよ」


 三人は共に頷き合う。

 そして同時にアストレイと凛が直の横を走り抜けていく。数瞬だけ時間を置き、直もまた強く頬を叩いて気合を入れると彼女たちの後を追いかけていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ