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三十時限目 懸念が解消しました(その1)

お待たせしました。やっと少し書き溜めが出来たので、連休中は毎日更新します。


前回までのあらすじ:

アメリカで両親を事故で亡くした直は、帰国して稜明高校に入学した。

そこで出会った陽芽によって強引に生徒会に入会させられたのだが、ある日のバイト帰りに記憶を失った外国人、アストレイと知り合う。

ある女の子を探しているというアストレイを直は手伝おうとするが、こういうことに首を突っ込みたがるはずの陽芽は反対。危険に巻き込むと考えたアストレイは、直の傍を離れたのだった。




 毎日我らがお天道さまがしなくても良い頑張りを最大限に発揮していることにうんざりしながら日々登下校を繰り返して、朝だって昼だって夕方だって挙句に夜にまで外に居ればすぐに汗だくになる。滝の如く全身から汗が噴出して、誰もがあたかもゾンビであるかのように小さな唸り声を歩いていて、毎朝気を取り直して家を出るも数分もしないまま俺もゾンビの仲間入りである。

 勘弁してくれよ、とフラフラの足取りで陽炎が立ち昇るアスファルトの上を歩いて行くのだが、途中ではち切れんばかりのビール腹を惜しげも無く晒しながら清涼飲料水のペットボトルを飲み、比喩では無く本当に滝の様な汗を流しているオッサンを見ていると「アレよりもマシか」と思えてくるから不思議である。人間の脳とは下を見て満足するという何とも素晴らしい一物であるが、それはそれとして暑いものは暑い。さて、日本とはかように熱いものだっただろうか、失礼、暑いものだっただろうか。

 巷で真密かに語られる地球温暖化の影響など心から信じてはいなかった俺ではあるが、今この瞬間だけは信じても良いだろうと毎朝思ってはいる。が、温暖化でも何でも原因はどうでもいいからさっさと涼しくしてくれよと他力本願なツッコミをテレビの中のお天気お姉さんにしているのだが、お姉さんは「暑い暑い」と涼し気な表情で繰り返すばかりだ。どうやら当分は聞き届けてはくれないようである。

 灼熱と突然の豪雨、という何とも有り難くない組み合わせの天気の中で俺は家→学校→バイト→家というルーティンをこなしていたが、とうとう皆が待ち望んでいただろう季節、つまりは梅雨がやってきた。

 それで熱夏が小休止を迎えて日本中でホッとしていると思うが、かと思えば台風直撃とゲリラ豪雨で毎日アチコチで洪水や土砂災害のニュースが流れている。そういう災害に見舞われなくとも、止むこと無くシトシトと降り続く雨で、ウチの雅と同じく溜まった洗濯物と生乾き臭に支配されて頭を掻きむしりたくなっているお母さん方も多いのでは無いだろうか。ちなみに雅は溢れる洗濯物の山を見てとうとうおかしな笑い声を上げ始めたので今度の休日は近くのランドリーに洗濯物を持っていって代わりに俺が洗濯と乾燥をしてやろうと思っている。

 きっとこのまま何とか梅雨をやり過ごしてもまた熱暑と台風に苦しめられ、冬は冬で豪雪に悩まされるのだろう。我が国ながらつくづく報われない国だと思う。

 さて、そんな感じで一日が過ぎていっているのだが、時間が経つのは以上の季節の変化を見ても分かる通り早いもので、アストレイが二日間のショートステイを終えて勝手に出て行ってから二週間位が経過した。

 想像していた通りあっという間に俺らの生活は元に戻って、落ち込んでいた雅も毎日に追われていくうちにいつものペースを取り戻していた。アストレイの事は記憶の片隅に追いやられ、目の前の時間を俺らは懸命に生きねばならないのだ。それも已む無しである。

 しかしながら俺の大して役に立たない脳みその片隅にしっかりとアストレイの事が残っているのは何故かと言えば、アイツと、それからアイツの探し人である少女の捜索を地道に続けているからである。

 現状は先輩に手を切れと言われて実際に手を切った形ではあるのだが、俺はアストレイの手を離したつもりはない。男の手を梅雨空の下で何週間も握っているかと考えると大層おぞましい気分になるのは紛れも無い事実ではあるが、残念ながらそれが俺の下した結論である。

 そして幸いにして、俺と違い雅は絵心に溢れている。


「あんまり自信ないんだけど……」


 と兄である俺に対して謙遜しながら、記憶を頼りに描き上げたアストレイの似顔絵と絵の少女の似顔絵は俺から見れば比べるべくもない程に見事な出来だった。さすがにアイツが持っていた絵並みに精密とはいかないが、それでも特徴を十分に捉えていて人探しに使うくらいには十分耐えうるものだ。

 というわけで俺はその似顔絵を武器にバイトの合間に客に尋ねてみたりだとか、休日に町に繰り出して探しまわったりしている。それなりに時間を費やしているつもりではあるのだが、これもまた残念なことに実ってはいない。雅を喜ばせるためにもどっちかを早く見つけてやりたいんだが、本当に何事も思い通りにはいかないものだ。


 先輩とは結局、あの喫茶店の一件以来あまりしっかりと話せていない。

 それは俺が毎日バイトに向かう為に放課後の生徒会室に居る時間をあまり取れていないからというのもあるが、俺も先輩もお互いに顔を合わせる事を避けていた。

 俺は先輩の期待を裏切って、一方的にではあるがアストレイの手伝いをしている後ろめたさから会いづらいのだが、先輩は果たしてどうして俺を避けているのだろうか?

 あの日の先輩の決断と言葉を非難するつもりはない。先輩は生徒会長として至極当然の事を述べたまでで、少なくともあの後俺は先輩にそう思っている事を告げた。だから先輩が気にする必要は無く、そしてその言葉をしっかりと先輩は受け取ってくれた。そうであるから、時折交わす短い時間での会話の中にもその一件を引きずっている様子は俺からは見られなかった。

 だから余計に理由が分からないのだが――


「嫌われちゃったんじゃないの?」

「はぁ?」


 と暴言を飯を食いながらノーラン・ライアンなみの豪速球で叩きつけてくるのは当然深音である。

 どうもここのところ淳平の体調が安定せずに昼間も寝てることが多く、先輩は先輩で上述の通り俺を避けているフシがあるので自然と昼休みのメシは深音と二人で取ることが多くなっていて、だからかしらんがとうとうコイツはかろうじて持っていた言葉のオブラートというもののを完全に破り捨てたようだ。


「だって誰が考えたってそうじゃない。別に特にわだかまりが残ってるわけじゃないんでしょ?」

「俺はそのつもりだが……」

「じゃあやっぱり気持ちが冷めちゃったんじゃない? アンタとつるむのが飽きちゃったんでしょ。それか何か嫌われる事を言ったりしなかった?」

「冷めたって……」


 そんな、先輩と俺が付き合ってるみたいな言い方すんなよ。先輩と俺は会長と(不本意ながら)副会長の関係であり、プラスアルファで良い友人だと思ってるけどな。

 しかし嫌われた、か。そんな事は考えたことなかったが、言われてみれば確かにそうかもしれん。生徒会室で顔を合わせてもすぐ眼を逸らすし、俺が普通に話し掛けても何か余所余所しいし……やっぱりそうなのかもしれん。

 そう考えると胸が少し痛んだ気がした。せっかく仲良くなれたのにな……

 だが嫌われる事、か……俺は一体何をしたんだろうか。正直、心当たりは無いんだが。

 と、急に頭の中でこないだの布団の上で顔を赤くしている先輩の姿が浮かんできた。

 熱で上気した顔にしっとり汗ばんだ体に貼り付いたシャツ一枚。細くも鍛えられた肢体。そんな先輩が上目遣いに見つめてくる姿に、思わず顔が熱くなった。


「おんやぁ~? 急に顔を真赤にして何を想像したのかなぁ~、直ちんは?」

「べ、別に変なこと考えてねぇよ!」

「ははぁ~ん、その顔は何か先輩とあったわねぇ?」


 ニヤニヤしながらカレーを頬張る深音の指摘にグッと言葉に詰まった。

 いやしかし、アレも結構前の話だしその後は普通に先輩とも話してたし……


「ま、武士の情けで何があったのかは聞かないどいてあげるわ。早いウチに仲直りしなさい。じゃないと時間が経てば経つほど仲直りしづらくなるわよ」

「そう、だな……」

「それにアンタと先輩が仲直りしないとアタシも先輩と話す機会ないじゃない。淳平も最近はあんな調子だし、いい加減アンタの不景気な顔と向き合ってご飯食べんのも飽きてきたわ」

「悪かったな、不景気なツラで」


 俺の方もお前と二人っきりで毎日飯食うのもいい加減飽きてきたよ、ちくしょう。

 だがまあ先輩と仲直りしろっていうのには俺も心から賛成する。俺と先輩の関係はさておき、せっかくできた友人と関係がこじれたままにしたくは無いし、一度は仲良くなった(と俺は勝手に思ってる)人とはこの先もずっと良い関係でいたいもんだ。百の友達よりも一の親友が俺は良い。


「今日にでも先輩と腹を割って話してみるわ。それで先輩に嫌われてるってなったらそんときゃそん時だし」


 このままグズグズと悩むのは趣味じゃねぇ。ダメだった時は縁が無かったって諦めるさ。そんな事にならねぇ事を祈ってるけどな。


「そ。なら宜しく頼むわ。明日には少なくとも三人でご飯食べてる事を期待してるから」

「おう、任せとけ」




☆★☆★☆★☆★☆★




「とは言ったものなぁ……」


 放課後、生徒会室へと向かいながら俺は独りごちた。

 とりあえず深音には決意表明はしたものの、どう切り出したものか。

 いきなり話を切り出すのも不自然だし、何か世間話から始めて場の空気を和ませてから本題に入るのがいいだろうか。問題は俺に世間話のネタになるような話題が無いことだが。


「……コーヒーでも淹れて渡してみるか」


 確かコーヒーに凝り始めたみたいなことを言っていたし、幸いにして鞄の中には昨日ミケさんから余りで貰ったコーヒー豆がそのまま入っている。さすがに劣化しているし、俺にはミケさんほどの腕も無ければ道具も学校の倉庫に眠っていた物なので味はお察しだが、先輩の舌の実力を測るくらいの役目はできるだろう。

 しかし先輩はまだコーヒーの勉強をまだ続けてるんだろうか。

 あれ以来ランデスフリーデンにも顔を出さないし、生徒会室でも俺がコーヒーを飲んだ後で先輩が飲んでいる気配もない。先輩の性格上、一度始めたらある程度極めるまで止める気はしないが、先輩の舌は馬鹿舌だしな。才能を見限って止めている可能性もあるか。


「ま、そこは俺が気にする必要はねーか」


 出されりゃ飲むだろうし、コーヒーを楽しんでくれるくらいはしてくれるだろう。


「へーい、邪魔しまーす」


 生徒会室に入る――前のコンピュータ研のドアを開けて中に入る。

 相変わらず部屋の窓という窓を暗幕で遮って光が一切入らない状態にしてて、机を中央で引っ付けてその上にパソコンを設置している。モニターからだけ怪しく光を発していて、みんな判で押したようにヘッドホンを着けて薄ら笑いを浮かべながらキーボードを忙しなく叩いている。

 かと思えば――


「ぬぅあっはあぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ぃぃいよっしゃあぁぁぁぁっ! 俺の勝ちぃぃっ!」

「いぇーい」

「やったぁー」


 突然ヘッドホンを外して絶叫する太っちょメガネとガッツポーズを決める細メガネ。そしてその後ろで喜びながらハイタッチする女の子たち。この光景ももうだいぶ見慣れてきたな。


「ぶちょーよわーい」

「ぶちょーっていつもデカイこと言うけどいつもたいした事ないわよねー」

「うぬぬ……」

「だいじょーぶ。口だけのヘタレじゃないとぶちょーじゃないし」

「ノンたぁぁぁぁぁん!」

「はいはーい。大丈夫大丈夫、部長はすごい人ですよー」


 ……本当にこの光景ももうだいぶ見慣れてしまったな。すごく残念だが。


(出来るだけ早く先輩が来てくれたら良いんだが)


 コンピュータ研の連中のいつものスキンシップを横目で見ながらいつも通り脇を抜けて生徒会室のドアを開けた。


「こんちはー」

「えっ!? ちょ、ちょっと待った!」


 誰も居ないと思いつつも習慣として挨拶を口にしながら中に入った途端、先輩の慌てた声が聞こえてきた。先輩の方が先に来てるなんて珍しいな。

 とか思って顔を上げたんだが――


「っ!?」


 先輩は確かに居た。確かに生徒会室に居た。

 ――上半身裸で。


「な、直……」


 どうやらまた今日も神は俺に試練を与えて下さったようだ。





読んでくださった方、本当にありがとうございました。

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