二十三時限目 家に連れて帰りました(その1)
すいません、短いですがキリのいいところで一旦切りました。
少し書き溜まったので一週間くらい毎日吐き出していきます。
やれやれ、真枝家覗き疑惑といいこの間の正くん事件といい、つくづく俺は厄介事を引っ張り込む性質らしい。目の前で半笑いを浮かべながら俺を見つめてくるイケメンに対して自分の口端が引きつっているのが我ながら分かる。
数瞬前までは最後まで面倒見てやろうとか思っていたが、このイケメン野郎の口から記憶喪失疑惑が判明した今となっては前言を撤回したい。ぶっちゃけて言えば面倒臭い。早く帰って雅の晩飯を食いたい。成長期はもう終わったと思うが勉強に仕事にと忙しい俺の腹はペコペコなのだ。
なので、自分が何者かと問われて苛立ち混じりに「しらねーよ」と突き放してしまっても責められる謂れはないはず。例え目の前の男が思いっきり落胆していようが、だ。
「そう、か……それもそうだな。君はただの通りすがりだし、知っているはずもないか……」
「……とりあえず警察にでも行くか?」
記憶喪失と言われても当たり前ながら俺に出来ることなど有りはしない。であれば何とかしてくれる人の所に連れて行くのが筋と言うものだろう。おまけに外国人だしな。不法滞在な奴も多いとかニュースでたまに報道しているし、俺が提示した選択肢はひどく適切なものだと自負している。
「……いや、それはダメだ!」
だというのにこの野郎は全力で否定しやがった。なんでだよ?
「分からない……分からないんだが、それは絶対にダメなんだ」
「ダメだって言われてもなぁ……じゃあどうすんだよ? 俺はアンタの事を知らねーし、記憶の戻し方も知らねーぞ?」
「それは……」
「別に何もやましい事はしてないんだろ?」
「もちろんそうだ……と思う。記憶が無いから断言は出来ないが、何故だかそういう風に疑われると、その、申し訳ないが非常に不愉快な気持ちになる」
「普通疑われて愉快になるような頭ハッピーな奴は居ねぇって。なら良いじゃねーか。アンタが何処の国の人間かは知らねーけど、日本の警察は中々優秀だっていうし、記憶喪失だって伝えれば結構親身になってくれると思うぞ?」
「そうなのか? ……だがダメだ。警察と関わることは絶対に避けないといけないんだ。どうしてかは本当に分からない。しかし、何となくだけどそんな気がするんだ」
「……はぁ」
面倒くせぇやつだな、オイ。
警察は嫌だとか、ここまで頑なに拒否るとか、もしかして本当にヤバイか? いや、でも本当にヤバかったらこんなコスプレしてねぇだろうしな。
「……君には連中から助けてもらっただけで十分だよ。家族も居るだろうし、遅くなると心配するだろう。これ以上迷惑を掛けられないし、私の事は気にせず帰って構わない」
「フラフラの体で何言ってんだよ」
「不覚はとったが、なに、これでも体は鍛えている……はずだ。それに、先程よりはだいぶ楽になったからもう少し休めばちゃんと動けるようになるよ。記憶のことも君に尋ねるような事じゃなかった。心配させてすまない。此処から先、自分のことは自分で何とかするさ」
そう言ってイケメン外国人は不安そうな表情を押し隠して笑いかけてくる。本人は真面目に隠してるつもりなんだろうが、取り繕うのは下手くそだな。
……まったく、これだからイケメンは。ンな面して放っとけるかよ。
「何を――?」
「とりあえず今日は家に来い」
肩を貸した体勢を整えて歩き始める。面倒くせぇことになるのはほぼほぼ確定だろうが、まあ、この先コイツの事を気にしながら生活するのもそれはそれで面倒だ。一晩くらい屋根を貸してやるのも悪かないだろうし、一晩寝れば何か思い出すかもしれん。
「ありがとう、君――ああ、そういえば名前を聞いてなかったよ。礼を言いたい。名前を教えてくれないだろうか?」
「人に名前聞くんなら最初に自分から名乗れよ。それとも自分の名前まで忘れたか?」
「いや、それは覚えている。失礼した――私はアストレイ。アストレイ・スカーレットだ」
「カッコいい名前だな。武内・直だ」
「では直と呼ばせてもらおう。ありがとう、直。とても助かったよ」
「……別に。偶然通り掛かっただけだし、人が殴られてんのを見て見ない振りをするほどダメな人間にはなりたくなかったから助けただけだ。あと、俺を見て微笑むな。俺にそんな趣味はねぇよ」
「失敬だな。直、君は優しいのか冷たいのか良く理解らない人だな」
「男に笑いかけられて喜ぶ趣味はねぇだけだっつうの」
そういうとアストレイは小さく笑う。それを見て俺は思った。
(……咲と美沙子おばさんには気をつけよう……)
二人の趣味を思い出して身震いし、不思議そうに首を傾げるアストレイを無視して俺は連れて家へ帰っていった。
☆★☆★☆★☆★☆★
「ただいま~」
「お兄ちゃん!?」
家のドアを開けて声を掛けた途端、リビングの方から雅の驚いた声が響いてきた。
ドタドタとフローリングを叩く足音に次いでリビングのドアが勢い良く開く。そしてその後に襲ってくるであろう怒鳴り声に備えて俺はグッと腹に力を入れてその時を待った。
「お兄ちゃん! 遅くなるなら連絡してって言ってるでしょ、もう! それにどうして私が電話した時に出なか……」
果たして予想通りに雅は怒鳴り声を上げながら俺を出迎えてくれ、しかし俺とアストレイの姿を認めると声が尻すぼみに小さくなって、顔色も悪くなっていく。
「や、やあ。初めまして」
その理由であろうと察したか、アストレイがイケメンを活かして爽やかスマイルを浮かべて挨拶。だが、急に見ず知らずの外国人にそんな事をされても胡散臭いだけ……かどうかは知らないが、少なくとも雅に効果はなかったらしい。
「ど、どうしたのお兄ちゃん!? え、あ、そのアザ? えっ? どうして? 大丈夫? 痛くない? あ、ていうかお客さんにも!? っていうかその人誰? う、お客さん来るならヤバイ、掃除してなくてああもう、えっと」
「とりあえず落ち着けや」
俺のアザ付きの顔とアストレイの存在を見比べながら盛大にパニクる雅の脳天にチョップをお見舞い。
ズベシッ! と我ながらいい音をさせた会心の一撃を食らった雅はその場にうずくまりながら涙目で俺を見上げてくる。それを見ると罪悪感が半端無く心の奥底から沸き上がってくるが、その誘惑に無理やり蓋をした。
「色々と聞きたいだろうけど、まずは救急箱を頼む。それから……お前、メシは?」
「……いや、私のことは気にしないでくれ」
「分かった。ならワリィけど俺らのメシも準備してくれないか?」
「う、うん、分かった」
「直、私は……」
「腹減らした奴の隣で一人だけ飯食うとかどんだけ嫌なやつだよ。
雅のメシはすっげぇうめぇから気にせず食えよ。どうせ旨いもん食った記憶もねぇんだろ?」
「そんな、大した物じゃないんだけど……」
「……重ね重ね申し訳ないな」
「謝罪じゃなくて美味いってこいつに言ってやってくれ。もちろん食った後にな」
軽口を言いながらアストレイを肩に担いで家の中に上げてリビングに向かう。
雅も俺とアストレイの会話を聞いて、怪しい奴じゃないと理解したのか、さっきより幾分ホッとしたように表情を緩めていた。すまん、実はコイツ、メッチャクチャ怪しい奴なんだ。
「んじゃまあ、そういう事で頼む」
「わかったけど……お兄ちゃん」
表面上は平静を装いつつ心の中で土下座していた俺だったが、後ろに引っ付いてきていた雅に俺の服の裾をクイッと引っ張られて足を止めた。
「ん? どうした?」
「……お兄ちゃん、大丈夫だよね? 大怪我してないよね? 死なないよね?」
「ちっとばかり頬を撫でられただけで死ぬ奴がいたらぜひ会ってみたいもんだな」
不良連中に殴られた左顎の辺りを撫でながら俺は苦笑した。正直に言えば滅茶苦茶ズキズキするがそこはいつもの如く兄の見栄というやつだ。痛くも痒くもない面をしながら心配そうに俺の顔を見る雅の頭を撫でて、大した怪我じゃないことをアピールしてやる。
「ンな顔すんな。少なくともお前が無事お嫁に行くまでは死んでも死にゃしねぇって」
「……なにそれ。冗談にしても意味分かんない」
「安心しろって意味だよ」
そう伝えてやると、今度こそ本当に安心したのか、仏頂面ながらも俺達を追い抜いてキッチンへと雅は消えていった。それを見送りながらリビングに入る俺達だが、アストレイが俺を見ているのに気づいて思わず顔をしかめてしまう。
「……なんだよ」
「いやなに、君はいい兄なんだなと思っただけだよ。思わず惚れてしまうところだった」
そんな事を吐かすアストレイを、俺は思わずソファに投げ捨てた。
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