二十二時限目 町で出会いました(その2)
お盆休みの間に少し書き溜めができました。
ところで週一で毎週更新と、しばらく書き溜めて毎日更新、どっちが読者としては好ましいんですかねぇ……?
大事になる前に警察に連絡しなければ。
だがそう思ってスマホを取り出した途端、手の中で鳴り始めた。
「やっべ!」
画面には雅の名前が。くそっ、なんて間の悪い!
静かなビル街で電子音がけたたましく鳴り響き、慌てて止める。
「ふぅ……」
「なに安心してやがんだぁ、テメェ?」
が、時既に遅し。ガラの悪い低い声が掛けられて、声の主についてほぼ確信を持ちながらも顔を引き攣らせながら振り向く。
そこにはさっきまで外国人を蹴っていた男たちが。
「……気づいちゃいました?」
「気づかねぇと本気で思ってんのか?」
デスヨネー。
笑って誤魔化そうとしてみるが、まあ怖い顔したお兄さん達は眉間にこれ以上ないくらいシワを寄せてガンつけてくる。息臭いんであんまり近づかないでください。
「……なぁ、どうする?」
「どうするっつってもなぁ。見られちまったわけだしよ。まずくね」
「なら……やるか」
そう言って一人がポケットからナイフを取り出した。
おいおい、犯罪の現場を見られたからって、ちょっと短絡的過ぎやしないか、とツッコみたくはあるが、ンな事を言ってる場合じゃない。これはいよいよ本格的にまずいかもしれないな……
冷汗が背中を流れ落ちる。いつもの道を通ってればよかったと後悔が襲ってくるが今更言っても仕方ない。何とかしてこの状況を抜け出さないと……
目の前の男たちから眼を離さずに一歩後ろにさがる。
俺としては少しでも距離を開けて逃げるタイミングを見つけたかったんだが、結果としてそれは悪手だったと言わざるを得ない。
「ぉぉぉらぁぁぁっ!!」
「どわぁっ!?」
ナイフを持った男が飛び出して、俺に向かって腕を突き出してきた。
一番その男を警戒していたから何とか避けられたが、そいつは踏み留まると今度はナイフを振り下ろして俺に斬りかかってきた。
「死ねやぁ!」
振り下ろしたナイフが俺の目の前を通過していく。前髪をかすめていって切られた毛が待った。思わず息を呑んだ。
体がうまく動かない。浮遊感みたいなものが体全体を支配していて、脚が震えているのがかろうじて分かる。こんなはずじゃない、と苛立ってみるが手足の感覚は曖昧なままだ。
くそっ、剣道辞めて体が鈍ったか!?
「こっちにも居んだぜっ!」
「ガハッ!」
ナイフは避けたが、他の奴に捕まって顔面を思いっきり殴られた。
視界がグルリ、と回転して、口の中が熱い。鉄みたいな味が舌の上に広がって、それから何かを吹き飛ばしながら俺の体が地面に転がった。
チカチカと何かが目の前に広がる。これが「星が飛ぶ」って奴か、などと考えているとどうやらゴミ置き場に突っ込んだらしい。ビニル袋の山が頭の上に降ってきて、生臭い匂いが顔中に覆いかぶさってきた。
「おい、見ろよこのガキ。ゴミん中に突っ込んでいったぜ?」
「くっせぇなぁ。ま、死に場所としちゃちょうどいいだろ。こんな時間にこんな場所歩いてんだ。どうせゴミみてぇな人生なんだろうしよ」
「ゴミはゴミ箱へ~ってか? ヒャッハッハッハッ!」
……クソが。言いたい放題言いやがって。
テメェらみたいな人間に何が分かる? 簡単に人を殺そうと口にするお前らに、死がもたらすものの何が分かる? 苦しみながら一生懸命に生きる俺らの何が分かる?
口の中にジワリと血が広がる。それが、熱い。痛みと、それを上回る怒りが体を支配して、震える。
「へっ、見ろよ。コイツ震えだしたぜ?」
「いたいよ~、ママ助けてよ~って叫んでみろよ。小便ちびって泣き叫べば見逃してやるかもしれないなぁ~?」
嘘だ。こいつらは俺を見逃すつもりなんて絶対にない。言いながらヘラヘラと笑う顔から俺はそれを確信していた。
泣き叫んでも助けはこない。今、頼れるのは自分だけだ。
何か、何かこいつらを追い払えるものは……
「あ」
ゴミ山の中を後ろ手で漁っていた俺の手に何かが触れた。急いでそれをまさぐって引っ張りだす。
それは棒だった。店の前とかに掲げるのぼり旗の支柱みたいなものらしいが、途中で折れたために捨てられてしまったようだ。
だけど今の俺にとっては都合が良い。その棒を握り締めると立ち上がって男たちに構えた。
「おいおいなんだ~? 剣道の真似事か?」
「チャンバラだろ? いいじゃねぇか、俺らもチャンバラやろうぜ?」
正眼に構えて剣先を相手に向けながら俺は小さく深呼吸する。
落ち着け、落ち着いてやればいい。竹刀じゃねぇけどこれなら何とかなるかもしれない。
慣れ親しんだ姿勢を取ったことで頭が少しクリアになっていく。息を吐き出して、竹刀代わりの棒を少し振りかぶってみた。
「っ……!」
左肩から鋭い痛みが走る。くっそ、やっぱまともに振るのは無理か。
そうしている間に男連中も近くに転がっていたパイプやら木片やらを探し出して構え始める。適当な構えでヘラヘラしやがって、こんな連中に絶対負けたくねぇ。
(左腕がダメなら……!)
左腕を下ろし、右腕一本で棒を構える。半身になって、まるでフェンシングみたいだ。もちろん十年間の剣道人生の中でこんな構え方をしたことはない。だけども、どういう訳かしっくりと馴染んだ感じがした。
足首の辺りが熱を持って、それまでの体の重さが嘘みたいに消え去っていく気がした。
「んじゃいくぜぇぇっ!」
男が木材を力任せに振り下ろしてくる。
それを俺は――手の中の支柱で軽く受け流した。
「っ!?」
「シッ!」
受け流すと同時に地面を蹴る。足の筋肉が悲鳴を上げるように痛みを感じ、だがそれを無視して勢い良く前へと跳んだ。
男とすれ違いざまに支柱を横に。力まず、だが振りは鋭く。必要な力のみを腕に蓄えてそのまま男の腹目掛けて支柱を振りぬいた。
「胴ォォォォォォッ!」
「ガッハァァァァッ!?」
俺に撃ち抜かれた木材の男は弾き飛ばされて地面を滑っていく。ジャリジャリと何かを削りながら吹き飛び、段差に引っかかって体を一回転してビルにぶつかってようやく止まった。
そして――そのまま動かなくなった。
「……」
「……へ?」
動きが止まる。俺の口からはマヌケな声が漏れて、ナイフとパイプの男はゆっくりと振り向いて今しがた転がっていった仲間の方を見遣った。
なんだ、今の? スゲー勢いでアイツ飛んでいったんだけど……
自分の右手を思わず見た。おかしい。男を吹き飛ばすほどの怪力なんて俺には無いはずなんだが。せいぜい支柱で腹を殴って悶絶させるくらいのつもりでしかなかったがあの人……死んでないよな?
「テンメェェェェェッ!!」
俺が若干呆けていると、残った男二人が仲間をやられて激昂して、二人同時に叫びながら俺に襲い掛かってくる。
こんな奴ら二人、しかも凶器持ちに襲い掛かられたんなら、いつもだったら身の安全のためにも真っ直ぐに逃げ出すところだ。だが――今の俺にそんな選択肢は無い。
(まずは――)
近いパイプの男から片付ける。
こいつもさっきの木材の男と同じようにただ力任せに鉄パイプを振り回しているだけだ。足運びも間合いの取り方もなっちゃいない。
一歩だけ軽く後ろに下がる。支柱を頭の上に掲げて鉄パイプを受ける。
持っている武器が互いに一緒なら受け止めても問題ない。だが今はそのまま受け止めれば素材の差で間違いなく俺の方が打ち負ける。
なら、受け止めなければいい。
打ち合った瞬間、手首の力を抜く。そのまま相手の力を受け流し、肘を支点に腕を一回転。体も右に半回転させて男の頭目掛けて支柱を振り下ろす。
「……っっ!?」
頭を叩いたと同時に叩いた場所から支柱が折れてどっかに飛んで行く。だが男に与えたダメージとしては十分だったらしく、男の手から鉄パイプが落ちてカラン、と音を立て、膝から崩れ落ちていく。
それを横目で確認しながら体を捻り、折れて鋭くなった支柱の先を残ったもう一人の喉元に突きつけた。
「っ……!」
「……まだやりますか?」
支柱の素材が塩ビかプラスチックからは知らんが、どっちにしろ喉に刺さればただじゃすまない。もちろん俺には刺すつもりは無くて単なる脅しに過ぎない。だけど、これでビビって逃げてくれればいい。
ジッとナイフを持った男を睨みつける。だいたい不都合な事しか起きない自分の顔だが、こういう時は便利だ。ただ見てるだけで今みたいな時は俺にとって都合の良い解釈を勝手にしてくれる。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
念の為、意識して睨みを効かせてみると、最後のナイフ男は悲鳴を上げながら倒れた二人を放って何処かへと逃げていった。
ダチなんだろ? せめて連れてってやれよ……
とは思うものの、暴行現場を見られたからって俺を殺そうとしてくるような連中だ。別に起こしてやる義理もないんでそのまま放置プレイだが。夏も近いし、冬と違って凍死する心配も無いしな。
それよりも……
「おい、アンタ。大丈夫か?」
「う……」
三人組に蹴られていた外国人風の男に声を掛ける。金髪だから白人かと思ったが、近づいてみると肌は結構浅黒い。褐色というか、小麦色っぽいというか、そんな感じだが別に黒人系の顔立ちかと言えばそうでもない。見た感じ歳も若そうだし、夏に海岸でこんがり肌を焼いたアメリカ人の兄ちゃん、というのが一番近いかもな。あとイケメンだ。
「おい、しっかりしろ」
「う、き、君は……」
もう一度声を掛けながら肩を揺すると日本語で返ってきた。英語で話しかけるべきかと思ったが、日本語が通じるなら良いか。
「ただの通りすがりだよ。安心しろよ、アイツらはもう居ないから」
正確にはそこで二人ほど伸びてっけどな。
「……君が追い払ってくれたのか?」
「まあ、そんなとこだ」
「君は強いんだな。私でもあの程度の連中なら何とかなるかと思ったが、ダメだったよ」
無我夢中だったとはいえ、片手一本でアイツらを何とか出来たのには自分でも驚きだったけどな。
「……体調さえ万全だったらと思うがそれも言い訳だな。もっと鍛錬しなければ」
「まあ一対三ならよっぽど力の差が有るか、武器でも無い限りどうしようもないだろ。ほら、立てるか?」
「あ、ああ。ありがとう」
口元を拭いながら男は、俺が差し出した手を掴んで立ち上がる。口元を流れていた血を拭って歩き出そうとするが、殴られた箇所が痛むのか頭を押さえると足元がふらついて膝を突く。
「お、おい!」
「……大丈夫だ。少しふらついただけだ。問題ないよ」
このイケメン外国人は腫れあがった頬で笑顔を見せてくる。が、こちとらつい最近に大丈夫と見せかけながら途中でぶっ倒れた御方を知ってるんでな。本気で蹴り飛ばされるところとか見てるし、今もまともに立ててないし。ハッキリ言って信用できん。
仕方ない、面倒臭いが乗りかかった船だ。
「ほら、肩を貸せよ。お前、日本に住んでんのか? それとも観光客か? どうせここまで首突っ込んだんだし、家まで送ってってやるよ」
「……重ね重ね申し訳ない」
「気にするな。それで、家かホテルはこの近くか?」
出来れば近くだとありがたいが。時間を考えると電車やバスで移動とかだったらそこまでは面倒見きれん。その場合はタクシーでも拾って押し込んどくか。
そう考えながらイケメン外国人の返事を待っていたが、いつまで待っても答えは返ってこず、顔を覗いてみればバツの悪そうに眼を逸らした。
「どうしたんだよ? まさか家の場所が分かんねぇとか言うんじゃないだろうな?」
HAHAHA! とアメリカンに笑いながら明るく振る舞ってイケメンの肩を叩いてみせる。記憶喪失じゃあるまいし、まさかンなこたぁあるまい。
しかしながら俺の期待とは裏腹に、このイケメンは気まずそうに俺の顔を見て口を開いた。
「あり得ないとは思うんだけど、もし君が知っていたら教えて欲しい」
「……嫌な予感がするけど、一応聞いとく。何だ?」
「その……私はいったい誰なんだろうか?」
どうやら俺はまた厄介事を引き込んでしまったらしい。
お読み頂きましてありがとうございました。
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