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二十一時限目 町で出会いました(その1)

お待たせしました。今回から週一更新です。

宜しくお願いします。





 先輩を背負って送り届けたあの日。

 あれから二週間が経った。

 幸いにして先輩の体調は一晩寝れば回復したらしく、次の日からまた元気に学校に現れた。

 しかし、元気なのはいいんだが、またしても昼休みに景気良くウチのクラスのドアを破壊するかの如くの勢いでぶち開けてやってくるのは勘弁してもらいたいと切に願う。が、そんな儚い願いは初夏の空気に消え去っていった。

 飯を食ってる俺を引っ張っていき、今度は何をされるのだろうかと弁当箱を抱えたまま引きずられながら戦々恐々としていたのだが、連れて行かれたのは食堂だった。どうやら一緒に飯を食おうということらしい。

 せめて引きずる前にそう言ってほしいという俺の願いは決してハードルの高いものでは無いと思うのだが、とりあえずそうツッコむのも面倒なので為されるがままにしている。ただでさえ深音と淳平に毎日ツッコまなければならないのだ。ちっとぐらいは楽をさせてくれ。

 とまあ、それ以来昼飯は深音と淳平を含めて四人で食堂で飯を食うことになったんだが、なかなかどうして先輩と深音・淳平コンビは相性が良いらしく、俺が一人黙々と午前中の心労を癒やしながら愛妹弁当を突っついている間も仲良くしゃべっている。


「しかし非常に残念だ。二人共ぜひ生徒会に欲しい人材だというのに」

「河合先輩にそう言ってもらえるのは有り難いんだけどね、さすがに部を掛け持ちするっていうのは難しいかな? ま、ぴょん吉を生徒会に置いとくからさ、何かあったら私の代わりにこき使ってやってよ」

「俺もこないな別嬪さんに頼まれたんは叶えたりたいんやけどな。これでもサッカー部のエースストライカー候補やねん。せやから、ぴょん吉を俺や思うてしばき倒してええで?」


 時々無性にツッコみたくなる会話をしている時もあるが、敢えて火中の栗を拾いに行く必要もあるまい。どちらにせよ最後には俺をイジって昼休みが終わるのだから。


 そうして午後の眠気と組んずほぐれつの格闘をしながら授業が終わると、大体バイトまでの間で三十分くらい時間が空く。別に早めにバイトに行ってもいいんだが、凛ちゃんと約束した手前それを反故にするわけにもいかない。時間は無くともとりあえずは生徒会室に顔を出すくらいはするよう毎日心がけている。

 大体は先輩よりも俺の方が早めにHRが終わるから、あのコンピ研の薄暗い部屋を通過して生徒会室に入って、埃っぽい部屋の窓を開けて換気するのが日課だ。

 行ったからといって特にすることもないから結局は手持ち無沙汰になるのだが、倉庫の片隅に眠ってあったコーヒーメーカーを見つけたんで、バイト前のコーヒーブレイクタイムと洒落込む事にした。豆は凛ちゃんに相談すると、こっそり職員室のものを分けてくれた。


「この前のお礼とお詫びよ」


 ということなのでありがたく頂戴する事にした。しかし頼んでおいてなんだが、凛ちゃんといい先輩といい少し倫理的に怪しいところがありすぎる気がする。そのうちセキュリティやコンプライアンスに関して一度説教をしてやろうと企んではいるのだがまだその機会はやってきてはいない。

 それはさておき、せっかく喫茶店でバイトしているんだからそのうち上手い淹れ方を勉強して先輩にも振る舞いたいものだ。仕事の合間に時々オーナーにお願いして勉強しているが、まだまだ人様に振る舞えるレベルには無いがな。レベルが上がったら雅と先輩にごちそうしたいな。深音と淳平? しらんな。

 ちなみに先輩が許可も得ずに勝手に設置した目安箱だが、学校側に撤去されそうになったらしいのだが凛ちゃんの取り成しと校長の一声でそのまま設置されることになったらしい。とはいえ、結局は最初の深音による投函以外には何も届いてはいないのだが。

 でまあ、そんな感じでくつろぎながらコーヒーを飲んでると先輩がやってきて、先輩と一言二言挨拶みたいな会話を交わしながらちょいと時間が過ぎれば俺はバイトへと出かけていく事になる。

 特段何か事件が起きるわけでも無く、イベントが発生する訳でも無い。先輩も何か無いかとヤキモキしながら目安箱を日々チェックしてるようだが、俺に言わせりゃ何事も無いのが一番である。日々平和、是至上なり。

 そんなこんなで俺も学校とバイトの両立に慣れ、退屈ながらも落ち着いたそんなある日の事だった――




「お?」


 初夏からいよいよ本格的に夏の足音が聞こえ始め、夕立みたいな豪雨も時折見られるようになってきた。

 その日も昼過ぎくらいから激しい雷雨となって、大洪水になるんじゃないかと幾分肌寒さを感じながら外を眺めつつ危惧し、そしてバイトに行くことを考えて憂鬱さを覚えていた。

 幸いなことに雨は授業が終わる頃には止んだため、ずぶ濡れになること無くいつも通りバイトを終えて夜道を帰っていた時、俺は正面からやってきた先輩を見つけて足を止めた。


「お疲れ様です」

「ん? ああ、直か。バイトから帰りか? お疲れ様」


 向こうも俺に気づいたようで、走っていた足を止めて話しかけてきた。


「ええ、まあ。そういう先輩はランニングですか?」

「まあな。この間はあるまじき失態を見せてしまったからな。二度とあのような事が無いよう体力作りをせねばと思ってな」


 そう言いながら肩に掛けたタオルで額の汗を拭う。別にあれを失態だなんざ思っちゃいないが、体力をつけるのはいいことだと思う。俺もすっかり体を動かさなくなってしまったし、そろそろ運動始めないとな。

 しかし、だ。


「体力作りなのは分かりました。でも――なんで体操服なんですか!?」


 そう、ランニングしていた先輩はどういう訳か学校の体操服だったのだ。おまけに下は――ブルマである。

 首元では長い髪が張り付いていて、街灯に照らされたその肢体にもうっすらと汗が光っていた。体操服はぴったりと体に張り付き、先輩は俺の疑問に首を傾げながらブルマの食い込みを直している。


「何を言ってるのだ? 運動するときは体操服だと決まっているだろう」


 いや、それはそうかもしれませんがね? 確かに俺も運動着としてのブルマは素晴らしいものだと思う。今まさに先輩がしたように食い込みを直す仕草も最高だ。きっと多くの紳士諸君が賛同してくれることだろう。

 だがしかし、だ。一方でその格好はヒジョーに危険である。何が危険かって? 言わせんな恥ずかしい。

 ともかく、こちらからしてみれば今の先輩の格好は男にとって目に毒だ。先輩はもう少し自分が周囲から見られていることを理解したほうが良いと思う。


「はぁ……でもやり過ぎて走ってる最中に倒れないでくださいよ。先輩は何でも限度を知らないんですから」

「ふふ、心配するな。自分の限界は弁えている。とはいえ、今よりも体力をつけるためには限界を越えねばならんから少々の無理はするが。なに、私の計画通りいけばもうしばらくで二徹や三徹くらいじゃびくともしない体になるはずだ」

「……そうですか」


 いったい先輩は何になろうとしてるんだろうか? 恐ろしくて聞く気にもならないが。


「では私はそろそろ行く。予定ではまだ後数キロは走らねばならんのでな」

「じゃあ俺も帰ります。……本当にくれぐれもムリしないでくださいよ」

「分かってる。ではな」


 そう言って先輩は快調なペースで走り去って、あっという間に見えなくなっていった。ホント、元気な人だ。

 後ろ姿を見送りながら俺も雅の待つ我が家へ帰るべく脚を向ける。

 と。


「あっ、やべ」


 そういえば雅に買い物頼まれてたんだった!

 今朝方口を酸っぱくして言われた用事を思い出し、慌てて回れ右をして走りだした。

 腕時計を見れば時間は九時半過ぎ。行きつけのスーパーは確か十時までだったはずだが、いっつも少し早めに店を閉め始めんだよな。

 何とかして雅のお小言を回避せねば。その一念で俺はスーパーの方へと走っていった。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ありがとうございました~!」

「あっぶねぇ……」


 最後の客となった俺に対して掛けられた店員の声を聞きながら、ビニール袋を持った手で額の汗を拭った。

 いや、まさかいつもの店が休業日とは思わんかった。おかげで近くにあるもう一軒別のちっさいスーパーの方へ走る羽目になった。辿り着いたのはまさにギリギリ。入り口のドアをすでに閉めようとしていたが、走ってくる俺を見て店員さんが作業を止めて店内へ入れてくれた。

 それだけでも申し訳なかったんだが、オマケに売れ残った豚肉を半額にしてくれた。店員さんありがとう。アナタは俺の命の恩人です。主に明日の俺の弁当的な意味で。

 そんな風に親切で可愛い店員さんに盛大に心の中で感謝と賛辞の言葉を浴びせつつ、走ったせいで火照った体を夜風で冷ましながら再度帰途についていた。

 いつもと違うスーパーに行ったし、せっかくだ。帰り道もいつもと違う道を通ってみることにした。だいたいの家の方向はわかるから、知らん道だが何とかなるだろうと楽観的に考えながら適当に路地を歩いて行く。

 時間も時間なので、大通り沿いはそれなりに明るいが、路地の中はかなり薄暗い。別に存在を信じてはいないが、それこそ幽霊でも出ておかしくなさそうな雰囲気も一部では醸していた。

 とはいえ、俺にとっては見慣れない道を通るのに新鮮な感覚を覚えるだけだが。


「えーっと、確かウチの方角はこっちだから……」


 細い四つ角に出て、もやっとした方向感覚を信じて右に曲がる。

 その道は雑居ビルが立ち並んではいるが、テナントがまったく入っていないらしく人っ子一人居ない通りだった。思い出したように街灯が立ってはいるが、チカチカと点滅して、まともにメンテされてないのがわかるし道も汚い。普通なら通るのを避けるような道だが、今更道を引き返すのも面倒なのでそのまま進む。アメリカならもっとやばそうな道があったしな。


「それこそ拳銃殺人とか強盗でも起きてそうな道がな……っと」


 ンな事を言ってる矢先、どっかからか声が聞こえた。一瞬聞き間違いかと思ったが立ち止まって耳を澄ませてみると、確かに男たちの声が聞こえた。

 単なる立ち話かとも考えて歩き始め掛けたが、次に聞こえてきたのは押し殺した様な声と何かを殴る音、それとくぐもった苦痛の声。それを聞いて俺は静かに手に持っていたビニール袋を置いた。

 足音を出来るだけ消して、ビルの影から声の方を覗きこむ。

 そこには――


「おら、立てよニーちゃん」

「くっ……」

「そっちからケンカ吹っかけてきたんだろ? まさかもう終わりじゃねーだろうな?」

「ンだよ、そんな鎧なんか着やがって。見掛け倒しかよ」

「たりめーだろ? 単なるコスプレの外人じゃねえか。ンなかっこしてりゃビビると思ったか? 日本人なめてんじゃねーぞ」

(ケンカ、か……?)


 殴られたんだろう。一人は壁を背にして座り込んで、残り三人がその一人を取り囲んでいた。殴られた一人は何故か白っぽい鎧を着ているが、金色の髪や顔立ちからして男たちが話す通り外国人っぽいな。

 たぶん、日本のヲタク文化に憧れた観光客だろうな。日本は安全だという評判を聞いて夜まで遊びに出たはいいが連中に絡まれたってところか。


「どうした? ああん? 俺らをどっちが強ぇか教えてくれるんじゃなかったのか?」


 そう言って一番ガタイが良い一人が座り込んでいた外国人の顔を蹴り飛ばした。蹴られた男は倒れるが、重そうな体を何とか起こすと屈辱を堪えるように顔をしかめて男たちを睨みつける。


「……んだよその眼はぁっ!!」

「なめてんのかぁっ!? ああっ!?」


 そんな態度が男たちの癪に障ったらしく、怒鳴り声を上げながら外国人の男に更に暴行し始めた。


(こりゃまずいな……)


 男が無抵抗なのを良いことに連中の暴力はどんどんエスカレートしていく。おいおい、ヘタすりゃこのままアイツら、勢い余って殺してしまいそうだ。

 大事になる前に警察に連絡しなければ。

 だがそう思ってスマホを取り出した途端、手の中で鳴り始めた。



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