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十九時限目 自宅を訪問しました(その2)

昨日の夜十時にも投稿してますのでご注意下さい。


追記:おかげさまでジャンル別日間ランキング18位に入りました! 評価してくださった方、ありがとうございました!

「ここ……ですか?」


 二階建ての木造アパートの前で先輩の指示は止まった。

 色褪せて薄汚くなった壁に、乗れば踏み抜いてしまいそうな二階への階段。オートロックなんて洒落たもんは探すまでも無く、それどころか共同のエントランスもない。いつでも誰でもウェルカム感満載だ。

 そして半分傾いてしまってる表札に書かれた建物名は「昭和荘」。名は体を表すとは言うが、それにしたってぴったりすぎやしないか? むしろ大正生まれか?

 あまりに時代錯誤なオンボロっぷりとイメージとの違いに俺は唖然としていたが、先輩は俺の様子を気にすること無く鍵を差し出してくる。

 鍵を手にすると、間違いなく本物の鍵だ。ということは本当にここに先輩は住んでるって事か?

 しかし俺の脳が勝手にそんな結論を否定してくる。

 ……だって先輩だよ? どう見たって先輩お嬢様じゃんか。雰囲気とこのボロアパートがまったく結びつかねぇよ。

 だけども鍵穴に差し込んだ鍵は、錆びついてんのかちょっと動きが固いがキチンと回転して「カチッ」と音がした。んでノブを回せば「ギィ……」って音がして開いていく。


「……すまない、ここまでで大丈夫だ」


 未だ現実を脳が受け入れきれずに戸惑いながらも先輩に言われて背中から降ろす。先輩が床に脚を着くと、今にも踏み破りそうな悲鳴じみた音を床板が鳴らした。本当にここ建物として成り立ってんだよな?


「……今日は本当にありがとう。この礼はまた今度するよ」


 まだ変わらず熱を持って赤らんだ顔で頭を下げてきた。だがその表紙に先輩の脚がふらついて倒れそうになって、俺は慌てて先輩の体を掴み止めた。


「すまない……」

「いいですって。それよりも、ごかぞ……」


 言いかけて俺は口を噤んだ。先輩も親は居ないんだった。


「……一人暮らしですか?」

「いや、同居人が居るが……外出してるみたいだ」

「なら奥まで肩を貸しますよ。ほら、つかまって」

「……ありがとう」


 先輩の腕を首に回して靴を脱いで家に上がると、中はそれなりに広かった。廊下なんて高尚なもんは無く、玄関と台所が直結していてその奥がリビング――畳部屋だから茶の間と言った方がイメージに合うか――になっていて、ふすまが開けっ放しになっている。


「……今朝も寝坊してしまってな。散らかっていて、見られるのは正直恥ずかしいんだが」


 熱のせいか本当に恥ずかしいのか分からんが赤い顔で先輩がそう告げてくる。

 なるほど、部屋の中は物が多くて一見雑多な印象だが、それでも所狭しと並べられた棚とかを上手く使って整理されてるみたいだ。目安箱の作成に使ったと思しきノコギリやら刷毛とかが壁に吊るされていて、雅の部屋から想像する女の子の部屋には不釣り合いな気がするが、建物のイメージを考えると何の違和感もなくなってくるから不思議だ。さすがに脱ぎ散らかされたシャツや下着からは眼を逸らさせてもらった。俺は何も見てはいない。

 部屋の隅には布団が折り畳まれていて、俺はそれを見つけると先輩を柱に捕まらせて布団を敷いていく。シーツは洗濯されているみたいでカーテンの奥で揺れていた。それを取り込むために窓を開けてシーツを取り込む。傍に女性下着が干さていたが極力見ないように努力した。結局は目が行ってしまって離れなかったのでさっきの努力は水疱と帰したが。


「直も顔が赤いぞ?」

「……日に焼けたんですよ」

「?」


 武士の情けだ。そういうことにしておいてくれ。

 しかしこんなアパートで堂々と干しておいて不用心だな。一階だし、変態どもに取られたりしないんだろうか。

 そんな事を考えながらササッとシーツを敷いていく。


「どうぞ。横になって下さい」

「……随分と手際がいいんだな」

「妹がうるさいもので」


 雅の調子が戻ってからというもの、ある程度の家事を色々と叩きこまれたからな。

 しかし、こうやって世話をしていると雅の世話をしてた頃を思い出す。先輩の方が年上ではあるんだが。

 壁につかまっていた先輩の手を引いて布団に寝かせる。手は火照っていて熱を俺に伝えてくる。

 それに気を取られたわけじゃないんだが――


「うわっ!?」


 散らかっていた靴下を踏んでしまい、脚が滑った。

 突然の事に俺はバランスを崩して、とっさに手を突いたんだが右腕だけで体を支えることが出来ず、そのまま倒れてしまった。

 強かに顔面を床に打ち付ける。そう思ってとっさに眼を閉じてしまったが、衝撃も痛みも顔には感じず、代わりに感じたのはふわふわ感。なんじゃこれは?


「な、直……」


 聞こえてくる先輩の声が震えていた。やべっ、今の拍子にどっか先輩の体を叩いちまったか?


「す、すいませ……!」


 急いで跳ね起きる。するとそこには眼下に広がるは夢と希望をたっぷりと詰め込んだ理想郷たる大山脈サマが。


「んなぁっ!?」


 おまけに汗を掻いてるせいで先輩の白いシャツが肌に貼り付いて、若干透けてしまっている。まさか、今俺はこの先輩のグランドキャニオンに……!?

 否定して欲しくて先輩の顔に向かって全力で振り向けば、先輩は先輩で明らかに熱とは違う意味で顔を真赤にして、


「わ、私は直に何もお礼できていないからな……そ、その、な、直が望むなら……」


 と宣りました。


「いやいやいや! スイマセンスイマセン今のは事故でして!」

「い、良いんだ。その……お、男は我慢できない生き物なのだろう……?」


 誰だよ! ンなこと教えた奴は! いや、まったく否定できませんけどね!


「い、いいんですか……?」


 いいんですかじゃねえだろ、俺!

 しかし俺の理性を振りきって俺の手は先輩の胸に伸びていく。ゴクリ、と喉が鳴って、先輩もまた羞恥に顔を歪めながらも何も言わない。

 あと、五センチ。頼む、早く誰か止めてくれ。

 あと、三センチ。お願いだ、先輩も嫌がってくれ。じゃないと……

 あと、一センチ。――もう、ゴールしてもいいよね?

 理性がぶっちぎれていよいよ俺の頭の中がピンク色の展開に染まり始めたその時――


「キェェェェェェェェェェッシャアラアアァァァァァァァァイッ!!」

「いいいいいっ!」


 耳をつんざくような雄叫びがアパート中に轟いた。

 な、なんだなんだっ!? この奇声はいったい!?


「ああ、隣の御仁だ。気にする事はない。よくあることだ」

「そ、そうなんですか?」

「なんでも発明家らしくてな。何かヒラメキがあるとああして叫び出す悪癖があってね。だが話してみれば中々ユニークな御方で楽しい人だぞ」


 赤い顔で、しかしながら丁寧に説明をしてくれる先輩。どうやら日常茶飯事みたいだが、建物もだが住人も大丈夫なのか、ここは?

 しかしまあ、助かった。


「……すいません、やっぱり俺そろそろ帰ります」


 危うく過ちを犯すところだった。冷静になって考えるととんでもなかったな。散々深音に釘を刺されてたってのに。顔も知らぬ隣の発明家よ、ありがとう。アナタのおかげで俺は一線を越えずにすみました。


「そうだな……すまない、私もどうかしていたようだ」


 先輩も冷静になってくれたみたいだな。うん、アレは一時の気の迷いだったんだ。


「じゃあ、俺はこれで。今日はゆっくり休んで、また明日元気な姿で会いましょう」

「ああ……今日の恩はいつか必ず返させてもらおう」


 ……まったく、こっちは恩を売ったつもりなんてないってのに頑固なんだから。

 苦笑を浮かべ、だが先輩のその気持ちが嬉しくて頭を掻きながら俺は立ち上がった。

 その時、窓ガラスが弾け飛んだ。


「危ないっ!」


 細かい破片となったガラス片が降り注ぐ。カーテンがあったお陰でこっちまで飛んでくる事は無かったが、とっさに俺は先輩に覆い被さる。

 だがすぐに腹に衝撃。飛び込んできた何かに蹴り飛ばされて、壁に叩きつけられた。

 建物全体が小さく揺れて天井から埃が舞い落ちる。呼吸が止まり胃から酸っぱいものがこみ上げてきて勝手に涙が滲んでくる。

 チカチカと星が飛ぶ視界。だが痛みを噛みしめる暇もない。追撃として喉元を掴まれ――

 ――目の前にナイフが迫ってきていた。

 刃が夕陽を反射して、間違いなく俺の命を奪いにきている。迷いなく、まっすぐと俺へと向かう軌道。壁に叩きつけられてからの引き伸ばされた刹那の時間で、それに気づき、思考は停止した。

 死を覚悟する間も無い。ただありのままの現実を理解する事を脳が拒んでいた。

 ――死んだ。

 そんな思考だけ、最後に過った。

 だが――


「やめろっ!!」


 先輩の声が部屋に響く。声と同時にナイフが止まり、俺の眼球に触れる直前で止まる。


「……どうして止めるのですか?」


 今度は目の前の影から声が聞こえた。女の声だ。ナイフと同じように怜悧な鋭さを持って俺の耳を穿った。


「……今自分が襲った相手を見てみろ」


 先輩の声も低く冷たい。たぶん、先輩は俺に今ナイフを突きつけてる奴に向かって言ってんだろうが、混乱した俺の頭は先輩の声に素直に反応して目の焦点をナイフから正面にいるはずの影に合わせた。


「……え?」

「あ、れ……?」


 声が重なった。俺の声は驚きに、そして正面から聞こえてきた声は戸惑いにひどく染まりきっていた。

 彼女の手からナイフが滑り落ちて、床に突き刺さった。すぐ俺の足の傍に落ちたんだが俺も彼女もそんな事は気にする余裕は無かった。

 なぜなら――


「凛……ちゃん……?」

「た、武内クン……?」


 俺を弾き飛ばしたのは凛ちゃんこと小野塚先生だったのだから。







お読み頂きありがとうございました。

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