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十七時限目 少年を発見です(その2)

学園ジャンルなのに殆ど学園に居ないでござる



『――正くんは非常に頭の良い子です。同世代の子たちと比べて、かなり早熟です。そして』


 正くんを探しに孤児院を飛び出す前、正くんの人となりについて尋ねた俺達に職員さんはそう答えた。

 そして、付け加えてこうも言った。


『――そして、あの子のご両親は……強盗事件の犯人によって殺されたと聞いています。――正くんを庇って』


 俺の頭の中で、その言葉がずっと繰り返されていた。




「ねえ、どうして? 答えてよ、お姉ちゃん」


 正くんは先輩に稚拙な憎悪が篭った眼を向け、小さな声は確かに俺に届いた。

 その声に、俺は答えを持っていない。だから答えられなかった。

 世界は理不尽に満ちている。

 才能だけの人間が全てを捧げて努力してきた人の上を容易くいってみたり。

 ただ生まれだけで優劣が決められてしまったり。

 正直で清廉な人間ばかりが損を押し付けられて悪事に手を染めきった人間ばかりが得をしたり。

 何の罪もない人が突然命を奪われたり。そして、その犯人を裁く手段を誰も持ち得なかったり。

 或いは――突然の事故で命を落としてしまったり。

 よく悪いことをすればバチが当たるだとか言われるが、どれだけ善行と呼ばれる事をしようが報われるとは限らず、悪いことをしたって罰が下される保証は無い。罰が下されたからといって心が楽になることなど無い。どんな言葉で慰められても、本当の意味で慰められることなんて、きっと――

 知らず、俺の拳が強く固く握りこまれていた。

 残された人たち(俺たち)にできることは、ただ悲しみを胸の内に携えて、痛みに耐えていくことしか出来ない。

 痛みの記憶に蓋をして。ただひたすらに記憶が薄れていくのを待つ事しか、俺らにはできない。


(だけど……)


 だけど、俺はこの子に何と伝えれば、いい?

 世の中の理不尽をただ受け入れて、時が心の傷を癒してくれるのを待てと言えばいいのか?

 ――俺自身の傷もまだ、癒えていないというのに。


「それは……」

「――弱いからだ」


 え……?


「世の中の理不尽に、悪に打ち勝てるほど私達は強くない。悪い奴らはいつだって強くて、どれだけ泣き叫んだって君が望む様なヒーローはやってこない。やってくるのはヒーローになりそこねた正義の味方のなりそこないばっかりだ。何があっても悪に勝つ、そんなヒーローはどこにも居ない。だから私達はいつだってそんなヒーロー(空想)を求めるんだ」

「ちょ、ちょっと! せんぱ……」

「――私の両親も殺された」


 心臓が一瞬、動きを止めた。

 突然の告白に思考が空白になって、先輩の口を塞ごうとした腕が伸びきる前に止まって動かない。正くんも涙に濡れたままの眼で、大きな眼を更に大きくして先輩の顔を見ていた。

 先輩は川の対岸を真っ直ぐに見つめていた。


「――私はこの国の生まれではない。だが、ここと同じくらい平和だった。君と同じくらいの年齢の時の私は、無邪気にそんな幸せな時間が続くと……信じていたんだ」

「……何が起きたの?」

「戦争だよ」


 正くんの問いに先輩は間髪入れず答えた。

 川から風が一瞬吹き荒んだ。

 川岸から俺の足元にかけて広がっていた茜色の雑草たちが突然意思を持った生き物みたいに暴れ、座っていた紫にも見える先輩の髪がたなびく。

 砂埃が舞い、眼にゴミが入らぬように無意識に眼を閉じかけた直前に、先輩の顔が眼に入った。

 何処かを見つめるその視線は鋭くて、そして見ているこっちの胸が抉られる程に悲しい顔をしていた。

 だけどもその顔は俺自身の瞬きに遮られて、もう一度眼を開いた時には穏やかな薄い笑みを湛えていた。


「突然敵国に攻められて……というのは私の主観だろうな。当時の私は国の情勢など知らなかったし、知ろうともしなかった。ただ与えられた毎日を疑いもせずに明日も続くものだと思っていたのだから。

 しかし現実は戦争が始まり、私が居た国は劣勢となって私が過ごしていた家も戦火に飲み込まれた。どうしようもなく怯える私を、私だけを父と母は逃がし――そして死んだ」

「そいつらは――悪いやつらだ」

「敵国の事をいっているのか? 確かにそうかもしれん。悪の帝国なのかもしれんな。だが、今となってはどっちが正しかったのかなど分からんし、もしかしたら――負けた私の国が悪だったのかもしれんな。だとすれば、君が望んだ通りヒーローが勝ったわけだな」

「違う……そんなの、ヒーローじゃない」

「そう、だな……私もそう思う」優しい眼を、先輩は正くんに向けた。「だが少なくとも私を守ってくれた父と母は間違いなくヒーローだった。弱かったから負けてしまったけど、それでもヒーローだ。そして、それは君の父君と母君もそうだろう? それとも君はご両親をヒーローじゃないと思うかな?」

「……思わない」


 先輩は正くんの方を振り向き、優しく頭を撫でた。


「そうだろう? 物事は単純な勝ち負けじゃない。君の父君も母君も君を守るという大きな役割を果たしたんだ。確かに強くないかもしれない。物語のヒーローみたいに悪を蹴散らす強さはない。それでも自分より強いやつに立ち向かって君を守りぬいたんだ。これはもうヒーロー(ご両親)にとっては大勝利だろう」

「……でも……」

「納得がいかない、か?」


 先輩の掌の下で正くんは小さく頷いた。


「そうか……今話したように考えてはいるが……正直、私自身も納得はしていない。誰にも負けない、どんな悪にだって負けない強いヒーローが居てくれれば。私も何度もそう願った。だがさっき話した通り、現実はそう簡単ではない。だから私は――せめて誰かにとってのヒーローになりたいと努力しているのだよ」

「誰かにとってのヒーロー?」

「そうだ。私も誰かを暴力から守れる程には強くない。だが誰かが困っている時に手を差し出して手助けするくらいはできるのだと気づいたのだ。ほんのちょっとだけ、頼りない自分の力を貸すだけでも誰かにとってのヒーローになれるかもしれないと思ったんだ。そうすることで……父と母の死に意味があった。そう思いたいのかもしれないな」

「悔しく……ないの、お姉ちゃんは? お父さんもお母さんも……殺されて」

「悔しくない、といったら嘘だな。父と母が死んだ。その直後は苦しくて苦しくて、耐えられなくて二人を殺した敵国を心の底から恨んだこともある。だが恨んだからといって私には何もできることは無かった。ただただ、父と母の笑顔を思い出して辛くなるだけでね。

 だからそんなことにエネルギーを使うくらいなら、もっと別の事に一生懸命になるべきだと、そう思ったんだ。

 誰もを救うヒーローにはなれない、だけども誰かは救えるかもしれないヒーローになるために。そのために私は色んな事に一生懸命取り組んでいるんだ」


 そう語る先輩の顔は少し誇らしげで。


「だから」

「わっ」


 正くんを引き寄せると先輩はその胸の中に抱き締めた。


「君にも過去じゃなくて今を生きてほしい。誰かを恨むくらいなら、同じように苦しんでる人を助けられる人になってほしい。それでも納得がいかないなら――君が君の望むヒーローになればいい」

「……お姉ちゃんの言うことは難しい」

「それもそうだな。小学生に言う話では無かったな。許せ」

「でも……何となく分かった気がする」


 そう言うと正くんの方から先輩の体に顔を押し付けて、微かに聞き取れるくらいの小さな声で言った。


「……頑張ってみる」


 その時の先輩の顔は、とても優しい顔をしていて、その顔に俺は何となく見とれてしまっていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「すみません、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ遅くなりまして申し訳ないです」


 女性職員と先輩が互いに頭を下げあい、その隣で正くんは居心地が悪そうな顔で頭をさすっていた。

 あれから俺達は四人で一緒に孤児院に帰った。すでに深音とゴンザレスことフローラは孤児院で俺達を待っていて、その前で施設の女性職員さん達が腰に手を当て、肩を怒らせて仁王立ちをしていた。

 正くんを差し出すと正くんは一度俺達の方を振り向いて助けを求めるような眼で縋ってきたが当然俺らは皆その眼差しに気づかない振りをした。正くん自体の思いはどうあれ、心配を掛けたのも色んな人に迷惑を掛けたのも事実である。小学生といえども罰は甘んじて受けねばなるまい。

 正くんも覚悟を決めたのか、恐る恐るながらも皆の方に近づいていく。

 震えながらも顔を上げて一言。「ごめんなさい」と告げると同時に待ち受けていた職員さんたちから次々にゲンコツの嵐を食らっていた。愛のムチであることは分かるのであるが、見ているこちらの方が痛くなってくるくらいなのだから、きっとゲンコツを振り下ろしていた職員さん達はさぞかし痛かったろうと思う。

 だが最後には皆から次々に抱きしめられ、抱きかかえられ、涙を流しながら叱られた事は、きっと正くんの中で良い思い出に変わっていく事だろう。だからといってゲンコツを喰らいたいとは思わないがな。

 そんな感じで職員さんたち一同+正くんから頭を下げられて、この件は一件落着といったところだ。

 しかし――


「やっぱ先輩は凄いな」

「ん? 何がだ?」

「俺だったら正くんの質問にたぶん答えられませんでしたから。何か言わなきゃって思ってはいましたけど、何て答えてやればいいのか分からなかったんです」


 それだけじゃない。先輩の生い立ちも信じられないくらいのものだったし、それから立ち直れた先輩の強さを、俺も見習いたいって思った。これは口には出さねーけど、今までとんでもなくぶっ飛んだ先輩だと思って呆れることが多かったけど、すっげぇ尊敬できる人だって思った。


「私もだよ」

「え?」

「直と同じだ。私もあの子に何て言葉を掛けてやれば良いか分からなかった。だが何か言わなければいけない、あの瞬間の私の一言で少年の人生が決まってしまうんじゃないかって直感的に思ったんだ。そうしたら自然と、な」


 悩む前に自然と話すべきことが口に出せるというところが凄いと俺は思うんだがな。


「直」

「なんですか?」

「私は――私は正しい事をあの子に伝えられたのだろうか?」


 夕陽に照らされた先輩の顔を見る。その表情はいつもどおりに見えるが、果たしてその心中はどうなのだろうか。


「……どうなんでしょうね。何を以て正しいって言えるかなんて断言できるほど俺は人生生きてませんから。まだ中学卒業したてのクソガキですからね」

「そうか……」

「ただ、まあ――正くんにとっては無駄じゃなかったと思いますよ」


 まるでいつぞやの捕まった宇宙人みたく両手を引かれて孤児院の中に入っていく正くんの表情は、出会った時とは違ってとても楽しそうで、引きずっているものは何処にもなさそうだ。

 先輩もそんな正くんを見て安心したみたいで、小さく笑った。


「そうか――そうだな」


 まあ、そんなわけで。


「じゃあ俺たちも帰るとするか」

「そうだな」


 朝からの長い一日がやっと終わりだ。


「はぁ~、疲れたぁ~。さっさと帰って早くシャワー浴びたぁ~い」

「アタシもぉ。もうベタベタで汗臭いしぃ気持ち悪ぅ~い」

「気持ち悪いのはアンタのそのしゃべり」

「あ゛あ゛?」

「イエ、ナンデモアリマセン」


 ドスの聞いたゴンザレスの脅迫に竦み上がりながらツッコミを中断。今の声はどう聞いてもヤクザの親分にしか聞こえなかったが、果たしてコイツは男なのか女なのか。そこのところを確認する勇気はないので永久に謎にしておこう。聞いたら最後、何も思い出せない様な目に遭う気がする。


「いっぱい走リ回ったもんね」

「咲ちゃんもごめんねー。急に呼び出したりしてさ」

「ううん、全然大丈夫! むしろ……嬉しかったかな、なんて」

「? なんだよ、咲」

「ううん、なんでもなーい」


 明後日の方を振り向いて咲は楽しそうに笑った。

 まったく、お気楽なやつだな……

 嘆息しながら歩いていたその時、隣を咲と同じく楽しそうに歩いていた先輩の姿が不意に消えた。

 ドサ、という音がして振り向くと――


「先輩……?」


 先輩が倒れていた。


「先輩っ!!」







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