十二時限目 初めての校外活動です(その1)
――瞬く間に時間は流れて二日後
――だから日曜日
「ホホホホホホ! よくぞここまで辿り着いたわね、ジャスティスマンブラック! その根性だけは褒めてやろうじゃないかい」
「ふん! 先ほどまで私の前に立ち塞がっていたのはやはりお前の部下達だったか、バッドマーザー! しかし私のこの正義の心を止めるにはいささか役者不足だったな」
互いに仁王立ちで向き合う二人の女性。世の中の母親たちを時に言葉巧みに惑わせ、時には怪しげな術で洗脳して悪の道に引きずり込むバッドバーザーは、巨大な体躯に似合わないツインテールを揺らしながら、傲慢な態度でジャスティスマンを嘲った。
肩には世紀末な世界よろしくトゲトゲのついたパッドをはめ、よくやられてはお仕置きを食らっている女幹部もつけている鋭く尖って端がつり上がっているメガネのズレを直した。
吹き荒ぶ風が黒いマントを揺らし、ジャスティスマンを見下ろすその様は堂に入っていて、如何にもな悪役だ。
対するジャスティスマンもまた腕を組み、悪の道を邁進せんとするバッドマーザーの前に立ちはだかった。
だが自信満々なその態度に反してその身はすでにボロボロだ。本来であれば顔全体を守るための仮面は、今は目元が砕けてその素顔の一端を露わにしているし、口元のマスク部も半分ほど掛けてしまっている。
純情な市民の嘆きの声をキャッチするためにある、額部から伸びる∨の字型の受信アンテナは左側が半分ほどで折れてしまっていて、黒いボディスーツもたいそう豊かな胸元や尻を残して破れてしまって、守るべき乙女の白い柔肌が露出してしまっていた……と思ったが、ジャスティスマンブラックは元々必要最低限の場所以外はこれみよがしに露出させてるんだった。なんでも「私には隠すべき恥ずべきことなど無い!」とのことだ。だったら何故顔を隠しているのか、なんてツッコミは野暮というものだ。
「そんなボロボロの姿でよくもそんな減らず口を叩けるもんだね! 遠慮なしにぶちのめしてしまえば傷も負わずに楽だっただろうに」
「あの部下達もお前が洗脳してしまった、元は善良な母親たちだったのだろう? であれば正義の味方であるこの私が傷つけることなど出来るはずもない。それに、お前もそれを狙ってあの者たちをけしかけたのだろうが」
「まったく、そうと分かっててもノコノコと助けにやってくるんだから呆れたものだよ。この上なく――ムカつく野郎だね」
仮面舞踏会で使われるような蝶々メガネ越しでも分かるくらいに濃い化粧をした顔を不敵に歪ませてバッドマーザーは笑った。その醜悪な顔は不気味で、その不気味さを際立たせるかのように低く雷鳴が辺りに鳴り響いた。
いよいよ始まる決戦の香りに、舞台下で集中して見つめている子供達が固唾を呑む音が聞こえた。
「さあついにバッドマーザーの下に辿り着いた正義の味方、ジャスティスマンブラック! だがその体は既に傷ついており、無事バッドマーザーを倒すことが出来るのか!?」
舞台袖を見ればマイクを片手に深音が場の空気を煽っている。絶叫しながらナレーションを読み上げ、それを聞いた子供達の体が狙い通りに自然と前掛かりに動いていく。
――で、さっきからどうして俺がこんなモノローグを話しているかというと、だ。
「そんなにこの男が大事かい?」
バッドマーザーがジャスティスマンブラックに見せつけるように左腕を高く掲げる。それに伴って俺の視界も普段より遥かに高い所に上がっていく。
それを見たジャスティスマンブラックは切羽詰まった様子で叫んだ。
「や、止めろ! その男を離せ!」
――俺も囚われの姫で出演しているからで。
どうしてこうなった。
事の始まりは深音が持ち込んだ話で、まあ商店街のイベントスタッフとして働かないか、というものだ。
日曜はせっかくのバイトも休みだから家でゆっくりするつもりだったのだが、先輩が喜んで承諾したものだから断る事もできずに嫌々ながらも参加せざるを得ない。善意のボランティアだからバイト代も出ないのだが、だからこそ余計に断りづらかったというのもある。
で、そのイベントというのはいわゆるヒーローショーで、会場は深音の住む地区にある保育園を兼ねた孤児院だ。一番広い教室を使い、商店街の方々が作成したオリジナルヒーローの活躍を普段寂しい思いをしている子供達に見せ、元気になってもらおうという魂胆らしい。
急に人手が足りないという話だったもんだから、俺はてっきり裏方のスタッフさんが必要なんだと思っていたんだが、深音から事情を聞いてびっくり仰天摩訶不思議。出演者をお願いしたいと言うではないか。どんだけ見切り発車だよ。お前らちょっと来い。
「どうしてこうなった……」
バッドマーザーの掌に頭を掴まれながら思わずそんな呟きが漏れてしまうが、そんな俺をどうして責めることができようか?
だがどうやらバッドマーザー役のあの巨漢女ゴンザレス――これもびっくりなのだが――は聞き咎めたらしく、俺の頭を掴んだ掌に力がこもっていった。
「あだだだだだだっ!」
「余計なセリフは言わなくていいんじゃなくてぇ?」
くっそ……後で覚えてやがれ。
演技が半分しか混ざっていない悲鳴を上げ、涙目でゴンザレスに批難がましい視線を向けてみるが、どうやらお気に召さなかったらしく余計に力が込められて、俺は更なる悲鳴を上げるハメになった。
「ふふふ、やはりこの男がよほど大事らしいねぇ」
「……それ以上彼を傷つけてみろ。何処まででも追いかけて、生まれたのを後悔させてやる」
で、俺が悪の手に落ちたジャスティスマンブラックの想い人役であるならば、当然の流れでヒーローの中の人は河合先輩となる。ゴンザレスは、どうやら俺らとは別口で急に呼ばれたらしいが、出演者三人が三人共急に呼び出された学生であるのはどういう訳だ。スタッフに小一時間問い詰めてやりたいものだ。
しかしだ。横のゴンザレス、そして正面で仮面をかぶっている先輩を見てみる。こうして間近で見ると、中々どうして、先輩もゴンザレスの野郎も迫真の演技である。先輩は、露出した衣装でそのスタイルの良さを存分にアピールしつつも、恋人を捕らえられて追い詰められたヒーロー役を熱演しているし、ゴンザレスはゴンザレスでその巨体と容姿を活かしてあっぱれな程に見事な悪役っぷりだ。
「安心しなさいな。彼を捕まえたのもすべてお前をこの場所へおびき寄せるためだけ。傷つける気は無いわ」
「へぶっ!」
急にゴンザレスが俺の頭を手放し、俺は舞台と強烈なベーゼ。これから始まるジャスティスマンとバッドマーザーとのアクションの邪魔にならないように、舞台上で大の字になったまま舞台袖のスタッフに脚を引っ張られてフェードアウト。扱いが雑過ぎる。泣いてもいいですか?
そんな俺の嘆きを他所に、先輩とゴンザレスの息詰まるにらみ合いが続き、それに合わせて雷鳴の効果音と舞台袖で回している送風機の風がいい具合に雰囲気を醸成している。そんな雰囲気に引っ張られていよいよもって子供達も舞台へ飛び出して行ってしまいそうだ。
果たして、二人のヒーローがぶつかり合った。
互いに跳躍。天井スレスレまで飛び上がった二人の拳が合わさり、けたたましい効果音がタイミングよく鳴った。
位置を変えて着地した二人の衣装の一部が揃って裂け、一瞬だけ不敵に笑いあうとまたパンチとキックを恐ろしい速度で繰り出し始めた。二人共恐ろしいほどに本気だ。揃いも揃ってガチで相手を殴り飛ばそうとしているとしか思えないんだが。
「ふっふっふ……やるじゃないか」
「そっちこそ。私の動きについてこれる相手は久しぶりだ」
二人の楽しそうな表情に加えて会話だけ聞いてるともう少年漫画のバトルジャンキーだな。お互いに認め合うかのように笑い合って、アクションスターも真っ青な、人間離れしているとしか思えない様な動きで戦い始めた。果たして、この激しい動きにハリボテの舞台は耐えられるのか心配だ。
「いけー! ジャスティスマン!」
「負けるなーっ!!」
「バッドマーザーなんかやっつけちゃえっ!」
そんな場違いな感想を抱く俺を他所に、子供達の方から一斉に声援が上がった。そのどいつもがジャスティスマンを応援するもので、まあ当たり前だがバッドマーザーへの声はゼロだ。ちなみにここまでの劇中、俺に対する声援の声なぞも微塵も無かったことも付け加えておく。
「まあ当たり前っちゃあ当たり前だがな」
悪い奴が居てそれを懲らしめる正義の味方が居る。この上なく分かり易い二元論だ。子供達は純粋に――舞台袖で見ている俺や商店街のオッサン連中は汚れた心で先輩の美しい姿を役得とばかりに堪能している――正義の味方を応援して、正義が勝つのを待っている。悪は破れ、正義は必ず勝つ。それを信じて疑わない。
だがそれでいいのだと、全力で応援している子供達を見て思った。辛い現実に傷つき、悩み、頭を垂れる時がいつかは絶対来るのだ。だけど、少なくとも今だけは子供達に今を楽しんでもらいたいと、何故だかそんな事を思った。
「……っておっさんか、俺は」
いかんな、どうにも親を亡くしてからというもの、純粋な子供を見るとナーバスになっちまう。頭を軽く振っておっさん臭い思考を振り払う。俺はまだ十六だ。
と、頭を振りながら何気なく子供達の方を見ていると、端っこの方で見ていた少年が一人、席を立って部屋から出て行くのが見えた。
小学一、二年生くらいだと思うが、どうやらその子にとってこの舞台はお気に召さなかったらしい。出て行く時の顔は何処かふてくされているようにも見えて、俺は頭を掻いた。
「皆が皆、楽しんでくれてるわけじゃないってことか……」
残念ではあるが、何にしてもそんなもんだろう。或る物を全員が賞賛すればそれは評価でなくて狂信だ。別に見たものを魅了する魔法を掛けているわけじゃないし、ましてこちらは素人軍団。子供のファン一人や二人取り零すだけで済めばそれは上出来も上出来だろう。そう諦めて俺はまた意識を舞台に戻した。
その後も舞台は続いていってて、クライマックス中のクライマックスでは子供達から盛大な歓声があがった。
バッドマーザーは床に倒れ、ハリボテ舞台にはあちこちに穴が開いていた。一際激しい攻防の末、ジャスティスマンとバッドマーザーの戦いが決着したのだ。
「……私だって良き母親になりたかったわ。だけど何をやっても上手くいかなくて、子供を不幸にして、そのまま死なせてしまった。こんな母親で無ければ、あの子はもっと幸せに生きていくことができたはずなのに……」
「それで、アナタは子供と仲の悪い母親ばかりをさらっていったのか……」
「悪い母親ならば、引き剥がさないと子供が不幸になる。私はそれが許せなかったの。まるで昔の自分を見ているみたいで、ね」
なんかよく分からんが、どうやらバッドマーザー側にも聞くも涙、語るも涙な事情があった、という設定らしい。妙にしんみりした雰囲気だが、ジャスティスマンもすっかり素顔が露わになった顔でバッドマーザーに語りかけている。先輩は完全に役になりきって、神妙な表情と口調で横になったバッドマーザーに言葉を投げかけ、ゴンザレスもスタート直後の尊大さが鳴りを潜めて、憑き物が落ちたように穏やかだ。
「……親は子供を選べない。子供も親は選べない。だけど、自分が幸せかどうかを判断するのは子供達だ。私達の様な大人ではない。それをアナタは忘れていた」
「ふふっ、そうだね……私が間違っていたんだろう」
「確かにバッドマーザー、アナタの行動は間違っていた。しかしだ。アナタの心の奥には子を想う大切な、優しい気持ちがある。苦しんでいる子供達を何とかしたいという気持ちだ。弱い者、子供達の味方である私は何があってもアナタのその感情を否定しないし、尊く思う」
「あら、私は世界を股にかけて悪行を働いた大罪人だよ? そんな優しい言葉を掛けてもいいのかい?」
観客、スタッフ一同が見守る中、ジャスティスマンは少し考える素振りを見せ、だが先輩はバッドマーザーの悪戯な問いかけに答えてみせた。
「如何なる罪でも、本気で悔いていれば贖うことはできる。
いつだって、やり直すことは出来るのだと、私は信じている」
微笑んで、先輩はバッドマーザーに手を差し出した。バッドマーザーも一瞬ためらい、だがジャスティスマンの細い手を掴んだ。それが物語の最後の一幕だ。
だが俺は先輩の笑顔が気になった。悪のバッドマーザーを笑顔で許すシーン。台本通りで何処にもおかしい所は無い。だけども俺にはその時の先輩の顔が、どうしてだか泣き顔に見えてしまった。泣きたいのを堪えて無理矢理に笑っているような、そんな風に受け取ってしまった。
(気のせいならいいんだが……)
果たして先輩はあんな風に笑う人なのだろうか? しかしこの間に生徒会室で見せた笑顔は屈託のない素敵なものだったと思うんだが……
そんな疑念は俺の中に残ったものの、ともかくも生徒会初の対外活動は平穏無事に幕を閉じたわけである。
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