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十一時限目 突然連行されました(その2)



「ちょ、ちょっと先輩! 何処に……」

「昨日君に言われたアイデアを実行してみたんだ! ちょっと来てくれ!」


 「来てくれ」って言いながらも俺は今現在進行形でアナタに強制的に引っ立てられているんですが。

 そんな心の抗議の声も届くはずは無く衆人環視の中で先輩に手を引かれるがままに俺は昼休みの廊下を何処かへと歩いていくのだが。


(……先輩の手って柔らかいんだな)


 これまでのおよそ十六年、別に女性の手に触れたことが無いわけじゃない。当然ながらお袋と手を繋いだことはあるし、小さな雅の手を引いてやったこともある。家族じゃない人でも挨拶なんかで手を握ることはあるし。

 だけどそんな時に今みたいに感じたことは無かった。全く以て先輩の強引さや昨日の行動からは想像はできないが、男の俺と比べて先輩の手の指はとても細くて小さい。

 陽芽っていう名前だし美人だし、まるでお姫様(どちらかと言うと女王サマっぽい強引さだが)な先輩の手はゴツゴツした男のそれとは違って柔らかくって、だからこそ暖かい掌が俺の掌を包み込んで温もりを伝えてくるもんだから何だか変な感じだ。


「おやおや~? 顔が赤くなっとるで~?」

「まったく、ぴょん吉ちゃんはそんな凶悪な顔しといて意外とウブなんだからぁ!」

「やかましいわ」


 弁当箱を抱えたまま後ろをついてくるなんちゃって委員長ズが俺の耳元でからかってくるんでとりあえず二人共ひっぱたいておく。しかたないだろ、年頃の女の子と手を繋いで歩くなんて経験は無いんだからな!

 二人が囃し立てたせいで俺も変に意識してしまって先輩と繋いだ手から目が離せなくなってしまった。恥ずかしくて早く離して欲しいという願望とずっと味わっていたい温もりの二律背反に、まったく、どうにかなってしまいそうだ。

 頭がクラクラしてしまいそうな気持ちで揺れ動く中、じっと手を見つめていたわけだが、そのせいで先輩の指にいくつもの絆創膏が巻かれている事に気づいた。


(ケガ、か……?)

「さあ、着いたぞ! これを見てくれ!」


 自信満々に巨大な胸を揺らして先輩は俺に見せつける。豊かなそれに俺の眼は思わず釘付けだ。後ろで「おお!?」っていう淳平の声と「そっちじゃないでしょうが!」って不機嫌そうな声と共に何かを叩く音が聞こえて、俺も我に返る。コホン。イカンイカン、先輩が見せたいのはこっちじゃない。

 気を取り直して先輩が見せたいものを見た。

 白く塗られたそれは四角くて、木で出来ているらしく塗られたペンキとニスの下でうっすらと木目を浮かび上がらせている。木の板を組み合わせて作られてるんだが、縦横でそれぞれ対になる板の長さが違ったりだとか、ペンキの塗りムラがあったりだとか随分と手作り感が溢れるそれは――


「箱だな」

「箱やな」

「箱よね」

「うむ、箱だ!」


 どこをどう見ても紛うことなき箱である。箱であるのだが、これを俺に見せてどうしろと?

 そんな疑問を先輩にぶつけてみると、先輩はその可愛らしい口を尖らせた。


「君が昨日言ったじゃないか。生徒の意見を幅広く手に入れたいのであれば目安箱を設置すればいいと」


 ああ、なるほど。これは目安箱か。確かに箱の上面には歪ながらも四角く投函孔らしきものが開けられていて、箱の後ろの壁には大層な達筆で「目安箱!!」と書かれた紙が貼られていた。

 いや、確かに昨日はそんなことも言ったかもしれませんがね? 俺としては適当に深く考えること無く答えただけだったんですが。


「言いましたけど……まさか先輩がこの箱を作ったんですか!?」

「うむ、そうだ。善は急げ、と言うしな。あまりこういった工作は経験が無かったから思った以上に時間が掛かってしまったが、初めてにしては中々の出来だろう?」


 そう言って再び先輩は自慢げに胸を張ったが、俺の抱いた感想は尊敬半分、呆れ半分だ。いや、むしろ呆れの方が強いか。はたまた戦慄といった方が近いかもしれない。後ろの方で深音が「あー……」なんて声を発してるのも似た感想を抱いたのかもしれない。

 俺が何気なく言った意見を取り入れてくれたのは嬉しいが、たった一晩で板切れを手に入れて切断して組み立てて塗装までするとは誰が想像するだろうか。ましてや先輩は女の子だ。少なくとも俺の常識にここまでの行動力を発揮する女の子は居ない。相変わらず常識をぶっちぎって全力を尽くす人だな。


「……先輩の家って工場か材木店ですか?」

「いや? 普通のアパート暮らしだが?」


 お嬢様じゃなかったのか。意外だな。いや、お嬢様だったら自分の手ずからこんな事しないか。


「なんというか……お疲れ様です?」

「なに、私も結構楽しんだからな。そこまで苦では無かったよ。しかしこういった工作物を作るというのは中々に奥が深いのだな。ついつい熱中して寝る間も惜しんで没頭してしまった。おかげで久しぶりに朝寝坊をしてしまったのだがな」


 ああそれで朝っぱらから屋根の上を走って最短距離で向かっていたのですね、この会長様は。お陰で俺はひどい目に逢いましたがね。


「それで、先輩は俺にこれを見せるためにわざわざ連れてきたんですか?」

「半分はそうだな。私が一晩で作ったとはいえ君の発案なのだから、当然物を見て確認して貰いたかったというのもある。だがどちらかと言えばこちらの方が主な理由なのだが、投函がされているのであれば是非とも君と一緒に中を確認したかったんだ」

「それはありがたいお心遣いで」


 出来れば昼飯を食った後でゆっくりと見たかったがな。かと言って後ろの二人みたいに立ち食いはしたくはねぇけど……


「ってそれ俺の弁当じゃねぇか、深音!?」

「ふぇ?」


 ふと振り返って見てみれば深音がガツガツと俺の弁当を頬張ってやがった。俺が声を上げるとコイツは頭の上に「?」を浮かべながら俺を見て、何事も無かったかのように食事を再開しやがった。


「返せ! ()が作った俺の昼飯を返せ、このやろう!」

「もぐもぐもぐ……別にちょっとぐらいいいじゃん」

「ちょっとじゃねぇ! お前が食ったのは断じてちょっとじゃねぇ!」

「せやで、ぴょん吉。減るもんじゃあらへんのやしあんまり心の狭いこと言うなや」

「食ったら減るんだよ弁当は! あとぴょん吉言うな!」

「ふむ。君の妹君が作った弁当か。私も一つお相伴に預からせて頂いてもいいだろうか?」

「いいですよー。めっちゃ美味いですよ」

「あ、じゃあ俺も俺も!」


 ……この自由人どもが。

 好き勝手しまくる三人に対して怒りを抑えるために俺は頭を抱えるしか無かった。この状態でも怒鳴り散らさない俺は、自分の心の広さを誇ってもいいんじゃなかろうか?


「もぐ……ほう、上遠野さんが言うように見事な味付けだな」

「そりゃどーも。それよりも俺のメシが無くなる前に食ってしまいたいんで、早く中を見ませんか?」

「やれやれ。君は少々せっかちな性質のようだな。そんな風では女性にモテないぞ?」

 アンタが言うな。


「余計なお世話です。それで、開けるんですか? 開けないんですか?」

「そうだな。話が脱線してしまったが、私も早く中身を見てみたい。早速開けてみるとしよう」


 先輩は箱を持ち上げて軽く振ってみる。すると中からはゴソゴソと物音がした。恐らくは午前中の間に設置したんだろうが、そこからのこんな短時間に投函があるとはね。意外ではあるが、それだけこの学校に不満の一つでもあるのか、それともはたまた困っている生徒が居るのか。

 ともかくは箱が空箱では無い事を確認した先輩は、それはもう見事なくらい、傍から見てもはっきりと分かるくらいに喜色に表情を綻ばせた。


「嬉しそうですね、先輩」

「当たり前だ! これでやっと生徒達の役に立てるというのもあるが、早速私達を頼ってくれたという事でもあるのだからな!」


 俺にはよく分からんが、まあ入学当初からそんな思いを燻らせていた先輩からしてみればたいそう喜ばしい事なのだろう。箱を見つめる先輩の顔はまるで聖なる夜にやってくる不法侵入者(サンタクロース)を待つ子供みたいで、そんな顔を見ているとさっきまで抱いていた怒りも何処かへ行ってしまいそうだ。


「ん? どうかしたか? そんなにジロジロと私の顔を見て」

「おやおや~? これはいよいよ本当に……」

「なんでもないです。さ! 早く中を開けましょう!!」


 これ以上深音にからかわれるのは面倒だ。というわけで先輩を促してさっさと箱を開けてもらおう。

 先輩と顔を見合わせ、大きく頷く。ゴクリ、と誰かが喉を鳴らしながら固唾を呑んで見守る中、先輩の手が蓋を開けてその中に伸びていく。

 そして取り出した中身は――


「……使用済みポケットティッシュ」


 一つ目、ゴミ。


「……風俗のビラ」


 二つ目、ゴミ。


「……空っぽの空き缶」


 三つ目、ゴミ。箱の入り口よりデカイんだがどうやって入れたんだよ。


「……以上」


 結果、目安箱はゴミ箱でした。


「だ、大丈夫ですって! まだ午前中しか時間が経ってないんですし、これから本当の依頼が来ますって!!」


 まさに「orz」という体勢でうなだれる先輩。さっきまでとは百八〇度逆のどんよりとした空気を周囲に盛大にばらまいて落ち込んだ。

 

「……鬱だ、死のう」


 ああ、もう! 何かする時も全力だけど落ち込む時まで全力でなくていいっつぅの!

 瞳からは直前までの輝き(ハイライト)が消えて、呟いたセリフと相まってすごく怖いです。


「それに、まだ生徒会を作って間もないんですから! これから頼ってもらえる生徒会を作っていきましょうよ」

「……それもそうだな!」


 何とか励ましの言葉を弄りだして投げ掛けると先輩はスクっと立ち上がってパシンッ! と自分の頬を叩いた。


「この程度の挫折を乗り越えられずして何が会長か! まだ私()の戦いは始まったばかりだからな!」


 打ち切り少年漫画の最終回みたいなセリフだが、良かった。何とか立ち直ってくれたらしい。どちらかと言えば落ち込んで多少しおらしい方が俺としては良かったのかもしれんが。あと、アンタは何と戦ってるんだよ。


「へー、直は生徒会に入ったんだ? 意外ね。昨日話した感じだと、面倒そうな事は断りそうなもんだったけど」

「ん? ああ、まあ、な……」


 入ったというか入らされたというか。仮入部のつもりではあるんだが、たぶん先輩は覚えちゃいないだろうな。


「そっか、なら直接言えばよかったな」

「?」


 良く理解らない事を言い始める深音の方を向きながら、何気なく俺は先輩が放り出した箱の中に手を伸ばすと、箱の一番底に張り付いていた紙が手に触れた。


「なんだ?」


 箱の中に肘まで腕を突っ込んで指先で紙切れを掴んで取り出してみる。ノートの切れ端を千切って作られたそいつは四つに折られていて、それを広げてみる。

 俺の後ろから先輩と淳平が覗きこむのを感じ取りながら、俺は読み上げた。


「えーっと、なになに……今度の日曜日に、ある商店街のイベントで急に人手が足りなくなって困っています。手伝ってくれる人を大・絶・賛募集中! 笑顔の絶えない優しいスタッフと一緒に元気いっぱい汗を流してみませんか!?」


 バイトの募集かよ。


「興味がある方はぜひぜひご連絡を! ご連絡は一年C組……」


 そこで俺ら三人は一斉に後ろを振り向いた。


「……上遠野・深音まで」

「ま、そーいうことなんで」


 引き攣らせた顔で見遣る俺の様子を気にする素振りも無く、深音は俺と先輩の肩にポンっと手を置いた。


「困った生徒を見捨てるなんてことはしないよね? 生徒会役員さん?」

「もちろんだとも!」


 ウインクする深音と元気に快諾する先輩を尻目に、俺が渋い顔で溜息を吐いたのは言うまでも無いだろう。






お読み頂きありがとうございました。

少しずつお気に入りが増えてきて嬉しいです。

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