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一時限目 高校に編入しました(その1)

今日中にもう一、二話投稿します。

またしばらくは毎日投稿します。



 さて。

「事実は小説よりも奇なり」なんて言葉は日本のみならず世界のあちこちで散々言い古された言葉だと思うんだが、全く以て全身全霊で同意する、というのが俺の心からの意見だ。

 それは別に実際の出来事が創作上の物語よりも奇妙だというわけじゃなく、小説よりも奇妙さで言えば僅かばかりに見劣りする似たような出来事が現実世界で起きてたしよう。

 それを体感した場合には、感じる驚きや戸惑いだとか、或いは危機感なんてものは紙や画面の上でただ読んでるだけの時間と比べれば何倍どころか何十、何百倍も強く感じられるっていう意味だ。勿論感動、なんて点に置いても言わずもがな、だ。

 ところでどうして俺が突然こんな事を何の前触れも無く話し始めたかというと、だ。賢明な諸兄には薄々と想像が付いているとは思うんだが、ついさっき話した、所謂「小説よりも奇なり」な出来事を、何の変哲もなかった単なる学生たる俺が体験したからに過ぎない。

 いやはや、全く以て不可解極まりない出来事っていうのは、今の俺の話と同じく何の前触れも無く降って湧いてきやがって、俺が嫌だっつってんのに聞く耳なんか持ちやしねぇ。こちらの都合構わず巻き込んで何の謝罪も無しに去って行きやがる理不尽なもんだとつくづく理解した。

 正直な所、俺は所謂創作物っていうのが嫌いじゃない。本もそうだしドラマや劇とかも、まあ熱心にじゃないが見ないでもない。そんな作り話を見ながら「そんな事ありゃしねー」なんていう斜に構えた見方をしつつも、「そんな出来事を体験できたらなぁ」なんて憧れを持ってたのも事実だ。だが実際に体験した今なら言える。平穏が一番だ。大事な事だからもう一度言おう。平穏が一番だ。まあ、そもそもの時点で人生を一変させるような出来事なんざ望んですらいなかったんだが。

 じゃあなんでこんな話をし始めてんだと聞かれたら、俺も答えに窮するところだ。誰かに訓示を垂れてやれるほどに老成もして無ければ偉い人間でもねぇ。そもそも学ぶような内容もあるか、と言われれば多分ねぇだろう。強いてあげれば似た出来事がお前の近くで起きた時に参考にでもしてくれ、というところだ。まず起きねぇだろうが。

 だからどちらかと言えばこれは単なる俺の愚痴に近いかもしれないし、独り言と言ってしまってもいいだろう。それか、日記に近いものかもしれないな。誰に見てもらいたい訳でもなく、将来自分が過去の自分を鑑みて、ただ思い出を振り返る為の記録(助け)か。その結果、微笑ましい感情を抱くか恥ずかしさに頭で豪快に「壁ドン」をする事になるかは知らないがな。


 前置きが長くなったな。

 とりあえず俺の人生がまるっきり違う道へと走り始めた日から振り返る事としようか。

 記憶力に関してはイマイチな自信しかない俺だが、その日だけはハッキリ覚えている。何故かって? そりゃ、俺のここまでの人生の中で五指に入るかもしれない破茶滅茶な日だったのと同時に、全く新しい道に向かって踏み出した日でもあったからな。忌まわしい記憶も多分に含まれてしまってるんで一刻も早く記憶を抹消したくて頭から血が吹き出さんばかりに壁に叩きつけたんだが、どういう訳かそれすらも記憶の一ページとして刻まれちまった。まあ、今思えば、それだけ俺が恥ずかしくも大切なものとして記憶してしまっているという証拠だろう。

 で、その日は、といえばまだ本格的に暑くなり始める前。桜もすっかり散ってしまって日本中が黄金週間なんていう大層な名前のまっただ中で浮かれきって、夢が覚めて耐え難い気だるさを感じていた頃だ。






――二〇一五年五月七日

――午後十二時くらい



 俺は間抜けにも口をポカンと開けて彼女に見とれていた。

 しなやかな両足に込められた力を存分に活かし、長くて黒い髪を靡かせながら彼女は俺の目の前を走り抜けていく。

 驚いて壁際に避ける俺に見向きもせずに一心に何かを呟きながら駆け抜け、すれ違いざまに恐らくは彼女が使っているものだろうシャンプーの香りが俺の鼻の中をくすぐっていった。

 校舎の廊下を全力で駆け抜けるという学生にはあるまじき愚行を、当然ながら教師が怒鳴りちらして咎めているが彼女は止まらない。

 そんな彼女に思わず釘付けになってしまった俺だが、そんな俺の目の前から不意に彼女の姿が消えた。


 ――いや、消えたんじゃなかった。


「待っていろ――」


 彼女の残り香と残像につられて窓の外に顔を動かす。

 そこには、窓の向こう側で三階から消えていく彼女の姿があった。


「なっ――!」


 慌てて彼女に向かって手を伸ばす。だが、俺の手は彼女には届かない。

 やがて彼女は重力に引かれて、俺の目の前から消えていった。


「――私のパァァァァァンっ!!」


 ――こんな声を残して。







――同日、約四時間前

――つまりは、午前八時半頃




「えーっと、今日からこのクラスの仲間になります、武内(たけうち)・直(なお)クンです」


 俺の隣に立っていた、俺の担任になるらしい小野塚先生がコツコツという音を立てながら黒板にチョークで俺の名前を書いていく。小学生でも通用しそうな小柄な体を精一杯上へと伸ばして漢字の名前を書き、もう一度「うんしょ、うんしょ」とでも声が聞こえてきそうな様子で体を伸ばして、平仮名で振り仮名を丁寧に足していく。

 おっとりした顔に懸命さが備わって、俺よりも頭一つ分くらい小さいからか、先生なのに先生っぽく見えない。だから俺は紹介されて早々に「凛ちゃん先生」と勝手ながら呼び名を付けた。誰か凛ちゃんに椅子を持ってきてやれ。

 そんな事を考えながら、俺は教壇の上に立ってクラス中をぼんやりと眺めていた。凛ちゃんが後ろを向いているからか、どいつもこいつも詰まらなさそうに俺に興味無さげな視線を向けてきていて何とも居心地が悪い。まったく、生きてんのか死んでんのか分かんねぇくらいに景気の悪ぃ顔してんな。


(とはいえ……)


 今の俺も似たようなもんだろう。何をするにしてもやる気はでねぇし、面倒くさい。こうやって立ってるだけだってのに気を抜けば溜息の一つや二つが溢れちまいそうだ。

 この学校に編入したのだって、家からそこそこ近くて、学力的にも自分にちょうどいいレベルだったからに過ぎない。パンフレットさえロクに読まずに決めたからな。


(イカンイカン……)


 新生活が始まるっていうのにどうにも気持ちがネガティブ一直線だ。いつまでもダウナーな気分を居てもロクなもんじゃねぇし、心機一転してやってこうって昨夜決めたばっかなのにな。気を取り直さねば。


「直クンは先日までアメリカに住んでましたが、この度――ご家族のご都合で帰国しました。しばらくは不慣れなところがあると思いますが、皆さん仲良くしてあげてくださいね?」


 凛ちゃん先生は柔らかい――どっちかつーと幼い感じだが――笑顔を武器にして連中に呼びかけるが、反応は至極薄いな。「はぁーい……」なんつー、なんともやる気ない返事がまばらに返ってくるだけだ。若干二名ほど元気ハツラツ清涼飲料水な返事をしてきた奴も居るがな。

 横を見ると、そんなクラス連中の反応に凛ちゃん先生は困った顔を俺に向けてきた。見た感じ若いし、まだ教師に成りたてなんだろうな。


「それじゃ直クン。挨拶をお願い」


 そんな勝手な推測をしていると困り顔をすぐに隠して俺に挨拶を促してくる。


(さて、どうしたもんか……)


 俺には小学生の妹が居るが、甚だ失礼な話ではあるが、凛ちゃん先生の困り顔がどうにも妹の困った様子にダブってしまう。常々生意気な妹だと思うのだが、頼られるとどういうわけかいつも何とかしてやりたいという衝動に駆られてしまう。そして今、同じ衝動が今の凛ちゃんに対しても抱いてしまた。


「……分かりました」


 面倒だとは思うが、やはりここは俺が一肌脱いてやらねばなるまい。

 「ふ……」とニヒルな笑いを小さく一つ。そして胸を張って一歩前に進み出る。

 緊張を解す様に大きく息を吸い込む。眼を閉じて意識を自らの奥底に集中! さあ、湧いてこい! 俺のインスピレーション!


――閃いた!


 頭の中に電流が迸る! 行ける! 今の俺ならば至高の一言を口にできる!

 カッ!!と眼を見開いて、俺は人生で最大と言える自信と笑顔を携えて口を開いた。凛ちゃん、見ててくれ!


「今日からお世話になる武内・直です。

 これから宜しくする……ぴょん」





――三時間半後

――彼はトイレで頭を抱えていた。




「はぁ~……」


 悪夢だ。悪夢だとしか言いようがねぇ。


「なんだよ、『ぴょん』って……」


 何処をどう思考回路を回したらンな言葉が出てくるんだよ。我が事ながら全く以て意味不明だ。トチ狂ってる。間違いなく。ドン引きだよ。何処ぞのバスケ部のキャプテンかよ。


(しかもあの後のクラスの雰囲気……)


 思い返さなくても我が胸に深く刻まれてしまった事が分かるくらいに心臓が鷲掴みにされた。

 まるで氷河期だった。よく漫画の世界でつまらんギャグを飛ばした野郎が空気を凍りつかせる描写があるが、まさか自分がそれを実現させてしまうとはな。

 何はともあれ、終わった。俺のバラ色……にはならなかっただろうが高校生活は僅か初日であっさりと暗黒地帯の彼方へと吹き飛んでいってしまった。


「~っ……!!」


 もう昼だっていうのにハッキリクッキリ鮮烈にあん時の光景が吹雪のSE付きで再現出来てしまう自分の頭脳が恨めしい。


「だ~っ!! 忘れろ忘れろ忘れろ消去だっ!!デリートっぉぉぉ!!」


 ドゴンドゴン!と全力でトイレのドアに頭を叩きつける! 恥ずかしさで顔は真っ赤だ。今ならきっとヤカンの湯さえ沸かせるな、間違いない。

 最悪だ。人生最悪の黒歴史を生み出してしまった。この汚点はずっと消えずに俺とクラスの歴史に刻まれ続けるに違いない。

 そんな項垂れた俺を嘲笑うかのように、腹の虫が鳴った。


「……はぁ」


 怒りと恥ずかしさに悶えようとも、俺の感情とは関係なく腹は減る。胃は俺の感情を逆撫でするように音を立てて、その空気の読めなさっぷりに毒気を抜かれた俺の口からは何度目か分からん溜息しか出てこない。


「……飯食うか」


 教会の懺悔室宜しく便所の個室から出たら、何故か偶然居合わせた全然知らん生徒に怯えられた。これはあれか。すでにクラスだけじゃなくて学校中に俺の痴態が広まってしまったということか。

 洋々だったはずの人生が急転直下。お先真っ暗な前途に肩を落として仕方なく教室へと戻る。授業という抑圧から解放された明るい雰囲気の廊下を、俺は独りトボトボと歩いていた。

 そんな時だ。


「……ん?」


 何だか廊下が騒がしいな。昼休みだから賑やかなのは当たり前なんだが、悲鳴の様な声が聞こえてきて皆何かを避けるように壁際に張り付き始めた。

 そのうち、「ドドドドド……」なんて人間賛歌なマンガでお馴染みの、とても人が立てるとは思えない音が聞こえ始めた。気分は沈んでいようがンな音がすれば当然気になるし、死んだ魚の眼のまま俺は顔を上げた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」

「いいぃっ!?」


 そこには女の子が居た。長い黒髪を靡かせながらリニアもかくや、暴走トラックなんて吹っ飛ばしてみせる! と言わんばかりの全身全霊を込めた全力ダッシュで猛烈な速度で俺に迫ってきていた。


「どっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 正面衝突間一髪。車は急には止まれないが、相手は止まる気も無いらしい。慌てて飛び退いた俺の直ぐ目の前を暴走列車宜しく通り過ぎていった。

 かと思いきや。


「くっ! このままでは間に合わないではないか!!」


 直ぐ傍で急停止。ギャリギャリと上履きの底が悲鳴を上げて止まったかと思ったら、その女は窓枠に脚を掛けた。


「ちょっ……まさか……!!」


 跳んだ。三階から。


「待ってるんだぞっ! 私のパァァァァンっっ!」

「嘘だろぉぉっ!?」


 シャンプーだろう香りと焦げた匂いを残して一切合切のためらいも無く窓から飛び降りていくのを見て、俺は慌てて手を伸ばし、窓際に駆け寄ったんだが、彼女は何事も無かったかのようにクルリと空中で一回転。

 その動作にどれほどの意味があったのかは分からんが実にスマートに着地すると、周囲の注目を粉微塵も気にすること無くまた何事か叫びながら食堂の方に走っていった。


「い、一体何だったんだ……?」


 何度も眼を擦りながら、グラウンドを砂埃を上げてサッカーをして遊んでいる奴らを蹴散らしながら食堂目掛けて一直線に走り去る彼女を見送った。

 ウチの制服を着てるから間違いなくウチの生徒なんだろうが、果たして女子が三階から飛び降りて無事であるなんて事があるというのだろうか? いや、そもそも俺の知っている普通の女の子は三階から飛び降りたりはしないんだが。それとも俺がアメリカに居る間に日本の常識が変わってしまったのか?


「ンなバカな……」

「あ~ん、ヒメぇ~! 待ってよぉ~!!」

「んがっ!?」


 いやいや、そんな馬鹿な事があるか、などと一人自問自答していた時に不意に俺の背中を衝撃が襲った。例えるならば柔らかい戦車、或いはダンプカーに跳ねられたようなそんな感じだ。

 窓から上半身をはみ出させてた体が宙に弾き出されて頭が下に、脚が上へなんてアベコベ逆転現象。全くの不意打ちに状況が理解出来ずに、ただ俺が理解出来たのは足元にあったはずの地面が今は頭の上にあるなんていう不思議な現実。そしてゆっくりと近づき始める地面に、何となく俺は自分の運命なんてものを悟った。


――かと思いきや、だ。


「ぐぇ」

「あら、ごめんあそばせ。気づかなかったわぁ」


 むんずとぶっとい指が俺の襟首を掴んで、今度は逆に急上昇。空が近くなったかと思えば、いつの間にか俺の尻は固い廊下の上に鎮座している有り様だ。


「な、何が……」

「ホント、ごめんなさいねぇ~。アタシってばいっつも足元がお留守になってしまうのよ~」


 唖然とする俺の頭の上から、間延びした野太い声が俺は見上げた。

 意識がフワァと遠くなった。


「大丈夫だったかしらぁん? できるだけ優しく掴んだから、どこも痛めて無いとは思うんだけど?」


 二メートルに達しようかという巨体。俺の倍はあろうかという横幅に分厚い胸。

 鮮やかに金色に染められた髪の毛はツインテールにまとめられて、屈んでもなお高い位置にあって俺を覗きこんでくる顔には紫の口紅と濃いアイシャドーで分厚く化粧されていた。

 バケモノが、居た。


「あらぁん? 反応が無いわねぇ。頭でも打っちゃったかしらぁん?」

「い、いえ! だだだ大丈夫です! 何とも無いッス!!」


 俺の頭を簡単に潰せそうなドデカイ手が迫ってきたところでハッと我に返り、慌てて回避する。臆病者と侮りたいなら侮るがいい。こんな化け物相手に矮小な俺が何が出来ると言うんだ? 分かる奴が居るならぜひ教えてほしいものだ。実演させてやるから。


「そぉお? じゃあアタシは行くけどぉ、どっか痛いところがあったらちゃんと病院に行ってねぇん!」


 そういうと怪物は丸太(のような腕)を振りながら去っていった。


「待ってぇん、ヒメぇ~! そんなに急いでも闇鍋パンはヒメ以外に買わないわよぉ~!!」


 ドシドシという地響きを残して。

 その後ろ姿が見えなくなるまで俺は座り込んでいた。そのまま力尽きた様に天井を見上げて呟いた。


「俺は――」


――どんな人外魔境に入学したんだろうか?


お読み頂きありがとうございました。

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